死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

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第八章【新たな任務】

第四十四節 ハルとヨシュア

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 ――ミハイルと合流したハルとビアンカは、無事にリベリア公国へと戻ることができていた。


 その後、ミハイルはハルからの報告を受け――、先にリベリア公国へ戻り小隊を編成して待機していたヨシュアと共に、再びホムラたちが根城としていた坑道へ向かい調査を行った。
 しかし、ホムラたちの根城となっていた坑道内からは、“リベリア解放軍”に関する大した情報が出てくることはなかったのである。

 そして、調査に向かったミハイル一行はその道中で目にした、ハルが殺めたホムラの同胞であった男たちの亡骸を目にして驚愕していた。

 急所となる位置を確実に攻撃され、息絶えている男たちの亡骸は――、普段明るく気さくな少年の顔の中で直隠ひたかくしにされていたハルが本来持つ戦闘技術を雄弁に物語っており、ミハイルたちを震撼させる結果となっていた。

 だが、そんな中――、ホムラの死因となった事象だけは、ミハイル一行の調査で明らかになることはなかった。
 ホムラの亡骸に残されていた――左肩に刺さったハルの放った弓の傷跡は、致命傷になるものではなかった。かといって、毒を塗っていたとしても、その傷周りには毒を塗られた際に見られる傷口が変色するような症状が起きていなかったためである。

 結局、ホムラの死因だけは何一つわかることなく、調査は終了となり――、“リベリア解放軍”の頭目であったホムラの起こした、リベリア公国の将軍――ミハイルの一人娘であるビアンカ誘拐事件は幕を閉じることとなった。


 “リベリア解放軍”を名乗る反王政派を率いていた頭目の討伐と、組織の制圧――。
 この一報はリベリア公国の国民たちに報告され、これをってして、“リベリア解放軍”の残党への、『残党狩りを行う』――という牽制とされたのだった。


   ◇◇◇


 ビアンカがホムラたち――“リベリア解放軍”に誘拐されるという事件から数週間が経った。

 誘拐事件後――、ウェーバー邸の警備は厳重となり、屋敷に仕える者たちもいつも以上に周囲の状況に気を配る。そんな体勢がウェーバー邸の屋敷内に整えられることとなっていた。

 だがしかし――、まだリベリア公国内が不穏な空気を抱える中でも、ミハイルは遠征の任の継続をリベリア国王から言い渡され、ウェーバー邸を不在にすることが多いのが現状となっている。
 あまつさえ、ビアンカ誘拐事件の際――、ミハイルが独断でリベリア国王の命令であった西の砦への視察と調査におもむく任を無視し、ビアンカ奪還に向かったことがリベリア国王の耳に入ってしまったこともあり――、リベリア国王から嫌がらせの如く、ミハイルは自身の直属の部下であるヨシュアとレオンとの別行動を言い渡されるといった、身動きの取りにくい立場に立たされていたのだった――。


 ハルはウェーバー邸の裏庭にある馬屋で馬の毛繕いをしながら、リベリア公国やウェーバー邸の現在の状況に思いを馳せていた。

(――現状を考えると、リベリア公国の内情は何も変わっていない。そう考えると……、またいつ“リベリア解放軍”みたいな思想を持つ者たちが現れるかわからないよな……)

 馬の毛足に丹念にブラシをかけながら、ハルは深く溜息を吐き出す。

「――おい、ハル。お前にお客さんだぞ」

「ん?」

 ハルが様々な思いを巡らせていると、不意に馬の世話係――ディーレに声を掛けられた。

 ディーレの客人が来たという声掛けにハルが振り向くと――、ディーレの後ろに、ミハイル直属の部下である騎士の青年――ヨシュアが立っていた。

「ヨシュアさん……?」

「やあ、ハル君。久しぶり――」

 ハルが思わぬ来訪者に驚きの表情を見せると、ヨシュアは片手を上げながら人当たりの良さそうな笑みを浮かべる。

「今日は騎士団の仕事はどうしたんですか?」

「ああ――。今日はいとまって形で非番なんだ」

 ハルの疑問にヨシュアは笑みを崩さずに答える。

 ヨシュアとレオン。リベリア公国の将軍――ミハイル直属の部下である二人の騎士は、今回のミハイル遠征の任には同行せずにいた。
 事実として言えば――、リベリア国王からの勅命という形で、ミハイルとの同行を却下され、リベリア公国の騎士団に残り、リベリア王城の警備などの任にあたっているのである。

「――なので、君と少し話をしたいと思ってね。お邪魔させてもらったよ」

「……そう、ですか」

 ――意外な人が来たもんだな……。

 ハルは、そう心中で思っていた。

 今までヨシュアが単独で――、しかもミハイル不在の際にウェーバー邸に訪れることはなかった。
 それ故にハルは余計、ヨシュアの来訪が意外だという思いを感じる。

「――ビアンカ様は……、今日は一緒じゃないのかい?」

 ヨシュアは辺りを見回しつつ、ハルに問いかける。

「ビアンカなら今日は家庭教師が来ているんで、今は部屋で勉学中ですよ」

 ハルの言葉の通り、今日はビアンカの元に家庭教師が訪れていた。

 そのため、ハルは自分の自由時間と称して――、今日は読書ではなく、普段はディーレが一人で行っている馬の世話の手伝いをしていたのだった。

「そうか。まあ、ちょうど良かったと言えば、ちょうど良かったかな――」

 ハルの返答の言葉に、ヨシュアはビアンカがいないことに少し残念そうな面持ちを見せつつも、そう口にする。

「ハル君と――、二人で男同士の話もしたかったからね」

 ヨシュアは再びヘラッと笑顔を見せて言う。

「はあ……?」

 ヨシュアの言う『男同士の話』の言葉の意図が読めず、ハルは怪訝そうな面持ちを見せ、小さく返事を零すのだった。


   ◇◇◇


 ハルは途中であった馬の世話を再びディーレに任せ、ウェーバー邸の中庭の方に向かい、芝生の上に腰掛ける状態で話をし始めていた。
 ヨシュアに対して、ハルが「屋敷の中で話をしましょうか?」――、と提案したのであるが、ヨシュアがそれを断ったためである。

(――余程、誰にも聞かれたくないような話なんだろうな……)

 ハルはヨシュアへの提案の断りを聞き、そのように察していた。

 ウェーバー邸の屋敷の中に入れば、例え人払いをしたとしても、使用人たちの耳に話の内容が入ってしまう可能性があった。
 そのため、ヨシュアは敢えて人気のない状態の中庭での話を望んだのであろうと。ハルは考える。

「――実はね。私もついこの間、ミハイル将軍に聞いた話なのだけれど……」

 ハルの隣に腰掛けているヨシュアが、やや小声になりながら話をし始めた。

「……リベリア国王からの命令で――、ビアンカ様にカーナ騎士皇国への輿入こしいれの話が出ていたそうなんだ」

「えっ?!」

 ヨシュアの口から出た言葉に、ハルは驚きから思わず大きく声を漏らしてしまう。
 そんなハルに、ヨシュアは人差し指を立て口元に当て――、静かにするようにと意味させる仕草を見せる。

「まあ……、現状のリベリア国王の状態を考えると――、その話はなかったことになりそうらしいけどね……」

 新たな王妃を迎えてから、国政に全く興味をなくしてしまったリベリア国王――。
 それは、隣国――カーナ騎士皇国との友好関係を再度築くために、国の将軍であるミハイルの娘――ビアンカを輿入こしいれをさせる計画をも忘れさせていた。

「ミハイル将軍は……、不謹慎だと思うと言いつつも、酷く安心した様子を見せていたよ」

 ヨシュアは言いながら、苦笑いを浮かべていた。

 ハルもヨシュアの話を聞き、心のどこかで安堵感を抱いていた。
 まさか、そのような話が出ていたとは――と、ハルにとっては寝耳に水の状態であったのである。

 しかし、ハルの安堵感も束の間のものであった――。

「――それで、その際に……。ミハイル将軍から、私に『ウェーバー邸の婿養子として籍を入れないか』と打診されてね……」

「え……?」

 ヨシュアから続けられた言葉に、ハルは再び驚いたような表情を浮かべた。

「……だけど、私はそれを辞退するつもりでいるよ」

 ヨシュアはハルの方へ顔を向け、普段の不真面目な騎士の顔ではなく――、真剣な面持ちを見せてハルを見据える。

「――それで、私としては……、騎士の称号は持たないけれど、ビアンカ様の婚約者として……」

 ヨシュアは一度言葉を区切り、ハルを真っ直ぐに見つめる。

「……ハル君。君を推させてもらいたいと思っている」

「えええっ?!」

 唐突なヨシュアの話に、ハルは再び素っ頓狂すっとんきょうとも言える声を上げていた。

 ビアンカとの婚姻――。
 その話は、自身の出自からハルの中では一番ないと思っていた話故に、余計にハルを驚かせていた。

「君の有事の際の采配力や行動力――、そして、その強さの実力。それは……、この前のビアンカ様誘拐事件で“リベリア解放軍”が根城にしていた場所へ調査に行った際に――、私も目にして実感させてもらったよ」

 ヨシュアも小隊を編成し、ミハイルと共にホムラが率いていた“リベリア解放軍”の根城としていた坑道へ調査におもむいた際――、ハルが殺めた男たちの状態を目にしていた。
 躊躇ためらいなく急所を弓や短剣で狙い、男たちを殺めたのであろう凄惨な現場は、戦い慣れをしているヨシュアをも驚かせていたのだった。

「ミハイル将軍も君の実力は買っているはず。だから――、ミハイル将軍が遠征から戻られたら、その件で私から話をさせていただきたいと思っているんだ」

「――でも、俺は……、ただの孤児の出身ですよ。功績も何も持たない。そんな人間が……、良家の、しかも国の将軍の家柄に籍を入れられるわけがありません」

 ハルは――、焦りを見せていた。

 ただでさえ、ハル自身が近しいものを死に至らしめる呪いを身に宿し、一つ処に長くいて良い存在でないことを自覚している。
 その不幸と死を呼び込む呪いの力のせいで、多くの人間を死に追いやっていることをも自覚している――。

 だが、その身に宿る呪いのことは決して他言できないため――、ハルは正論とも言える理由の言葉を選び、ヨシュアに投げかける。

 しかし、そんなハルの言葉に、ヨシュアは微かに笑みを見せる。

「騎士の家系や貴族の家系――、家柄に関係なく。きっと――、君たちは二人で一緒にいた方が互いに幸せになれると私は思っているよ」

 ヨシュアは言いながら、ハルから視線を外し――、どこか遠くへ目を向ける。

「これからの時代は――、血筋で繋がるのではなく……。新しい風を吹き入れるということが必要になってくるんじゃないかな……」

 ハルはヨシュアから紡がれる言葉を静かに聞いていた。
 そして、ヨシュアの言葉の中にハルは何か――、引っかかりのようなものも感じていた。

(――ヨシュアさんは、騎士や貴族の家柄に関して、あまり良い感情を持っていないのか……?)

 ハルはヨシュアの横顔を見ながら、ヨシュアの言葉の端々に見え隠れしている思いを観ずるのだった。
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