死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

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第七章【死に至る呪い】

第三十七節 外連味

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「さっき、あんたに放った矢には毒を塗らせてもらっている」

 ハルは口元だけで笑みを作り、静かな声音で言う。
 言葉を紡ぎながら、ハルは外套がいとうのポケットから取り出した小瓶を、ホムラに見せつけるように差し向けていた。

「――これは、その解毒剤だ……」

 ハルの言葉に再びホムラが顔色を変えた。
 そしてホムラは、先ほど肩を射抜かれ、刺さった矢のの部分を叩き切った傷口へと思わず目を向ける。

「遅効性の毒ではあるけれど――、数分もしない内に、毒が全身に回ってあんたは死ぬだろうな」

 ホムラの顔色が見る見る内、焦燥を帯びていくのがハルにも分かった。

「ビアンカと解毒剤の交換――、悪い条件じゃないんじゃないか?」

 これはハルの外連味けれんみ――ハッタリだった。

 ハルは始めからホムラがビアンカを傍らに置いて見張っており、対峙した際にビアンカを人質として盾に使ってくることを予想していたのだ。
 それ故に、ホムラに対してハッタリをかけ、ビアンカを解放させようという魂胆に出たのだった。

 ハルがホムラに向けて放った矢――、それには毒は一切塗られていなかった。

 ハルが手にしている小瓶は、ただの水が入っただけの物であるのだが――、余裕のある表情を見せて口を開くハルの言動はホムラの意識を惑わし揺らすには充分効果があったようだった。
 ハルのハッタリの効果は、ホムラの悔しげに歯噛みをする行為が、雄弁に物語る結果となって表れていた。

(――この際、二人とも殺して……、解毒剤を手に入れるか……)

 焦りの色を色濃くしつつ、ホムラは内心で必死になって考えていた。

「……俺たちを殺して解毒剤を奪い取ろうと暴れ回れば――、それだけ毒も早く回って解毒剤を飲む前に死ねると思うぜ?」

 ホムラが思惑していたことを察したハルは、更にハッタリとなる言葉をホムラに言う。
 ハルは言葉巧みに、徐々にホムラを追い詰めていっていた。

「……先に解毒剤を渡しなさい。そうしたら――、ビアンカお嬢様を解放しましょう」

 ホムラは冷や汗を額に浮かべ、そう提案を持ちかけてきた。
 しかし、ハルはそのホムラの言葉にかぶりを振る。

「――ビアンカの解放が先だ」

 ハルの顔色一つ変えない返答に、ホムラは歯の軋む音が聞こえるほど奥歯を噛み締める。
 ホムラが懸命に現状をどう打開していくか、焦り思案する様を窺い知ることができ――、ハルは内心笑ってしまう。


 そのフッとした瞬間だった――。

 ホムラがハルとの駆け引きに完全に気を取られている間に、ホムラの左腕で首元を拘束されていたビアンカが、ホムラの左腕に力強く――歯を立てて噛みついたのだ。

「ぐあ……っ!!!」

 思いもかけていなかったビアンカの行動に、ホムラは怯み――、ビアンカを拘束していた左腕の力が緩んだのだ。

 ホムラの腕の拘束する力が緩んだ隙に、ビアンカはホムラの腕から抜け出し、ハルの元へと駆け出していた。

「ビアンカッ!!?」

 ビアンカの取った行動は流石のハルも予想しておらず、ハルは驚きから声を張り上げる。

「この――っ!!」

 ビアンカという大事な人質に逃げられたホムラが、激昂げっこうの短い言葉を零す。
 ホムラは声を零したと同時に、手にしていた剣を――逃げ出したビアンカに向かって振りかざした。

 ホムラの動作を目にしたハルは間髪入れずに矢を矢筒から抜き出し――、一瞬で弓をつがえて矢を放つ。
 ハルの放った矢はビアンカの脇――、身体のギリギリを掠めるように、ホムラの元へ飛んで行った。

 ハルが放った矢に気付いたホムラは、剣で切り捨てようとしたビアンカの代わりに、自らの元へ飛んできた矢を咄嗟に切り落とす。

「ハル……ッ!!」

 無事にハルの元へ駆け寄ってきたビアンカは、ハルに飛びつかん勢いで彼に身を寄せてきた。

「ビアンカ、動くな。今、腕の縄を切ってやる――」

 ビアンカの両手首を拘束している縄を目にしていたハルは、たずさえていた短剣を手に取り、手早くビアンカの両手首の縄を断ち切り解放してやった。

 縄を解かれたビアンカの両手首には拘束されていたため、赤く痕が残ってしまっていたが――、ハルが見た限り、それ以外に怪我を負わせられたりしていないようで安堵感を抱く。

「ガキどもが……っ!!」

 ホムラが強い怒気を含む声で呟く。
 だが、ハルのハッタリを信じきっているため、ホムラはその場から無闇に動けずにいた。

 その場から動いて来ないホムラを、ハルは冷たい眼差しで見据える。

 ハルはビアンカを危険な目に合わせたホムラを許すことができない――と、仄暗い感情を内に秘めていた。

 ホムラが自ずと動いて来ないならば手にした弓で射抜くことは容易たやすい。
 だがしかし――、それだけでは生温い罰であるとさえ思ってしまう、暗くそして酷く醜いと自嘲じちょうする想いがハルの中でうごめく。

「――あんたが掲げる“正義”は理解できなくはないが、危険すぎる」

 ハルが不意に紡ぎ出した言葉に、ホムラは眉間を寄せた。

(――いつの時代もそうだ。自分たちの生活を守るために剣を取らざるを得ない人々は多くいる……)

 ハルはホムラが成そうとしていることに対して、理解はしていた。

 ハルが過去に参戦した経緯いきさつを持つ“群島諸国大戦”も、そうであった。
 この戦争も、オーシア帝国という大きな力を持つ国が自国の領土を広げようとし――、そして他国への侵略を始め、多くの罪もない国民を苦しめたことが事の発端となったものだったのだ。
 そのために、多くの戦の経験を持たない国民たちをも兵士として戦禍へ巻き込み、戦争史として残るほどの大きな戦争となった。

 ――だけど、あんな戦争と同じようなことを、リベリア公国で起こさせるわけにはいかない。

 ハルは強い意志を感じさせる色を、その瞳に宿す。

「……上に立つあんたがいなくなれば、“リベリア解放軍”とやらは離散するよな」

「何を……、言っている……?」

 ハルの言葉に、ホムラは更に怪訝な表情を見せる。
 ホムラにはハルの思惑が何一つ理解できていなかった。

 ホムラの様子を意に介さず、ハルは瞳を伏せて一巡考える。

 現状で“リベリア解放軍”の頭目となり、リベリア公国の反王政派を掲げるこころざしを同じとする者たちを率いているのは――、ホムラで間違いないはずだと。
 今、この場でホムラを仕留め、ミハイルに事の成り行きを報告すれば反王政派となる“リベリア解放軍”の抑圧――、もしくは残党狩りが行われるはずである。


 ハルは伏せていた瞳を開き――、自身にすがるように傍らに佇むビアンカに目を向けた。
 すると、ずっとハルを見上げていたのであろう。心配げにハルを見つめるビアンカの翡翠色の瞳と目が合った。

 ハルはそんなビアンカに、いつもの少年の顔とはまた違った――、どこか大人びた雰囲気を感じさせる優しい笑みを見せる。

(――ビアンカを守ることさえできるならば……)

 ハルは無意識に自らの左手を強く握りしめる。

(例え……、この手を汚す結果になろうと何でもやってやる――)
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