死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

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第九章【紡ぐ言葉】

第四十五節 成人の日

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――『天国のお母様へ

 今年もお母様に報告したいことが沢山あり、お手紙を送ります。

 ビアンカは病気をすることもなく健やかに過ごしています。
 そして、今日十五歳の誕生日を迎えることができました。

 十五歳になるということは、ハルの故郷の里では“成人を迎える年齢”で“成人の日”と呼ばれているらしいの。この前、ハルにそう教えてもらったのよ。

 そうすると、私も今年で大人の仲間入りをすることができた、ということになるのよね。

 「大人になるということは、自分で色々なことを決めていかなければいけないんだぞ」と。
 その時ハルに言われたけれど、大人になって色々と自分で決められるなら、私はやりたいことが沢山あります。

 でも一番、大人としてやりたいと思っていることは』――


 ――コンコンッ。

 ビアンカが毎年、自身の誕生日を迎えた日に習慣としている、今は亡き母親――カタリナに宛てた手紙を執筆していると、彼女の部屋の扉をノックする音が聞こえた。
 その音で、ビアンカは羊皮紙ようひしに滑らせていた羽ペンの手を止める――。

「はーい、今出るわ。ちょっと待っていて」

 少し慌てた様子でビアンカは部屋の扉を叩いた主に声を掛ける。

 そうして、ビアンカは書きかけであったカタリナ宛の手紙を、机の引き出しの中に筆記用具一式と共に片付けた。

 この机の引き出しの中にしまわれた手紙の続きは、この後――、書き綴られることはないものとなってしまうのだった――。


   ◇◇◇


「――誕生日おめでとう、ビアンカ」

 ビアンカが部屋の扉を開けると、部屋の前にハルが立っていた。
 そうして、ハルは少年らしい満面の笑みを見せ、開口一番にビアンカに誕生日祝いの言葉を口にする。

「ハルッ! ありがとうっ!」

 思いがけないハルの訪問と祝いの言葉に、ビアンカは驚きつつも心底嬉しそうな笑みと声音で答える。

(――朝一番に声を掛けに来た甲斐があったな)

 ハルは朝一番の――、まだ屋敷にいる誰もが口にしていないであろう誕生日祝いの言葉をビアンカに贈ろうと思い、ビアンカの部屋に訪れていた。
 そんなハルの目論見通りに、満面の笑みで嬉しそうにしているビアンカを見ていると、ハルまで照れくさい気持ちを抱きつつも釣られて嬉しくなってしまう。

「なかなか部屋から出て来ないから、まだ寝ているのかと思ったぜ」

 ハルは照れくささを隠すかのように苦笑混じりに、なかなか部屋から出て来なかったビアンカに言う。

「ううん。ちょっとね、やりたいことがあったから――、それをしていたの」

「ふーん? 何していたんだ?」

「それは……、ハルにも内緒よ」

 ビアンカは言いながら、くすくすと悪戯そうに笑みを見せていた。

「まあ……、無茶苦茶やっているんじゃないなら良いんだけどな」

 ハルは普段のビアンカの無謀さや無茶ぶりを比喩するように更に苦笑する。

「そんなんじゃないわよ。失礼ねっ!」

「あはは。なら良いんだけどな」

 ハルの言葉に、ビアンカは頬を膨らませて抗議するように返す。
 そんなビアンカのいつもの調子にハルは思わず笑ってしまう。

「――ところで、ビアンカ。その“やりたいこと”はとりあえず区切りがついているのか?」

「まだ途中だけど――、後ででも大丈夫よ。何かあったの?」

 ハルの問いかけに、ビアンカは不思議そうに首を傾げて答えた。

「そうしたらさ――、一緒に城下街に行かないか?」

「え……?」

 ビアンカは思わぬハルからの提案に驚き、キョトンとした表情を見せる。

「いや……、俺さ、去年のお前の誕生日に言っただろ。お前が何をあげれば喜ぶのか悩むって……」

 ハルは照れくさそうにしてビアンカから視線を外し、頬を掻く仕草を見せながら口にした。

(――ああ、そういえば。去年のプレゼントを貰った時にハル、言ってたっけ……)

 ビアンカはハルの言葉を聞き、去年の誕生日祝いを皆にしてもらった際にハルが、『何をあげればお前が喜ぶのか、悩むんだよな』――と言って笑っていたのを思い出す。

(ハルがくれる物なら、何でも嬉しいのになあ……)

 そのことを思い返しながら、ビアンカは心の中で思うのだった。

「――それでな。今年は一緒に城下街の商業地区にでも行って、お前の欲しい物を選んでもらおうかと思ってさ」

 ビアンカの本音である心中を知らないハルは言葉を続ける。

「まあ、俺の給金からだと――、買ってやれる物に限りがあるけどな」

 ハルは言いながら、卑下ひげをして笑う。

 そのハルの言葉にビアンカは逡巡しゅんじゅんし、何かを考える様子を窺わせた。

「ねえ、ハル。欲しい物を買ってくれるんじゃなくて――、一緒にやりたいことをお願いしても良い?」

 ビアンカの口から出た突然の提案に、ハルは「え?」――と、声を零す。

 ビアンカが考える様子を見せ、思いついたハルへの願い事。
 それは――。

「――私、国の外に出てみたいの。連れて行って!」

「はああぁ?!」

 ハルはビアンカの願い事の内容を耳にして、声を大きく張り上げる。
 まさか、そのような願い事をされるとは思ってもみなかった――、と。そんな思いが大いに含まれる声音であった。

「ね、お願いっ! それならハルにお金も使わせないで済むし――、そっちの方が私は嬉しいなって思うのっ!!」

 ビアンカは自身の前で両掌りょうてのひらを合わせて、ハルに懇願する。

 だがハルは、そんなビアンカの願い事に対して、かぶりを振った。

「ビアンカ、それは無理だ。――第一、今はミハイル将軍が不在の時期なんだぞ。またこの前みたいなことがあったら……」

「そうしたら――、ハルがまた守ってくれるでしょう?」

 ハルの断りの言葉に、ビアンカは照れたような笑みを浮かべる。

「――――っ」

 ハルはビアンカの発した内容とその笑みに、返す言葉を失う。

 ハルは“リベリア解放軍”によるビアンカ誘拐事件の折に、ミハイルから将来“盾持ち”を行う任を解任され――、その後すぐに“正式なビアンカの護衛役”という新たな任を与えられていた。

 ハルはリベリア公国に戻った際――、ミハイルに改めて、与えられたビアンカの護衛役の任について説明を受けていた。
 そしてハルがミハイルより受けた説明。それは――、ビアンカを守り切ることさえできるのであれば、ある程度ビアンカを自由に連れ出しても良い、ということを意味していたのだった。

(――言い出したらビアンカは聞かないからなあ……)

 ミハイルも恐らくは、ビアンカがいつか無茶な願い事をハルにしてくることを察していたのであろう。
 それ故の――、特異とも言える特例を言い渡したのであろうことを、ハルは思いなす。

「屋敷の屋根の上から国の近くに丘があるのが見えるじゃない?」

 ハルの思案を余所に、ビアンカが言う。

「あの辺りでも良いの。国の中じゃなくて、外で一日過ごしてみたいな」

 嬉々とした様を見せて提案を口にするビアンカを見て、ハルは思わず溜息を吐き出していた。

「……わかったよ。とりあえず、ノーマンさんたちに相談してみて許可が出たら、な?」

「うんっ!!」

 ハルからの返答に、ビアンカは嬉しそうに返事をする。

「それじゃあ、ちょっと聞いてくる。お前は部屋で待っていろ」

 ハルは言うときびすを返し、ノーマンたちのいる屋敷の一階へと降りていく。

(――今はミハイル将軍が国にいない。そうそう許可が下りるとは思えないけどな……)

 いつもであれば、毎年ビアンカの誕生日の際にミハイルは、リベリア公国の将軍という任が多忙であっても無理をしてウェーバー邸に戻り――、ビアンカの誕生日を祝ってやっていた。
 だが今年は、ミハイルは砦への遠征という形でリベリア公国外に出てしまっており、不在なのであった。

(一人娘の誕生日に国内にいさせない所業。これもリベリア国王からの嫌がらせの一つ、なのかもな……)

 ハルはそんなことを考えながら、常にノーマンたちの待機している部屋へと足を運んでいくのだった。
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