死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

文字の大きさ
80 / 92
第十六章【ハルの想い出】

第八十節 棍使いの女性①

しおりを挟む
 欲深い狼ディプスハウンドに襲われかけていた幼い少年の目にした女性――、それは、亜麻色の長い髪と黒い外套がいとうを風になびかせ、少年を庇うように立つビアンカだった。

 ビアンカは険しい表情を窺わせ、狼のような姿をした魔物――欲深い狼ディプスハウンドを睨みつけながら棍武術の構えを取る。
 その様子を少年は――、唖然として見つめていた。

(――誰? このお姉ちゃん……?)

 少年は、突如として現れた女性――、ビアンカが何者なのかに疑問を感じる。

 初めて目にする見知らぬ女性。だけれど少年は、ビアンカの亜麻色の長い髪と翡翠色をした瞳に、思わず見惚みとれてしまう。

(里の人じゃない……。けど、この気配……、……)

 ビアンカを目にして、少年は“喰神くいがみの烙印”の呪いを継承する“始祖”――、自身の五世の祖である人物とビアンカに、同様の気配がすることを聡く感じ取っていた。

 不可思議な思いからか、呆然とした様相でビアンカを見つめる幼い少年を、ビアンカは傍目はために見やる。
 そして、少年を見つけられたことに安堵の感情を持ちつつも――、現状に嘆息たんそくの思いを抱いていた。

(狼の遠吠えが聞こえて、まさかとは思ったけれど……)

 少年の周りを取り囲むようにして、低い唸り声を上げる欲深い狼ディプスハウンドたち。
 ビアンカは少年から視線を外し、再び欲深い狼ディプスハウンドたちに目を向ける。

(――本当に魔物に襲われているなんてね……)


 ビアンカは、この幼い少年のいる場所へ訪れるよりも先に――、少年を探して迷いの森を探索していた“喰神くいがみの烙印”を伝承する隠れ里の、“眷属”である男衆に出くわしていた。

 ビアンカは、その“眷属”の男衆に、自らが『調停者コンチリアトーレ』の従者であり、迷いの森で迷わない能力を持っているため、自身も少年を探すことを手伝う旨を伝えていたのであった。
 そうして、まだ“眷属”の男衆が足を踏み入れていない迷いの森の地域で、少年を探すことを任されていたのだった。

 そして、ビアンカが任された迷いの森の一角。そこで少年を探して彷徨さまよっている内に――、彼女の耳に、狼の遠吠えをする鳴き声が聞こえた。

 まさかと思い狼の遠吠えの声がした方向へ、ビアンカが急ぎ駆けつけた時――。
 今まさに――、欲深い狼ディプスハウンドが、幼い少年に襲い掛かろうとしている場景に遭遇したのである。

 いけない――と、ビアンカが思った刹那。ビアンカは咄嗟に外套がいとうの下に隠し持っていた短剣を、少年に襲い掛かろうとしていた欲深い狼ディプスハウンドへ目掛けて投げつけていた。

 ビアンカの瞬時に投げつけた短剣は、少年に襲い掛かろうとしていた欲深い狼ディプスハウンドの腹部に深々と刺さり――、少年への強襲を止めさせた。

 その後は――、手にしていた棍を使い、腹部に短剣が突き刺さり痛みから悶絶する様を見せていた欲深い狼ディプスハウンドを一撃で仕留めた。
 欲深い狼ディプスハウンドの一匹を仕留めたビアンカは、少年を取り囲んでいた他の欲深い狼ディプスハウンドたちを棍で払い除け、その場に腰を抜かして座り込んでいた少年のかたわらに駆け寄っていたのだった。


(――魔物は、十匹前後ってところね……)

 周りを取り囲んでいる欲深い狼ディプスハウンドたちに視線を向けて、ビアンカは今この場に何匹の魔物――欲深い狼ディプスハウンドが存在しているかを確認する。

(“喰神くいがみの烙印”の力は、ここで使うわけにはいかないから。――棍だけで何とかするしかないわよね……)

 “喰神くいがみの烙印”は、本来であれば、この世に二つとない呪いである。
 ここが過去の時代の世界だ――と。そのことを思い、今の時代に存在する“喰神くいがみの烙印”の継承者――、“始祖”が持つはずの力を、“喰神くいがみの烙印”を伝承する隠れ里の住人である少年の目の前で行使するわけにはいかないと。そうビアンカは考え至る。

 ビアンカは――、現状を自身でも気付かぬ内に、冷静な思考で判断をしていた。

 欲深い狼ディプスハウンドは、唐突にその場に姿を現したビアンカを睨みつけ、低い唸り声を上げる。
 それは、「獲物を横取りされた」――、という様相を窺わせるもので、今にも飛び掛からんばかりのいきり立ちをビアンカに推知させた。

「――私が、あなたを必ず里に帰してあげるから。私の傍から離れないでね……」

 ビアンカは自らの足元に座り込んでいる少年に、目を向けずに静かに呟く。

「う、うん……」

 ビアンカの言葉に、少年は頷きと共に返事をする。

 大人しく従う返事を零した少年であったが、自身を庇うようにして立つ女性――、ビアンカが果たして自分を守り、戦えるのかを疑問に感じていた。

(このお姉ちゃん……。こんな木の棒だけで、どうやって魔物と対抗するつもりなんだろう……)

 少年は、ビアンカが持つ武器――、棍を目にして思う。

 棍術という武術の存在を知らない少年は、ビアンカがただ長い木の棒を扱って戦うつもりなのだと思い込んでいた。それ故に、現状を打開できるのか、気掛かりな感情を覚える。

 だが――、少年の心配も次の瞬間には、杞憂に取って代わっていた。

「ガウッ――!!」

 いきり立った欲深い狼ディプスハウンドが、吠えるように声を上げ、襲い掛かってくる。
 その様を視認した少年は「ひっ!」――と、思わず小さく悲鳴の声を零してしまう。

 しかし、ビアンカは手にした棍を取り回し――、棍術独特の構えである踏み込みの動作を見せて、遠心力の勢いを利用した薙ぎ払いで欲深い狼ディプスハウンドなす。
 欲深い狼ディプスハウンドの頭を狙ったビアンカの棍での薙ぎ払いは、迷いの森に鈍い音と欲深い狼ディプスハウンドの悲鳴を響かせた。
 ビアンカの棍の一撃を食らった欲深い狼ディプスハウンドは、土煙を上げながら地面を転がり――、ピクリとも動かなくなっていた。

「ふう……っ」

 これで二匹目――、と考えながら構えを取り、ビアンカは周囲の欲深い狼ディプスハウンドたちに目を配る。

 残っている欲深い狼ディプスハウンドたちは、仲間を殺められたことに動揺の色を思わせるが――、すぐさま鼻先に皺を寄せ、低く唸り声を上げ始める。

 攻撃の姿勢を見せた欲深い狼ディプスハウンドたちは、我先にとビアンカを目掛け、飛び掛かっていく。

 だが、ビアンカは素早く棍を取り回し、飛び掛かってくる欲深い狼ディプスハウンドたち――、動物に近い姿をした魔物の急所となる鼻先や頭、時には行動を制限させるために脚を狙い、空を切る鋭い音をさせて亜麻色の長い髪をひるがえしながら勢い良く棍を振るう。

 ビアンカの棍での一撃一撃は、以前に剣術鍛錬と称した剣術と棍術の試合で、ハルを恐慌させたほどの――、少女の力とは思えない攻撃力を持って、欲深い狼ディプスハウンドたちを仕留めていった。

 それらの立ち回りを全て、ビアンカは自身のかたわらに座り込んだままでいる少年を中心として、その場からほぼ移動せずに行っていたのだった。

(このお姉ちゃん……、凄い――)

 ビアンカの立ち回りを目の当たりにした少年は――、ただの木の棒で戦えるのかという、当初抱いていた不安を払拭ふっしょくさせていた。

 幼い少年は呆気に取られた表情を浮かべながら、ビアンカに対して感嘆の思いを感じていたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...