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第十三章【滅亡と望郷】
第六十六節 亜麻色の髪の死神
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ビアンカは、父親――ミハイルを埋葬した樹木に寄り掛かり、膝を抱えて座り込み歌を唄っていた。
「――永遠の安息を、彼の人に与えたもう。我が信仰する主よ」
静かな声音で紡がれる、リベリア公国のための鎮魂歌――。
「決して絶えることのない光が、彼等に輝き、届きますように――」
人々の気配が全くしなくなったリベリア公国に――、澄み渡った少女特有のソプラノボイスの唄声が響き渡る。
「悲しみの無い世界へ――、我が信仰する主よ。彼等を導きたもう――」
ビアンカの左手の甲に刻まれる“喰神の烙印”の痣から飛び出していった禍々しい暗い闇の影。その闇は――、一瞬にしてリベリア公国全体を飲み込んだ。
辛うじて生き延びていたリベリア公国の国民をも巻き添えにし――、人々を死に至らしめる“喰神の烙印”の呪いは、“リベリア解放軍”の者たちの魂を喰らった。
呪いの力によって魂を掠め取られた者たちは、何が起きたのかを理解する間もなく――、皆が皆、息絶えていったのをビアンカは感じ取っていた。
阿鼻叫喚――となることなく、リベリア公国という名前の国は、こうして静かに滅亡を迎えた。
たった一人の――、亜麻色の髪を持つ少女の姿をした死神の手によって、一瞬で滅ぼされることとなったのだった。
そうして、全てが終わった後――、生きる者の気配がなくなったリベリア公国内で、ビアンカはぼんやりとした様子を見せ、歌を唄っていた。
ビアンカに囁き掛けていた“喰神の烙印”の呪いは――、今は鳴りを潜めて静かになっている。
“喰神の烙印”が与えていた歓喜に打ち震える感覚や死の感覚は、今やビアンカに何も感じ取ることができなかった。
そのことが――、余計にビアンカの心中に虚無感を抱かせることになっている。
(――みんながいた頃のリベリア公国は……、本当に楽しかったなあ……)
ビアンカは唄うことを止め――、静寂が包み込む中、そんなことを考えていた。
(お父様がいて、お家のみんなもいて――、それに……、ハルもいて……)
リベリア公国にあるウェーバー邸――。
ビアンカの座り込む、今や荒れ果てているその場所には――彼女にとって、沢山の想い出があった。
(毎日が本当に充実していた……)
首を落としていた頭を上げ、ビアンカは空を見上げる。
視界の端々には――、未だに黒煙が上がる箇所が目に付く。
リベリア王城も、“集中式城郭”という堅牢な作りが幸いして大きく崩れた様子は見られないものの、黒い煙を燻らせており――、城の上部に掲げ上げられている黒地の旗――“リベリア解放軍”の解放旗が、風に揺られてなびいていた。
――でも、もう……、ここには何も存在しない……。
見上げたリベリア公国の空を目にして、ビアンカは実感する。
“喰神の烙印”の囁き掛けに誘われるよう、リベリア公国を滅亡に追いやったビアンカであったが――、彼女の中には後悔は存在しなかった。
“リベリア解放軍”の手によって、ビアンカの想い出の沢山詰まったリベリア公国は既になくなっていた。
それ故に――、故郷であるリベリア公国を自らが滅ぼしたという思いより、望郷の念に思いを囚われていたのだった。
一頻り、ぼんやりと空を眺めていたビアンカだったが――。
「ハルのところへ……、帰ろう――」
埋葬してやることもできず、置き去りにしてしまったハルの元へ帰らなければ――と、ビアンカは思い至り、ぽつりと独り言ちる。
ビアンカは立ち上がると、ミハイルを埋葬した樹木の根元へ――弔いのために頭を下げ、何も言わずに踵を返す。
そうして――、そのままウェーバー邸も荒廃したリベリア公国をも振り返り見ることなく、ビアンカはリベリア公国を後にしていった――。
◇◇◇
リベリア公国から少し離れた場所に待機させていたオルフェーヴル号を駆り、ビアンカはハルの亡骸を置いていってしまった池の畔にまで辿り着いていた。
池の畔に唯一、一本だけ存在していた若い樹木――。
オルフェーヴル号から降り、そこに足を運んでいたビアンカは眉を寄せた。
「ハル……?」
樹木に寄り掛かるように――、まるでうたた寝をしているかのような穏やかな表情を見せていたハルの亡骸は、その場所からいなくなっていたのだった。
ビアンカは不安げな表情を浮かべ、樹木の辺りを一巡見渡す。
――まさか、獣や魔物に襲われたの……?
一抹の嫌な予感が胸に沸き上がったビアンカだったが――。
ビアンカは辺りを見渡しながら、樹木の傍らに、土を掘り返した跡を見つけていた。
その場所の土だけは、つい最近掘り返されたばかりなことを土の色が違うことで窺い知れ――、土の上にはハルが携えていた短剣が鞘に納められた状態で置かれていたのだった。
ビアンカは――、黙ったまま、静かにその場所に歩み寄る。
そして、安心して力が抜けたのか、膝をつくように座り込んだ。
「そっか……、誰かに埋葬してもらえたんだね……」
ビアンカは、酷く安心した声音で――小さく呟く。
恐らくは――、偶々通りかかった旅人か行商人辺りがハルの亡骸を見つけ、憐れんで丁寧に埋葬してくれたのであろう。
ビアンカは、そのことを察し――、どこの誰かも分からない人物に対して、感謝の気持ちを抱く。
「――世の中には優しい人も……、沢山いるのよね……」
リベリア公国の惨状を目にし、人々の織りなす業に絶望感に近い感覚を覚えていたビアンカは――、静かに声を零す。
「ねえ、ハル……。あなたと一緒に過ごしたリベリア公国は――、なくなってしまったわ……」
ビアンカは、ハルに報告するように――、寂しげな声音で語る。
“リベリア解放軍”の真の統率者がヨシュアであったこと。
自身の父親――ミハイルの死や、ウェーバー邸に仕えていた者たちの死。見知った者たちが皆いなくなってしまったことを――。
ビアンカ自身がリベリア公国を滅亡に追いやったことを――、独り言のように話していた。
「――もう、私には、帰る場所はなくなってしまった……」
そこまで言うと、ビアンカは言葉を切った。
帰るべき故郷を失い、今後どうするかを――、ビアンカはこの場所に戻って来るまでの間に考えていた。
そうして――、一つのことに考え及んでいた。
「だからね……、私。ハルの前に言っていた――、あなたの故郷の里に行ってみようと思うの」
ハルと出会ったばかりの頃に、ハルが言葉を濁しながら語ってくれた――、彼の故郷である隠れ里の存在をビアンカは思い出していた。
――『この国よりずっと南の方、この国の国境を越えた先にある、小さい里の出だ』
幼い頃の記憶を手繰り寄せ、ハルが語っていた言葉をビアンカは懐う。
――『俺の暮らしていた里は、森の中で人目に触れないように隠されて存在していた里だった』
ビアンカの思い返すハルの言葉――。
(リベリア公国よりも国境を越えた南の方――、カーナ騎士皇国領の方よね。その領内のどこの森に隠れ里が存在するのかは……分からない。けど――)
ビアンカは考えながらも――、不思議とその場所に辿り着けるという確信があった。
(きっと、この子と……、ハルが導いてくれる……)
ビアンカは自らの左手の甲に刻まれる痣――、“喰神の烙印”に目を向けて思う。
「ハルの故郷に行って、ハルから受け継いだ“喰神の烙印”の本当の力と……、私がこれからどうするべきなのかを決めるわ」
ビアンカの瞳は――、リベリア公国で見せていた闇を奥底に湛えた暗いものでなく、強い決意の色を宿していた。
「――だから、どうか……見守っていて。ハルがここに居るのは……、気付いているから」
言いながら、ビアンカは自身の左手の甲を、慈しむように優しく撫でる。
ビアンカは気付いていた。ハルの魂が“喰神の烙印”に喰われ、自分自身の身近にいることに。
――『また、出会うことができるよ……』
ハルが死の間際に発した約束――。
その約束が本当に果たされるものなのか、ビアンカには理解しがたかった。
だからこそ――、ハルの故郷である“喰神の烙印”の伝承の地とされる隠れ里に行き、成したいことがあったのだった。
「また……、出会うために。いってきます――」
ビアンカは瞳を伏せ小さく呟くと、ゆっくりと立ち上がった。
――こうして、ビアンカはハルが埋葬された地を離れることになった。
ハルの故郷である“喰神の烙印”の伝承の地へ向かうために。
ビアンカが立ち去った後の池の畔――若い樹木の傍らには、ハルの短剣の代わりに手摘みされた花が手向けられ、暖かな春風に揺られていた。
「――永遠の安息を、彼の人に与えたもう。我が信仰する主よ」
静かな声音で紡がれる、リベリア公国のための鎮魂歌――。
「決して絶えることのない光が、彼等に輝き、届きますように――」
人々の気配が全くしなくなったリベリア公国に――、澄み渡った少女特有のソプラノボイスの唄声が響き渡る。
「悲しみの無い世界へ――、我が信仰する主よ。彼等を導きたもう――」
ビアンカの左手の甲に刻まれる“喰神の烙印”の痣から飛び出していった禍々しい暗い闇の影。その闇は――、一瞬にしてリベリア公国全体を飲み込んだ。
辛うじて生き延びていたリベリア公国の国民をも巻き添えにし――、人々を死に至らしめる“喰神の烙印”の呪いは、“リベリア解放軍”の者たちの魂を喰らった。
呪いの力によって魂を掠め取られた者たちは、何が起きたのかを理解する間もなく――、皆が皆、息絶えていったのをビアンカは感じ取っていた。
阿鼻叫喚――となることなく、リベリア公国という名前の国は、こうして静かに滅亡を迎えた。
たった一人の――、亜麻色の髪を持つ少女の姿をした死神の手によって、一瞬で滅ぼされることとなったのだった。
そうして、全てが終わった後――、生きる者の気配がなくなったリベリア公国内で、ビアンカはぼんやりとした様子を見せ、歌を唄っていた。
ビアンカに囁き掛けていた“喰神の烙印”の呪いは――、今は鳴りを潜めて静かになっている。
“喰神の烙印”が与えていた歓喜に打ち震える感覚や死の感覚は、今やビアンカに何も感じ取ることができなかった。
そのことが――、余計にビアンカの心中に虚無感を抱かせることになっている。
(――みんながいた頃のリベリア公国は……、本当に楽しかったなあ……)
ビアンカは唄うことを止め――、静寂が包み込む中、そんなことを考えていた。
(お父様がいて、お家のみんなもいて――、それに……、ハルもいて……)
リベリア公国にあるウェーバー邸――。
ビアンカの座り込む、今や荒れ果てているその場所には――彼女にとって、沢山の想い出があった。
(毎日が本当に充実していた……)
首を落としていた頭を上げ、ビアンカは空を見上げる。
視界の端々には――、未だに黒煙が上がる箇所が目に付く。
リベリア王城も、“集中式城郭”という堅牢な作りが幸いして大きく崩れた様子は見られないものの、黒い煙を燻らせており――、城の上部に掲げ上げられている黒地の旗――“リベリア解放軍”の解放旗が、風に揺られてなびいていた。
――でも、もう……、ここには何も存在しない……。
見上げたリベリア公国の空を目にして、ビアンカは実感する。
“喰神の烙印”の囁き掛けに誘われるよう、リベリア公国を滅亡に追いやったビアンカであったが――、彼女の中には後悔は存在しなかった。
“リベリア解放軍”の手によって、ビアンカの想い出の沢山詰まったリベリア公国は既になくなっていた。
それ故に――、故郷であるリベリア公国を自らが滅ぼしたという思いより、望郷の念に思いを囚われていたのだった。
一頻り、ぼんやりと空を眺めていたビアンカだったが――。
「ハルのところへ……、帰ろう――」
埋葬してやることもできず、置き去りにしてしまったハルの元へ帰らなければ――と、ビアンカは思い至り、ぽつりと独り言ちる。
ビアンカは立ち上がると、ミハイルを埋葬した樹木の根元へ――弔いのために頭を下げ、何も言わずに踵を返す。
そうして――、そのままウェーバー邸も荒廃したリベリア公国をも振り返り見ることなく、ビアンカはリベリア公国を後にしていった――。
◇◇◇
リベリア公国から少し離れた場所に待機させていたオルフェーヴル号を駆り、ビアンカはハルの亡骸を置いていってしまった池の畔にまで辿り着いていた。
池の畔に唯一、一本だけ存在していた若い樹木――。
オルフェーヴル号から降り、そこに足を運んでいたビアンカは眉を寄せた。
「ハル……?」
樹木に寄り掛かるように――、まるでうたた寝をしているかのような穏やかな表情を見せていたハルの亡骸は、その場所からいなくなっていたのだった。
ビアンカは不安げな表情を浮かべ、樹木の辺りを一巡見渡す。
――まさか、獣や魔物に襲われたの……?
一抹の嫌な予感が胸に沸き上がったビアンカだったが――。
ビアンカは辺りを見渡しながら、樹木の傍らに、土を掘り返した跡を見つけていた。
その場所の土だけは、つい最近掘り返されたばかりなことを土の色が違うことで窺い知れ――、土の上にはハルが携えていた短剣が鞘に納められた状態で置かれていたのだった。
ビアンカは――、黙ったまま、静かにその場所に歩み寄る。
そして、安心して力が抜けたのか、膝をつくように座り込んだ。
「そっか……、誰かに埋葬してもらえたんだね……」
ビアンカは、酷く安心した声音で――小さく呟く。
恐らくは――、偶々通りかかった旅人か行商人辺りがハルの亡骸を見つけ、憐れんで丁寧に埋葬してくれたのであろう。
ビアンカは、そのことを察し――、どこの誰かも分からない人物に対して、感謝の気持ちを抱く。
「――世の中には優しい人も……、沢山いるのよね……」
リベリア公国の惨状を目にし、人々の織りなす業に絶望感に近い感覚を覚えていたビアンカは――、静かに声を零す。
「ねえ、ハル……。あなたと一緒に過ごしたリベリア公国は――、なくなってしまったわ……」
ビアンカは、ハルに報告するように――、寂しげな声音で語る。
“リベリア解放軍”の真の統率者がヨシュアであったこと。
自身の父親――ミハイルの死や、ウェーバー邸に仕えていた者たちの死。見知った者たちが皆いなくなってしまったことを――。
ビアンカ自身がリベリア公国を滅亡に追いやったことを――、独り言のように話していた。
「――もう、私には、帰る場所はなくなってしまった……」
そこまで言うと、ビアンカは言葉を切った。
帰るべき故郷を失い、今後どうするかを――、ビアンカはこの場所に戻って来るまでの間に考えていた。
そうして――、一つのことに考え及んでいた。
「だからね……、私。ハルの前に言っていた――、あなたの故郷の里に行ってみようと思うの」
ハルと出会ったばかりの頃に、ハルが言葉を濁しながら語ってくれた――、彼の故郷である隠れ里の存在をビアンカは思い出していた。
――『この国よりずっと南の方、この国の国境を越えた先にある、小さい里の出だ』
幼い頃の記憶を手繰り寄せ、ハルが語っていた言葉をビアンカは懐う。
――『俺の暮らしていた里は、森の中で人目に触れないように隠されて存在していた里だった』
ビアンカの思い返すハルの言葉――。
(リベリア公国よりも国境を越えた南の方――、カーナ騎士皇国領の方よね。その領内のどこの森に隠れ里が存在するのかは……分からない。けど――)
ビアンカは考えながらも――、不思議とその場所に辿り着けるという確信があった。
(きっと、この子と……、ハルが導いてくれる……)
ビアンカは自らの左手の甲に刻まれる痣――、“喰神の烙印”に目を向けて思う。
「ハルの故郷に行って、ハルから受け継いだ“喰神の烙印”の本当の力と……、私がこれからどうするべきなのかを決めるわ」
ビアンカの瞳は――、リベリア公国で見せていた闇を奥底に湛えた暗いものでなく、強い決意の色を宿していた。
「――だから、どうか……見守っていて。ハルがここに居るのは……、気付いているから」
言いながら、ビアンカは自身の左手の甲を、慈しむように優しく撫でる。
ビアンカは気付いていた。ハルの魂が“喰神の烙印”に喰われ、自分自身の身近にいることに。
――『また、出会うことができるよ……』
ハルが死の間際に発した約束――。
その約束が本当に果たされるものなのか、ビアンカには理解しがたかった。
だからこそ――、ハルの故郷である“喰神の烙印”の伝承の地とされる隠れ里に行き、成したいことがあったのだった。
「また……、出会うために。いってきます――」
ビアンカは瞳を伏せ小さく呟くと、ゆっくりと立ち上がった。
――こうして、ビアンカはハルが埋葬された地を離れることになった。
ハルの故郷である“喰神の烙印”の伝承の地へ向かうために。
ビアンカが立ち去った後の池の畔――若い樹木の傍らには、ハルの短剣の代わりに手摘みされた花が手向けられ、暖かな春風に揺られていた。
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