58 / 92
第十一章【受け継がれしもの】
第五十八節 「出会うことができて良かった」
しおりを挟む
ハルを見つめたまま、翡翠色の瞳から大粒の涙を零し、静かに泣き出したビアンカ。
そんなビアンカを目にして、ハルは――、見覚えのある光景だと、想いを巡らせていた。
(――ああ……、やっぱり。あの時の女性は……、ビアンカだったんだな……)
幼い頃に出会った、ハルの命の恩人でもある亜麻色の長い髪をした女性――。
その女性も、幼いハルとの別れ際に――、今のビアンカと同じように翡翠色の瞳から大粒の涙を零していた。
その光景を思い出し、そして今再び目にしたことで――、ハルの中にあった理由のない確信は、完全に確かなものへ変わっていた。
「泣かせて……、ごめんな……」
ハルは徐々に動かすこともままならなくなってきた身体を押し、自らの服の袖口でビアンカの頬を伝う涙を拭ってやる。
謝罪の言葉を口にするハルに、ビアンカはかぶりを振った。
「私こそ……、ハルを困らせたくて泣いたんじゃないよ。ごめんね……」
ビアンカは言うと、零れ落ちていく涙を手の甲で拭い去る。
そんな気丈な振る舞いをするビアンカに、ハルは優しげに笑みを見せた。
「本当だったら……、もっと色々と“喰神の烙印”の呪いのこと、教えてやりたいんだが……」
そこまで言うと、ハルは「はぁ……」っと苦しそうに吐息を漏らす。
もうハルは、話をすることも辛そうな様を見せる。
ハルの様子を目にして、ビアンカは――ハルに時間がないことを感じ取っていた。
そうして、悲しげな表情を浮かべ、再度泣きそうな思いを抱くが――、ハルに心配を掛けさせまいと、その感情を胸の内に押し留める。
「ごめんな、ビアンカ……。もう……、時間がないみたいだ……」
ハルは虚ろになってきた瞳を伏し目がちにし――、小さく呟く。
ハルの発した言葉を、ビアンカは眉根を下げ、黙って聞くことしかできなかった。
「――なあ、ビアンカ……」
「……なに、ハル……?」
ハルは伏していた瞳を、ビアンカに向ける。
「お前と一緒に過ごした日々は……、本当に、楽しかったよ」
ハルはウェーバー邸に――、ミハイルに連れられ、訪れてからの日々を思い返す。
ウェーバー邸でビアンカと共に過ごした五年間――、本当に色々なことがあった。
初めはリベリア公国の将軍――ミハイルから与えられた任務の一つとして、ミハイルの娘であるビアンカの“お目付け役兼護衛役兼友達”――などという、果たして自分で務められるのかと思う命令を言い渡され、ハルは困惑していた。
だけれど、『鉄砲玉娘』――と、父親であるミハイルに比喩されるほど、お転婆で突拍子もない行動を起こす天真爛漫な性格のビアンカに振り回されるように過ごした日々は――、ハルに旅の合間には感じることのできなかった充実した感情を植え付けていた。
また、ハルはウェーバー邸で過ごす内に、家族という集団の温かさや安息――、優しさを教えてもらっていた。
この与えられたものも――、ハルが旅をしている間には、決して手にすることができなかったものだった。
(――誰かを想い……、大切にしたいと思う気持ちも、きっとビアンカがいなかったら抱くことがなかった感情だろうな……)
ハルは朦朧とし始めている心の内で、思いを馳せる。
――『ハルに出会えたことで、今の私があると思っているの』
ビアンカがファーニの丘でハルに言った言葉――。
あの時、ビアンカの発した言葉は、自身にも同様のことだと――、ハルは思う。
(ビアンカがいたから……、今の俺があるんだ……)
これほどまでに、たった一人の人を一途に大切に想い、守り慈しみ――愛する感情。
それは――、ビアンカがいたからこそ、ハルが抱くことのできた感情であると、彼は考えていた。
「ビアンカ……、お前に――、出会うことができて良かった」
ビアンカを見つめ、ハルは本心からの言葉を零した。
「――私も思うよ。ハルに……、出会うことができて良かった……」
ビアンカは泣くまいと堪えた表情で答え、ハルの手を握りしめて微笑む。
そのビアンカの答えと微笑みに、ハルも微かに笑みを浮かべる。
「いつか――、また、出会うことができるよ……」
静かでいて優しい声音で――ハルはビアンカに対して、言葉を紡いだ。
ハルの言葉に、ビアンカは「うん……」――と、小さく頷いていた。
ハルの口にした言葉は――、全く確約のない約束ではあった。
“喰神の烙印”に魂を喰われた者は、その呪いの力に囚われ――、“喰神の烙印”の呪いを持つ宿主と共に、輪廻転生の輪から外れ、未来永劫を呪いの内で過ごすこととなる。
そのことをハルはわかってはいたものの――、そう約束の言葉をビアンカに残さずにはいられなかった。
(――残酷な“優しい嘘”になってしまおうとも。例え、“喰神の烙印”が見せる一時の幻であったとしても……)
――またビアンカと出会いたい……。
そうハルが切望した故の――、約束であった。
「ビアンカ……」
ハルは掠れる声でビアンカの名前を呼ぶ。
小さなハルの囁きを聞き逃すまいと――、ビアンカはハルに身体を寄せる。
「――――」
「……うん、私もだよ。ハル……」
――『愛しているよ……』
ハルが消え入りそうな言葉で紡いだ――、最期の言葉。
ハルからの言葉にビアンカは答え、握りしめたハルの手に頬を寄せる。
ビアンカからの返答に――、ハルは微笑んだ。
そうして――、ハルは吐息を零し、静かに瞳を伏せた。
その後、ハルが言葉を発することは――なかった。
「――ハル……っ!」
ビアンカは、ハルを看取り――、堪えていた涙を再び零し始める。
そして――、その場でハルの亡骸に縋るように、泣いた――。
涙が枯れるまで――。
声が枯れるまで――。
ビアンカは悲しみに打ちひしがれ――、声を大きく上げて泣き叫ぶことしかできなかった――。
そんなビアンカを目にして、ハルは――、見覚えのある光景だと、想いを巡らせていた。
(――ああ……、やっぱり。あの時の女性は……、ビアンカだったんだな……)
幼い頃に出会った、ハルの命の恩人でもある亜麻色の長い髪をした女性――。
その女性も、幼いハルとの別れ際に――、今のビアンカと同じように翡翠色の瞳から大粒の涙を零していた。
その光景を思い出し、そして今再び目にしたことで――、ハルの中にあった理由のない確信は、完全に確かなものへ変わっていた。
「泣かせて……、ごめんな……」
ハルは徐々に動かすこともままならなくなってきた身体を押し、自らの服の袖口でビアンカの頬を伝う涙を拭ってやる。
謝罪の言葉を口にするハルに、ビアンカはかぶりを振った。
「私こそ……、ハルを困らせたくて泣いたんじゃないよ。ごめんね……」
ビアンカは言うと、零れ落ちていく涙を手の甲で拭い去る。
そんな気丈な振る舞いをするビアンカに、ハルは優しげに笑みを見せた。
「本当だったら……、もっと色々と“喰神の烙印”の呪いのこと、教えてやりたいんだが……」
そこまで言うと、ハルは「はぁ……」っと苦しそうに吐息を漏らす。
もうハルは、話をすることも辛そうな様を見せる。
ハルの様子を目にして、ビアンカは――ハルに時間がないことを感じ取っていた。
そうして、悲しげな表情を浮かべ、再度泣きそうな思いを抱くが――、ハルに心配を掛けさせまいと、その感情を胸の内に押し留める。
「ごめんな、ビアンカ……。もう……、時間がないみたいだ……」
ハルは虚ろになってきた瞳を伏し目がちにし――、小さく呟く。
ハルの発した言葉を、ビアンカは眉根を下げ、黙って聞くことしかできなかった。
「――なあ、ビアンカ……」
「……なに、ハル……?」
ハルは伏していた瞳を、ビアンカに向ける。
「お前と一緒に過ごした日々は……、本当に、楽しかったよ」
ハルはウェーバー邸に――、ミハイルに連れられ、訪れてからの日々を思い返す。
ウェーバー邸でビアンカと共に過ごした五年間――、本当に色々なことがあった。
初めはリベリア公国の将軍――ミハイルから与えられた任務の一つとして、ミハイルの娘であるビアンカの“お目付け役兼護衛役兼友達”――などという、果たして自分で務められるのかと思う命令を言い渡され、ハルは困惑していた。
だけれど、『鉄砲玉娘』――と、父親であるミハイルに比喩されるほど、お転婆で突拍子もない行動を起こす天真爛漫な性格のビアンカに振り回されるように過ごした日々は――、ハルに旅の合間には感じることのできなかった充実した感情を植え付けていた。
また、ハルはウェーバー邸で過ごす内に、家族という集団の温かさや安息――、優しさを教えてもらっていた。
この与えられたものも――、ハルが旅をしている間には、決して手にすることができなかったものだった。
(――誰かを想い……、大切にしたいと思う気持ちも、きっとビアンカがいなかったら抱くことがなかった感情だろうな……)
ハルは朦朧とし始めている心の内で、思いを馳せる。
――『ハルに出会えたことで、今の私があると思っているの』
ビアンカがファーニの丘でハルに言った言葉――。
あの時、ビアンカの発した言葉は、自身にも同様のことだと――、ハルは思う。
(ビアンカがいたから……、今の俺があるんだ……)
これほどまでに、たった一人の人を一途に大切に想い、守り慈しみ――愛する感情。
それは――、ビアンカがいたからこそ、ハルが抱くことのできた感情であると、彼は考えていた。
「ビアンカ……、お前に――、出会うことができて良かった」
ビアンカを見つめ、ハルは本心からの言葉を零した。
「――私も思うよ。ハルに……、出会うことができて良かった……」
ビアンカは泣くまいと堪えた表情で答え、ハルの手を握りしめて微笑む。
そのビアンカの答えと微笑みに、ハルも微かに笑みを浮かべる。
「いつか――、また、出会うことができるよ……」
静かでいて優しい声音で――ハルはビアンカに対して、言葉を紡いだ。
ハルの言葉に、ビアンカは「うん……」――と、小さく頷いていた。
ハルの口にした言葉は――、全く確約のない約束ではあった。
“喰神の烙印”に魂を喰われた者は、その呪いの力に囚われ――、“喰神の烙印”の呪いを持つ宿主と共に、輪廻転生の輪から外れ、未来永劫を呪いの内で過ごすこととなる。
そのことをハルはわかってはいたものの――、そう約束の言葉をビアンカに残さずにはいられなかった。
(――残酷な“優しい嘘”になってしまおうとも。例え、“喰神の烙印”が見せる一時の幻であったとしても……)
――またビアンカと出会いたい……。
そうハルが切望した故の――、約束であった。
「ビアンカ……」
ハルは掠れる声でビアンカの名前を呼ぶ。
小さなハルの囁きを聞き逃すまいと――、ビアンカはハルに身体を寄せる。
「――――」
「……うん、私もだよ。ハル……」
――『愛しているよ……』
ハルが消え入りそうな言葉で紡いだ――、最期の言葉。
ハルからの言葉にビアンカは答え、握りしめたハルの手に頬を寄せる。
ビアンカからの返答に――、ハルは微笑んだ。
そうして――、ハルは吐息を零し、静かに瞳を伏せた。
その後、ハルが言葉を発することは――なかった。
「――ハル……っ!」
ビアンカは、ハルを看取り――、堪えていた涙を再び零し始める。
そして――、その場でハルの亡骸に縋るように、泣いた――。
涙が枯れるまで――。
声が枯れるまで――。
ビアンカは悲しみに打ちひしがれ――、声を大きく上げて泣き叫ぶことしかできなかった――。
1
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる