死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

文字の大きさ
66 / 92
第十三章【滅亡と望郷】

第六十六節 亜麻色の髪の死神

しおりを挟む
 ビアンカは、父親――ミハイルを埋葬した樹木に寄り掛かり、膝を抱えて座り込み歌を唄っていた。

「――永遠の安息を、彼の人に与えたもう。我が信仰するあるじよ」

 静かな声音で紡がれる、鎮魂歌レクイエム――。

「決して絶えることのない光が、に輝き、届きますように――」

 に――、澄み渡った少女特有のソプラノボイスの唄声が響き渡る。

「悲しみの無い世界へ――、我が信仰するあるじよ。を導きたもう――」


 ビアンカの左手の甲に刻まれる“喰神くいがみの烙印”の痣から飛び出していった禍々しい暗い闇の影。その闇は――、一瞬にしてリベリア公国全体を飲み込んだ。

 辛うじて生き延びていたリベリア公国の国民をも巻き添えにし――、人々を死に至らしめる“喰神くいがみの烙印”の呪いは、“リベリア解放軍”の者たちの魂を喰らった。
 呪いの力によって魂を掠め取られた者たちは、何が起きたのかを理解する間もなく――、皆が皆、息絶えていったのをビアンカは感じ取っていた。

 阿鼻叫喚あびきょうかん――となることなく、リベリア公国という名前の国は、こうして静かに滅亡を迎えた。

 たった一人の――、亜麻色の髪を持つ少女の姿をした死神の手によって、一瞬で滅ぼされることとなったのだった。


 そうして、全てが終わった後――、生きる者の気配がなくなったリベリア公国内で、ビアンカはぼんやりとした様子を見せ、歌を唄っていた。

 ビアンカに囁き掛けていた“喰神くいがみの烙印”の呪いは――、今は鳴りを潜めて静かになっている。
 “喰神くいがみの烙印”が与えていた歓喜に打ち震える感覚や死の感覚は、今やビアンカに何も感じ取ることができなかった。

 そのことが――、余計にビアンカの心中に虚無感を抱かせることになっている。

(――みんながいた頃のリベリア公国は……、本当に楽しかったなあ……)

 ビアンカは唄うことを止め――、静寂が包み込む中、そんなことを考えていた。

(お父様がいて、お家のみんなもいて――、それに……、ハルもいて……)

 リベリア公国にあるウェーバー邸――。
 ビアンカの座り込む、今や荒れ果てているその場所には――彼女にとって、沢山の想い出があった。

(毎日が本当に充実していた……)

 こうべを落としていた頭を上げ、ビアンカは空を見上げる。

 視界の端々には――、未だに黒煙が上がる箇所が目に付く。
 リベリア王城も、“集中式城郭”という堅牢な作りが幸いして大きく崩れた様子は見られないものの、黒い煙をいぶらせており――、城の上部に掲げ上げられている黒地の旗――“リベリア解放軍”の解放旗かいほうきが、風に揺られてなびいていた。

 ――でも、もう……、ここには何も存在しない……。

 見上げたリベリア公国の空を目にして、ビアンカは実感する。

 “喰神くいがみの烙印”の囁き掛けに誘われるよう、リベリア公国を滅亡に追いやったビアンカであったが――、彼女の中には後悔は存在しなかった。

 “リベリア解放軍”の手によって、ビアンカの想い出の沢山詰まったリベリア公国は既になくなっていた。
 それ故に――、故郷であるリベリア公国を自らが滅ぼしたという思いより、望郷の念に思いを囚われていたのだった。

 一頻ひとしきり、ぼんやりと空を眺めていたビアンカだったが――。

「ハルのところへ……、帰ろう――」

 埋葬してやることもできず、置き去りにしてしまったハルの元へ帰らなければ――と、ビアンカは思い至り、ぽつりと独り言ちる。

 ビアンカは立ち上がると、ミハイルを埋葬した樹木の根元へ――弔いのために頭を下げ、何も言わずにきびすを返す。
 そうして――、そのままウェーバー邸も荒廃したリベリア公国をも振り返り見ることなく、ビアンカはリベリア公国を後にしていった――。


   ◇◇◇


 リベリア公国から少し離れた場所に待機させていたオルフェーヴル号を駆り、ビアンカはハルの亡骸を置いていってしまった池の畔にまで辿り着いていた。

 池の畔に唯一、一本だけ存在していた若い樹木――。
 オルフェーヴル号から降り、そこに足を運んでいたビアンカは眉を寄せた。

「ハル……?」

 樹木に寄り掛かるように――、まるでうたた寝をしているかのような穏やかな表情を見せていたハルの亡骸は、その場所からいなくなっていたのだった。

 ビアンカは不安げな表情を浮かべ、樹木の辺りを一巡見渡す。

 ――まさか、獣や魔物に襲われたの……?

 一抹の嫌な予感が胸に沸き上がったビアンカだったが――。

 ビアンカは辺りを見渡しながら、樹木のかたわらに、土を掘り返した跡を見つけていた。
 その場所の土だけは、つい最近掘り返されたばかりなことを土の色が違うことで窺い知れ――、土の上にはハルがたずさえていた短剣が鞘に納められた状態で置かれていたのだった。

 ビアンカは――、黙ったまま、静かにその場所に歩み寄る。
 そして、安心して力が抜けたのか、膝をつくように座り込んだ。

「そっか……、誰かに埋葬してもらえたんだね……」

 ビアンカは、酷く安心した声音で――小さく呟く。

 恐らくは――、偶々通りかかった旅人か行商人辺りがハルの亡骸を見つけ、憐れんで丁寧に埋葬してくれたのであろう。
 ビアンカは、そのことを察し――、どこの誰かも分からない人物に対して、感謝の気持ちを抱く。

「――世の中には優しい人も……、沢山いるのよね……」

 リベリア公国の惨状を目にし、人々の織りなす業に絶望感に近い感覚を覚えていたビアンカは――、静かに声を零す。

「ねえ、ハル……。あなたと一緒に過ごしたリベリア公国は――、なくなってしまったわ……」

 ビアンカは、ハルに報告するように――、寂しげな声音で語る。

 “リベリア解放軍”の真の統率者がヨシュアであったこと。
 自身の父親――ミハイルの死や、ウェーバー邸に仕えていた者たちの死。見知った者たちが皆いなくなってしまったことを――。
 ビアンカ自身がリベリア公国を滅亡に追いやったことを――、独り言のように話していた。

「――もう、私には、帰る場所はなくなってしまった……」

 そこまで言うと、ビアンカは言葉を切った。

 帰るべき故郷を失い、今後どうするかを――、ビアンカはこの場所に戻って来るまでの間に考えていた。
 そうして――、一つのことに考え及んでいた。

「だからね……、私。ハルの前に言っていた――、あなたの故郷の里に行ってみようと思うの」

 ハルと出会ったばかりの頃に、ハルが言葉を濁しながら語ってくれた――、彼の故郷である隠れ里の存在をビアンカは思い出していた。

 ――『この国よりずっと南の方、この国の国境を越えた先にある、小さい里の出だ』

 幼い頃の記憶を手繰り寄せ、ハルが語っていた言葉をビアンカはおもう。

 ――『俺の暮らしていた里は、森の中で人目に触れないように隠されて存在していた里だった』

 ビアンカの思い返すハルの言葉――。

(リベリア公国よりも国境を越えた南の方――、カーナ騎士皇国領の方よね。その領内のどこの森に隠れ里が存在するのかは……分からない。けど――)

 ビアンカは考えながらも――、不思議とその場所に辿り着けるという確信があった。

(きっと、と……、ハルが導いてくれる……)

 ビアンカは自らの左手の甲に刻まれる痣――、“喰神くいがみの烙印”に目を向けて思う。

「ハルの故郷に行って、ハルから受け継いだ“喰神くいがみの烙印”の本当の力と……、私がこれからどうするべきなのかを決めるわ」

 ビアンカの瞳は――、リベリア公国で見せていた闇を奥底に湛えた暗いものでなく、強い決意の色を宿していた。

「――だから、どうか……見守っていて。ハルがのは……、気付いているから」

 言いながら、ビアンカは自身の左手の甲を、慈しむように優しく撫でる。

 ビアンカは気付いていた。ハルの魂が“喰神くいがみの烙印”に喰われ、自分自身の身近にいることに。

 ――『また、出会うことができるよ……』

 ハルが死の間際に発した約束――。

 その約束が本当に果たされるものなのか、ビアンカには理解しがたかった。
 だからこそ――、ハルの故郷である“喰神くいがみの烙印”の伝承の地とされる隠れ里に行き、成したいことがあったのだった。

「また……、出会うために。いってきます――」

 ビアンカは瞳を伏せ小さく呟くと、ゆっくりと立ち上がった。


 ――こうして、ビアンカはハルが埋葬された地を離れることになった。
 ハルの故郷である“喰神くいがみの烙印”の伝承の地へ向かうために。

 ビアンカが立ち去った後の池の畔――若い樹木のかたわらには、ハルの短剣の代わりに手摘みされた花が手向けられ、暖かな春風に揺られていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

処理中です...