死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

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第七章【死に至る呪い】

第三十八節 呪いの正体

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「――ビアンカ」

「……なに?」

 不意にハルに名前を呼ばれたビアンカは、不思議そうにしてハルを見上げた。

 ビアンカが見上げたハルは、優しげな笑みを浮かべていた。
 そんなハルの表情を目にしたビアンカは、自身の胸がドキリと高鳴る感覚を覚える。

 ハルは優しい笑みを見せてはいるものの、その赤茶色の瞳に何かの決意を宿していることをビアンカに窺わせていた。

「目を閉じて、耳を塞いでいろ。――これから起こることを、何も見聞きするな」

 ハルは静かに――、優しげな声音でビアンカに囁いた。

 ハルの決意を含んだ瞳、そうして優しげな声音に含まれる決意の色――、それらはビアンカを戸惑わせた。

「――何をする、の……?」

 ビアンカはハルの何かの決意を抱いた雰囲気に、思わず問いかけの言葉を言う。
 普段の見知ったハルとは違う気配を、ビアンカは聡く感じ取っていた。

 だが、ハルはビアンカの問いに答えず、かぶりを振る。

「――早くするんだ」

 戸惑った様子を見せるビアンカを急かすように、ハルは声を掛ける。

 ハルに急かされるように声を掛けられたビアンカは戸惑いを見せつつも、その言葉に従って耳を両手で塞ぎ目を閉じた。

 ビアンカの行動を見とめたハルは無言のまま、ビアンカの身体を自身の身の陰に隠すように――、その右腕で抱き込む。

 ハルの突然の抱擁ほうようにビアンカは驚いたようで、閉じていた目を再び見開き、ハルを見上げる。
 ビアンカの見上げたハルは、普段の気さくで明るい少年であるハルからは想像もつかないような――、酷く冷めた眼差しをホムラに向けていた。そのことが再度ビアンカを困惑させる。

 閉じさせた瞳を驚きから再び開けていたビアンカに気が付いたハルは、冷めた眼差しのまま、ビアンカの耳元に口を寄せる。

「……目、閉じていろ」

 ハルに耳元で囁かれたビアンカは頷き、強く瞳をつぶった。

 ビアンカが完全に耳を塞ぎ目も閉じたことを確認すると、ハルは自身より低い位置にあるビアンカの頭に顎を乗せるようにして覆い被さり――、ビアンカが頭を動かせないように固定する。

 そうして、ハルは常に嵌めている左手を覆う革のグローブを、器用に口に咥えて外した。
 外されたグローブがハルの口元から離れ、無造作に地面へと落ちていく。


 革のグローブが外されたハルの左手の甲――。
 そこには不思議な紋様をした赤黒い色をした痣が刻まれていた。

 それはまるで――、死神が鎌を抱えるような姿を象ったものに見える紋様であり、禍々しい印象を見る者に錯覚させるものだった。

 ハルは、その左手の甲に刻まれる痣に、静かに意識を集中させる――。

 すると、辺り一帯にぞわりとした――寒気ともつかない空気が漂い始めた。
 それと同時にハルの痣から仄暗い黒い影のようなが、ザワザワとうごめき溢れ出す気配を発し始める。


「な……、なんだ……、それは――」

 ホムラが畏怖いふを含んだ震える声音でおののく様を見せる。

 その場から動けずに傍観をしていたホムラであったが、ハルの周りを中心として辺りに漂い始めた寒気と禍々しい空気を受け、嫌な汗が噴き上がってくる感覚を覚えていた。
 ホムラは毒が回って死ぬかも知れないという思いをも忘れ――、今すぐその場を逃げ出したい焦燥感に打ち震えた。

 それほどハルから漂い始めた気配は――、辺り一面に恐ろしいほどの黒い影を落とす。

「死に至る呪いを――」

 まるで左手の甲に語りかけるようにハルが小さく言葉を零す。

「……あんたに慈悲はいらない。永劫えいごうの苦しみを与えてやろう」

 ハルは冷え切った眼差しでホムラを一瞥いちべつし、口角を上げる笑みを作る。

「さあ、“喰神くいがみの烙印”よ。飯の時間だ――っ!」

 ハルの言葉に呼応したように――、彼の左手の甲に刻まれた痣から溢れ出そうとうごめいていた気配が飛び出すように這い上がっていった。
 飛び出していったその気配は黒い影となり、ホムラに向かって駆け抜けていく――。

「う――、うわああぁぁっ!!?」

 ホムラが必死さとおののきを含んだ形相で叫び声を上げ、走り出した。

 ホムラは自分自身へと向けて放たれた――、禍々しい黒い気配に居ても立ってもいられなくなってしまったのだった。
 だが、その黒い影となった気配はホムラを逃さず――、ホムラにまとわりつくようにして彼の全身を包んでいく。

「うお――っ!! やめろ……っ!!」

 ホムラは闇にまとわりつかれ、大きく吠えるように叫ぶ。
 まとわりつく正体のわからない気配を振り払うように、ホムラは大きく腕を振るう仕草を見せるのだが――、それはホムラの手で触れることができず彼の腕をすり抜けていく。

「うあっ!! うおああぁぁ……っ!!」

 大きく暴れるように動いていたホムラは、次第に動きと声を小さくしていった。

 暫くすると――、ホムラは突如白目を向き、糸が切れた操り人形のようにその場に膝をつき倒れ込み、ピクリとも動かなくなる。

 ハルはホムラが倒れていく様を、酷く苦々しげな表情を浮かべ眺めていた――。

「――悪いな。ホムラ師範代……」

 ハルは小さく呟くと、自らの左手を強く握りしめる。
 ハルのその動作に反応をするように、ホムラを包んでいた黒い影の気配が、ハルの左手の甲に刻まれた痣の中へ吸い込まれるようにして姿を消した。

 辺りには、先ほどの騒然たる雰囲気とは真逆の――、静寂が支配をし始める。

 静寂の中、ハルは自らの左手の甲に目を移す。

 ハルがホムラと対峙して増悪にも似た感情を抱いていた際に、自らの左手の甲に刻まれる赤黒い痣からは、今にも闇の気配が溢れ出さんばかりのうごめきを見せていた。
 だがしかし――、今はその鳴りを潜めて静かになっていた。

(――魂を喰って満足したのか。は……)

 ハルはリベリア公国のあるこの地――東の大陸に訪れて、初めて自らの意思で人を死に至らしめる呪いの力を行使した。

 自らが忌み嫌う呪いの力――。
 その呪いの正体である痣――“烙印”の刻まれる左手の甲を見据え、ハルは深い溜息を吐き出す。


 けれども――、ハルの思いは、次の瞬間にはビアンカを無事に奪還できたことに対しての安堵感で、胸がいっぱいになっていた。
 ハルは未だに自らの右腕で抱きすくめているビアンカの身体を両手で抱きしめる。

(――助けられて、良かった……)

 ビアンカを抱きしめ、ハルは安心感で力が抜けそうなほどの感覚を自覚していた。

 六百年以上の永きを生き続け、全てに対して諦めや割り切る考えを持っていた自分自身にできた――、本当に大切に想える存在。
 そんなビアンカを守ることができて良かったと――、ハルは強く感じていたのだった。
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