死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

文字の大きさ
73 / 92
第十五章【禁忌】

第七十三節 ネクロディアの血統

しおりを挟む
 “喰神くいがみの烙印”を受け継ぐ“始祖”のために建てられた家屋――。
 その場所にビアンカと共に戻って来ていたルシトは、椅子に腰掛け――、思い出し笑いの表情を微かに浮かべていた。

「――あんた、大した役者だな。里長代理の慌てよう、笑いものだったぞ」

「私だって必死だったのよ。あんな風に人を脅したことなんて、今までなかったんだから……」

 くつくつと笑うルシトに、テーブルを挟んで対面の椅子に座るビアンカは、しかめ面を見せて物言いたげにしていた。


 集会所での一連の出来事――、それは全て、ビアンカが受けたルシトからの提案であった。

 ルシトは『調停者コンチリアトーレ』という立場故に、“喰神くいがみの烙印”を伝承する里で、禁忌とされている“魂の解放の儀”が存在することを認知していた。

 そして――、集会所へビアンカを連れて行く道すがら、それを匂わす話をルシトはビアンカにしていたのだった。

 ビアンカに対して上手く立ち回りを行えば、禁忌を執り行う許可が下りるであろうことをルシトは、それとなく語っていた。
 そのため、ビアンカは里長代理を務める二コラを脅し――、禁忌である“魂の解放の儀”を行うことを許される結果を得ていたのである。


「ねえ、ルシト。里長代理の二コラさんのことだけれど。あの人はなんで、あそこまで決定権を持つ立場に立っているの?」

 それは――、二コラとの会合の際に、ビアンカが感じていた素朴な疑問であった。

 あの集会所にいた他の里の者たちに慕われる風体、そして抗うことのできないという雰囲気――。
 それらを二コラが持ち合わせていたことを、ビアンカは察していた。

「あの里長代理――、二コラはハルの大叔父に当たる、“ネクロディア一族”の血を引く家柄だ。“始祖”だったハルの奴が里を出て行ってからは、あいつの大叔父の血を引く者が代々里長代理を務めてきている」

 ルシトはビアンカの疑問に、テーブルに片肘を置き、頬杖を付きながら面倒くさそうな様相を見せ答える。

「もしかすると――、“喰神くいがみの烙印”を継承する一族の血を引いていないと、里長代理にもなれない……。そういうこと……?」

 ビアンカの更なる問いに、ルシトは頷く。

「本来であれば――、“喰神くいがみの烙印”の呪いは、代々“ネクロディア一族”が継承することがならわしになっている。だから、“ネクロディア一族”の血を引く二コラが、現在の里長代理を務めることになっているようだな」

 面倒くさそうにしつつも、ルシトはビアンカの疑問に答えてやっていた。
 ルシトの答弁を聞き、ビアンカはフッとあることに気が付く。

「それじゃあ、ハルの本名って……」

「“ハル・ネクロディア”――。正当な“ネクロディア一族”直系の血統を持つ、“喰神くいがみの烙印”の継承者となるべき血脈の生まれだったらしい」

「ハル・ネクロディア……」

 ルシトの口から出たハルの姓名フルネームを、ビアンカは反覆して呟く。

 ハルはビアンカと初めて出会った当初、自分自身の姓名フルネームを名乗らなかった――。
 その時はハル本人が自分は孤児という出自だと語っていたため、名字ファミリーネームを持っていないのだと――、ビアンカは思い込んでいた。

 だが――、ハルには六百年以上もの間を永く生き続け、“ネクロディア一族”の名を捨てるに至った理由があったのだろう。
 そう考え及んだビアンカは瞳を伏し、何かに――思いを馳せる様子を見せていた。

 ビアンカの様子を見て、ルシトは「そういえば……」――と、何かを思い出したように口を開く。

「名前の話で、僕も気になっていたことがあるんだけど。ビアンカ――、何故あんたは僕と会った時に自分の姓名フルネームを名乗らなかった?」

 ルシトはビアンカの様子を目にし、彼女が思い馳せていた事柄の正体に勘付いたのだろう。
 考えていたことを見透かされ、単刀直入にルシトに問い掛けられた言葉。その問いに――、ビアンカは驚嘆の色をその顔に窺わせて反応する。

「――ルシトは……、本当に怖いくらい何でもお見通しなのね……」

 ビアンカは苦い顔を浮かべ、嘆息たんそくを漏らす。

 ビアンカは――、ルシトが口にした通り、自分自身が姓名フルネームを名乗らなかったことについて考えていたのだった。

「……私の本当の名前は、ビアンカ・ウェーバー。リベリア公国の将軍――ミハイル・ウェーバーの娘だった」

 ビアンカは対面に座るルシトを見据え、静かに語り始める。

「でも、“リベリア解放軍”――反王政派の反乱が国で起こって、王政派だったウェーバー家は……、その血脈を絶たれたわ」

「血脈を絶たれたって……。ビアンカ、あんたがまだ生き残っているじゃないか……?」

 ビアンカの話を聞き、ルシトは首を傾げる。
 しかし、そのルシトの疑問の問いに――、ビアンカは小さくかぶりを振った。

「“ビアンカ・ウェーバー”は……、“リベリア解放軍”の手で亡き者にされ、もうの。――名前も知らない同じくらいの年頃の女の子の亡骸を、私のものだと偽って……。のよ」

「だから、“ウェーバー一族”の名を捨て、姓名フルネームを名乗らなかった。――そういうわけか……」

 ルシトは納得した様を見せ――、溜息混じりに言葉を零す。

「……流石、ルシトね。察しが早くて助かるわ」

 そう言うとビアンカは眉根を下げ、困ったような表情を滲ませた笑みを見せる。
 そのビアンカの何とも言えない笑みに、ルシトは眉をしかめていた。

(――こいつも、“喰神くいがみの烙印”が持つ、不幸を呼び込む性質に翻弄されているクチか……)

 ルシトは――、“喰神くいがみの烙印”の呪いの本質を知っているため、そう内心で思う。
 そうして永い時を生き、多くの人間を見てきた立場から――、今のビアンカが無理をして明るく振る舞おうとしていることを、ルシトは聡く見抜いていた。

(こういう時だけは……、自分の洞察眼が面倒くさくなるな)

 ルシトは思いながら瞳を伏せがちに、腕を組み椅子の背凭せもたれに身を預ける。

「どうかしたの、ルシト?」

 急に口を閉ざし苦々しげな面差しを窺わせるルシトに、ビアンカは不思議そうに声を掛けた。
 だが、ルシトはビアンカの声掛けに「何でもない……」と、静かな声音で返す。
 そんなルシトの態度に、ビアンカは更に不思議そうにして首を傾げていた。

「あんたが本当に“始祖”の立場に就くのなら――、恐らくは“ネクロディア一族”の名を継ぐことになるんだろうな……」

 ルシトは――、不意にボソッと呟いた。

 不意に紡がれたルシトの言葉にビアンカはキョトンとした顔をし、次には意地悪げな雰囲気を漂わせる笑みを浮かべる。

「……ルシトは、私が本当に“始祖”の立場に就くと思っているの?」

 ビアンカが微かに意地の悪さを表情に浮かべ口にした言葉に、ルシトは「ふふ……」――と笑う。

「――まあ、そうだろうなとは思っていたよ」

 ルシトはビアンカの思いを、最初から感じ取っていた。

 ――こいつに“始祖”の立場に就くつもりなど、毛頭ないだろう。

 集会所でビアンカが二コラに言った『“始祖”となる代わりに――』と条件として出した言葉も、全てビアンカの嘘だろうと。そうルシトは悟っていた。

 可憐な見た目から意思の弱さを想像させるようなビアンカであったが、存外したたかな性格をしている――と思い、ルシトは心中で笑ってしまう。

「ねえ、ところで……。“魂の解放の儀”はいつ行うの……?」

 先ほどまでの意地悪さを感じさせる面持ちとは打って変わり、ビアンカは真剣な色を顔に出し、ルシトに問う。

 “喰神くいがみの烙印”の呪いに囚われた魂を解放させる禁忌――、“魂の解放の儀”は、ルシトが『調停者コンチリアトーレ』の名の下で、強い魔力を有する彼が手ずから行う手筈となっていた。

「――早急ではあるけれど、今夜が丁度良いだろう。“喰神くいがみの烙印”は死と闇を司り、夜にその力を増す。そして今日の月齢が十七……、――月のこよみ占星せんせいの具合も悪くはない」

「……それに何か意味はあるの?」

「人間が忌み嫌う数字である“忌数”は知っているだろう。“十七”の数字が意味する言葉――、それは『私は生きている。しかし私は生きることを終えた』――。つまり間接的に“死”を匂わせるものなんだ」

 ルシトは言いながら赤い瞳を細める――。
 まるでビアンカに対して、「あんたの事情と、その呪いに打ってつけの日だろう」――、と。そう赤い瞳で語るようだった。

 ビアンカはルシトの言葉と仕草の意味を察して頷き――、“魂の解放の儀”に挑むための強い決意を、翡翠色の瞳に宿していた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...