死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

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第十六章【ハルの想い出】

第八十一節 棍使いの女性②

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 襲い掛かってくる欲深い狼ディプスハウンドから決して目を離さず、ビアンカは真剣な面持ちを見せ、棍を大きく振るう。
 その度に、欲深い狼ディプスハウンドの痛みを訴える悲鳴が上がった――。

 そのビアンカの立ち回りの中――、一匹の欲深い狼ディプスハウンドが、ビアンカのかたわらに座り込んでいる少年に襲い掛かろうとした。

「うわっ!!」

 それに気付いた少年が、ビアンカの足に縋りつき声を上げる。

 だが、たった瞬刻――、少年に襲い掛かろうとした欲深い狼ディプスハウンドを鋭い眼差しで見据えたビアンカの、棍の先端を用いた刺突が欲深い狼ディプスハウンドの鼻先を突き上げていた。
 急所である鼻先を突き上げられた欲深い狼ディプスハウンドは、鈍い悲鳴を漏らし倒れ込む。

 欲深い狼ディプスハウンドの取り始めた行動の意味を察したビアンカは、わずかに考える様を見せる。そうして、意を決した色を表情に窺わせた。

「――ごめんね。ちょっと抱えさせてっ!!」

「わっ?!」

 ビアンカは言うが早いか、唐突に自身の足元に縋りついて来ていた少年を、抱え上げたのだった。

(あれ……。このくらいの歳の子って……、意外と重たいのね……)

 小さな子供など抱き上げた経験が今までなかったため、少年を抱き上げたビアンカはフッと思う。

(――でも、魔物がこの子を狙い始めている。ちょっと棍は扱いにくくなるけれど……、仕方ないわね……)

 知能が高く狡賢ずるがしこ欲深い狼ディプスハウンドたちが、ビアンカには敵わないと悟り、この幼い少年に標的を絞ろうとする動きを見せてきていたのを、ビアンカは見抜いていた。
 そのため、ビアンカは戦いにくくなることを承知で、少年を自らの腕の中に抱え上げ、欲深い狼ディプスハウンドたちに対抗する意を示す。

「しっかり捕まっていてね」

 ビアンカに抱き上げられた少年は頷くと、ビアンカの肩に小さな腕を回し、彼女にしがみつく。

 素直に言うことに従い、自身の肩に腕を回してきた少年にビアンカは微かに笑みを浮かべると――、再び欲深い狼ディプスハウンドたちへと目を向けた。

(魔物は残り――、六匹ね……)

 少年を右腕で抱きかかえ、利き手ではない――、左手のみでビアンカは棍を強く握る。

(でも――、反対にこの子を抱き上げてしまった方が、私から動きやすいわね……っ!)

 ビアンカは心の内で考え、棍を左手で軽く回転させ握りの位置を変えると――、自ら欲深い狼ディプスハウンドに対し、足に力を込めて踏み込んでいった。

 ビアンカから動きを見せてくることを予測していなかったのであろう欲深い狼ディプスハウンドは、その動きに怯み、反応が遅れる。そのほんの一瞬で――、ビアンカは棍を薙ぎ払い、欲深い狼ディプスハウンドの頭部を叩きつけていた。
 横っ面を棍で勢い良く薙ぎ払われた欲深い狼ディプスハウンドは、悲鳴の鳴き声を上げると共に地面を転がっていくのだった。

 そして、その欲深い狼ディプスハウンドを仕留めたことを認めたビアンカは、次の欲深い狼ディプスハウンドへ向かい跳躍すると――、棍を欲深い狼ディプスハウンドの頭を狙って振り下ろす。
 頭を棍で叩かれた欲深い狼ディプスハウンドは、骨を叩き割るような鈍い音とくぐもった声を漏らして倒れ込む。

 防戦一方であった先ほどまでのビアンカの立ち回りの動きと比べ、自らが攻撃に赴いたビアンカの動きの方が――、欲深い狼ディプスハウンドたちにとって、圧倒的に脅威であった。

 得意の武器である棍を扱うビアンカに、利き手ではない左手でのみ戦うということは、全く関係なかったのである。
 ただ、まだ小さく幼いとはいえ子供を一人、抱きかかえて戦わなければいけない。そのやりづらさを懸念していただけであった。

 欲深い狼ディプスハウンドから一度距離を取るため、後ろへ飛び退いたビアンカは「ふう……」――っと、小さく溜息を零す。

「お姉ちゃん、すげえ……」

 ビアンカの棍の取り回しを間近で目にしていた少年は、その赤茶色の瞳を輝かせて感嘆の声を口にしていた。
 そんな少年の呟きに、ビアンカは欲深い狼ディプスハウンドからは目を離さぬまま、くすっと笑って反応する。

「ふふ……、ありがとう」

 少年の誉め言葉に、ビアンカは少し照れた様子で礼の言葉を返す。

 余裕のある対応をビアンカは見せるが、気付かぬ内に――、場の雰囲気は完全にビアンカが優位の立場に立つ状態になっていたのだ。
 欲深い狼ディプスハウンドたちも、ビアンカの立ち回りと強さを見せつけられ、迂闊に飛び掛かる姿勢を取って来なくなっていたのだった。

(――大分、優位には立てたけれど、この魔物は遠吠えで仲間を呼びつけるみたいだし。まだ油断はできない……)

 ビアンカは辺りに目配せをし、残り四匹となった欲深い狼ディプスハウンドと、周りの茂みの気配を窺う。

 ビアンカは迷いの森の樹木の中――、茂みの中からも魔物の気配を感じ取っていた。
 実際にビアンカは、少年を助けるために駆け付けた時よりも、多く欲深い狼ディプスハウンドを仕留めていたのである。

 ――最初に聞いた遠吠えで、遠くにいた仲間の魔物が駆けつけている……。

 現状を思い、ビアンカは決して注意を怠らない行動を心掛けていた。
 そうして一息付くと――、ビアンカは再び欲深い狼ディプスハウンドに攻撃を仕掛けるために構えを取り、動きを見せた。

 ビアンカの動きに合わせるように欲深い狼ディプスハウンドは、ビアンカに牙を向き出しに飛び掛かってくる。だが――、ビアンカはその動きを聡く察知し、大きく口を開けた欲深い狼ディプスハウンドの口腔内に素早い刺突の一撃を見舞わせた。
 口の中に棍の刺突を受けた欲深い狼ディプスハウンドは声にならない呻きを上げ、串刺しのような状態になっていた。その欲深い狼ディプスハウンドを、ビアンカは棍を大きく振るうことで引き剥がす。

 ビアンカが目の前にいる欲深い狼ディプスハウンドと応戦している最中だった――。
 突としてビアンカの背後にある茂みの中から、草木を掻き分ける音を立て、欲深い狼ディプスハウンドが牙を向いて飛び出してきたのである。

「――お姉ちゃんっ!! 後ろっ!!」

 そのことに一早く気付いた少年が、咄嗟に大きな声を上げた。

 少年の声に瞬時に反応し、ビアンカは背後を確認し――、手にした棍の先端を地面に叩きつけ自身の片足を軸にしつつ、背後から襲い掛かって来た欲深い狼ディプスハウンドに強烈な回し蹴りを食らわせる。

「ギャン――ッ!!」

 不意打ちを仕掛けようとしてきた欲深い狼ディプスハウンドの悲鳴が、迷いの森の中に響き渡った。
 悲鳴を上げた欲深い狼ディプスハウンドは、地面にそのまま叩きつけられ、ピクリとも動きを見せなくなる。

「教えてくれて、ありがとうね」

 ビアンカは手にしていた棍を握り直し、構えを取りつつ少年に再び礼の言葉を述べる。
 そのビアンカの返礼に少年は「へへ……」っと嬉しそうな笑みを見せる。

「――でも、倒しても倒しても……。キリがないわね……」

 どこか辟易へきえきした声音でビアンカは小さく呟く。
 もう何匹倒したか――。ビアンカは考え、心中で嘆息たんそくする。

 中には既に戦意喪失をして、尻尾を巻いて逃げ出した欲深い狼ディプスハウンドも存在した。
 だがしかし――、獲物に対しての執着心の強い欲深い狼ディプスハウンドは、未だにビアンカたちを取り囲んでいる。

(この子には目をつぶっていてもらって――、“喰神くいがみの烙印”の力を使うしかないのかしら……)

 ビアンカは険悪の感情を持ちながらも思い至り、自らの左手の甲――、そこに刻まれる“喰神くいがみの烙印”にほんの少し意識を集中させる。

 たった一寸だけ、“喰神くいがみの烙印”にビアンカが意識を集中させただけで、辺りの空気が一変した――。
 日が射し込んでいるとはいえ、仄暗い雰囲気を持っていた迷いの森の気配に――、禍々しいものが混じり始めていく。

 ビアンカが“喰神くいがみの烙印”の力を行使するか悩み、その片鱗を窺わせた最中だった。

 禍々しい気配を察知した欲深い狼ディプスハウンドたちが、初めておののき怯んで右往左往とする様子を見せ始めた。

 これは危険な存在だ――、と。動物や魔物特有の本能のようなものが警鐘を鳴らしたのであろう。欲深い狼ディプスハウンドのリーダー格だと思われる、一際大きな体格と美しい毛並みをした一匹が慌てた様相で天を仰ぎ、大きく遠吠えを上げたのである。
 恐れおののき、尾を腹の下に丸め込む仕草を見せていた欲深い狼ディプスハウンドたちは、その遠吠えの鳴き声を聞き、唸りを零しながらきびすを返し、森の茂みの中に早々に姿を消していった。

 あまりにも突然の欲深い狼ディプスハウンドたちの撤退に、ビアンカに抱え上げられたままの少年は唖然としていた。

「魔物、逃げてっちゃった……」

 何故だろう――、と少年は言いたげにして、ビアンカに目を向ける。

 少年が目にしたビアンカは――、酷く複雑そうな表情を浮かべ、棍を握っている革のグローブが嵌められた自身の左手の甲を、無言で見つめていたのだった。
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