死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

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第十四章【全ての始まりの地】

第七十二節 交渉決裂

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「ビアンカ様には、この里の里長である“始祖”となり、我ら“眷属”に新たなる“喰神くいがみの烙印”の加護をお授け頂きたい――」

 二コラがビアンカに要求した言葉――。

 座敷となっている集会所でビアンカは腰掛けることなく、平静を装いつつ――、内心で果然かぜんの思いから険悪感を抱く。

(――やっぱり、ルシトの言った通りね……)

 ――『今後、あんたは“喰神くいがみの烙印”の継承者――、新たな“始祖”としてまつり上げられるだろう』

 昨夜――、ルシトがビアンカに言った言葉の通り、“喰神くいがみの烙印”を伝承するこの里は、新たなる“始祖”を求めていた。

 “喰神くいがみの烙印”を伝承する里の者たちは、“喰神くいがみの烙印”の呪いを宿す者を“始祖”としてあがめ奉り上げ、その加護を受けて“眷属”という――本来であれば不老長寿の特性を持つ存在になる。
 その“眷属”たちは――、先代の“始祖”であったハルが里を出て行ってからの六百年以上もの間、“喰神くいがみの烙印”の呪いの真の加護を受けられず、その不老長寿という特性を失いつつあった。

 二コラの話を聞く限りでは、里の者たち――“眷属”は不老長寿の特性を失い、老い衰えつつ寿命が常人よりも長いだけという状態になっているのだと、ビアンカは悟る。

 ビアンカは二コラの要求を聞き――、息を深く吐き出す。
 そうして二コラに対し、強い意志を宿す翡翠色の瞳を真っ直ぐに向け、口を開いた。

「――この里の“始祖”になるために……、一つ条件を出させて」

「……条件、ですか?」

 年端もいかない少女であるビアンカが、深く考えることなく“始祖”となることを引き受けるだろう――と、そう考えていたのであろう。二コラはビアンカの投げ掛けた言葉に驚いた素振りを見せ、ビアンカに聞き返す。

 その二コラの返事に――、ビアンカは革のグローブを嵌めた“喰神の烙印”の痣が刻まれている左手を差し出した。

「“喰神くいがみの烙印”が喰らった魂。――。それが条件よ」

 ビアンカの出した『条件』の内容を聞き、集会所に集まっていた里の者たちがどよめき立つ。
 二コラに至っては――、驚愕した表情を皺の刻まれた顔に浮かべていた。

「できるのでしょう。ここでなら……」

 ビアンカは静かな声音で言う。

 ビアンカは、勘付いていたのである。“喰神くいがみの烙印”の中に、ハルの気配を感じるということは――、彼の魂が呪いの力に囚われているということに。
 それ故に、“喰神くいがみの烙印”の伝承の地とされる隠れ里を目指し――、呪いの力に囚われたハルの魂を解放することができないのかと考えていたのだった。

 だが――、ビアンカの言葉に、二コラは苦渋に満ちた顔色を窺わせる。

「ビアンカ様……。大変申し訳ないのですが――、それはなりませぬ……」

 二コラはこうべを垂れ、苦々しげにビアンカに告げる。

「ねえ。『なりませぬ』――、と言うことは、できないわけじゃないのよね」

 ビアンカは二コラの言葉尻を拾い、“喰神くいがみの烙印”の呪いに囚われた魂を解放するすべが存在しないわけではないことを――聡く察していた。

 ビアンカの再三の質問に、二コラは自らが失言をしてしまったことに気付く。

「――“喰神くいがみの烙印”の呪いに囚われた魂を解放させることは……、この地では“禁忌”とされております……」

 自身の失言に気付いた二コラは仕方なさそうに、ビアンカを諭すように言葉を紡いでいく。

「これは……、古くから我々伝承の一族に、『調停者コンチリアトーレ』であるお方より強く言い置かせられた決まり事――、どうぞお察しください……」

 その二コラの答えを聞き、ビアンカは深く溜息を吐き出した。

「――交渉決裂、ね……」

 ビアンカはポツリと残念そうに呟く――。

 すると――、ビアンカは不意に素早い動きで演壇に駆け上がり、二コラの背後に回り込んだ。

 ビアンカの手には――、一本の短剣が握られており、その短剣の刃が二コラの首元を捕らえる。そして“喰神くいがみの烙印”が刻まれる左手を二コラの背に添える形で、彼を拘束していた。

「ビアンカ様――っ?!」

 あまりにも唐突なビアンカの暴挙に、二コラは焦りから上ずった声を漏らした。
 集会所に集まっていた里の者たちも、突然のビアンカの行動を目にして色めき立ち、身構える様子を見せる。

「私が“始祖”となる代わりに、その禁忌を犯させるか――」

 ビアンカは二コラの耳元で静かに囁く。

「――このまま喉を掻き切られるのと……、“喰神くいがみの烙印”の呪いで魂を喰われるのと。あなたは、どれが良いかしら……」

 ビアンカは、酷く冷静でいて冷徹な印象を抱かせる声音で、二コラの首筋ギリギリに短剣の刃を押し当てる。
 あと少しビアンカが力を込めて短剣を横に引けば――、間違いなく二コラの首は短剣の刃で掻き切られるであろう。

 ビアンカがその手に持つ短剣は――、かつてハルがたずさえていたものであった。
 ハルが埋葬された池の畔にある若い樹木のかたわら――、そこに残されていた彼の短剣。それをビアンカはずっと、外套がいとうの下に隠し持っていたのだった。

「う……っ」

 首筋に押し当てられた短剣の刃と、背に感じる“喰神くいがみの烙印”の気配に、二コラは身震いをする。

(――この娘は、本気だ……)

 その冷たさを帯びた声を聞き、二コラはビアンカが脅しではなく本気で、「“始祖”となる代わりに、禁忌を行うことを許す」か「二コラを殺め――、自身の持つ“喰神くいがみの烙印”の力で里を滅ぼす」と――。
 そのような意味合いを持つ二択を、自身に迫ってきていることをしていた。

「二コラ様……っ!」

 身構えていた里の者たちが焦燥から声を張り上げ、ビアンカの暴挙を止めさせるために動こうとする動勢を見せる。

 しかし――。

「――動かないでっ!!」

 ビアンカは凄みを含んだ静止の言葉を発し、二コラの背に押し当てていた自身の左手を里の者へ掲げ向け――、恫喝どうかつする。
 ビアンカの取った左手を掲げる動作の意味することを察した里の者たちは、それに押し黙り、その場から動くことができなくなっていた。

「ごめんなさい、二コラさん……。私はね――、“始祖”となるためにここに来たわけではないの」

「……先代の“始祖”であるハル様の魂の解放――。そのためですか……」

 静かな声音で呟かれたビアンカの言葉に、二コラは震えの混じる声で答える。
 二コラの返答に――、ビアンカは小さく頷く。

 ビアンカの頷きに、二コラは苦渋の表情を見せる。
 どうするべきか――、二コラは焦りの色を滲ませ、必死に考えていた。

「ふふ……、あははははっ!!」

 集会場の皆が皆、緊張の様相を見せる中――、突如笑い声が響き渡った。

 ビアンカ以外の一同が一斉に笑い声を上げ始めたぬしに目を向けると――、今まで傍観を決め込み、集会所の壁に寄り掛かり立っていたルシトが、さも可笑しそうに笑っていた。

 一同の注目を浴びながらルシトは寄り掛かっていた壁から身を離し、赤い瞳を二コラに向ける。

「良いじゃないか、里長代理。そいつの望みを聞いてやれ」

 真っ直ぐに二コラを見据え、ルシトは言う。

「たったの一回――、禁忌を犯して一人の人間の魂を解放させる。ただそれだけのことで、あんたたちは新しい“始祖”を手に入れ、“喰神くいがみの烙印”の呪いの加護を受けることができる。なのに敢えてそれを棒に振る気かい?」

「しかし、神官将様。禁忌を犯すということは――」

 二コラが慌てた様体を見せ、ルシトに反論の意を唱えようとした。
 その瞬間――、ルシトはいつの間にか手にしていた杖の先を座敷の床に叩きつけ、大きな音を鳴らす。ルシトの取ったその行為は、二コラの反論を黙させる――。

「――全ての責任は僕が持とう。あんたたちが恐れるには、僕の一任と指示の下で行ったと報告する。それで文句は無いだろう?」

 ルシトの提案に――、二コラは苦悶の表情を浮かべ、深い溜息を吐き出す。
 それは、はなはだ仕方のない――、という二コラの心情を窺い知ることができるものだった。

「……分かりました。神官将様がそうまでおっしゃるのでしたら――、我らには反対のしようがありません」

「――だそうだ。ビアンカ、もう良いだろう」

 二コラの言葉を聞き、ルシトはビアンカに声を掛けた。

 ルシトからの声掛けにビアンカは頷き、二コラの首筋に押し付けていた短剣を離し、外套がいとうの下に隠していた鞘に戻す。
 そうして、二コラの身を解放し――、演壇から降り、ルシトの元に歩みを進めていった。

 ビアンカがルシトの元へ歩んでいく間――、里の者たちは、ビアンカに対して畏怖いふを含んだ眼差しを向けていた。

 ――恐れの対象になるなら、それで良い……。

 “始祖”としてあがめ奉られるよりも、畏怖いふの対象として遠目から見られる。その方が――、今のビアンカにとっては気が楽なものであった。
 それ故に、ビアンカは里の者たちから向けられる畏怖いふの眼差しを、全く意に介さなかった。

「神官将であり、『調停者コンチリアトーレ』である――ルシト・ギルシアの名の下、“喰神くいがみの烙印”の呪いに囚われた“魂の解放の儀”を執り行うこととする」

 自らのかたわらに近づいて来たビアンカを見とめ、ルシトは声高らかに宣言の言葉を綴るのだった。
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