死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

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第十七章【君を想う】

第八十六節 記憶の断片

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 ビアンカは気が付くと、真っ白な世界の中――、たった一人で佇んでいた。
 佇むビアンカは――、今しがた自身が体験した事象に呆然とした表情を窺わせる。

 ビアンカ自身がハルの意識に溶け込み、垣間見たようなハルの記憶の内容。
 そのハルの強い想いと成り行きに――、ビアンカは胸の痛むような感情を抱く。

「――今のは……、ハルの記憶、なの……?」

 ビアンカは自身の手の平や手の甲を見つめ、今度はハルとしてではなく、ビアンカ自身としてその場に存在していることを確認する。

「そう。今のは、ハルの記憶の断片よ――」

 呆然とし、自身の体験した事柄に不可思議な思いを感じていたビアンカの背後から、突として声が掛けられる。
 不意に聞こえた声に――、ビアンカは弾かれたかのように、声の聞こえた方へ振り向いた。

 ビアンカの振り向いた先――。
 そこには――、亜麻色の長い髪に、翡翠色の瞳の奥底に深い闇を湛えたビアンカが、もう一人立っていたのだった。

「あなたは――、“喰神くいがみの烙印”の呪いね……」

 鏡合わせのようになり、その場に立つ自分自身と同じ姿をした者の正体をビアンカは察し、険悪感を隠そうともせず、冷ややかな眼差しで一瞥いちべつする。
 そんなビアンカの様子に、すぐに正体を見破られたビアンカを模した“喰神くいがみの烙印”の呪いは、くすくすと可笑しそうにして笑いを零す。

「私に――、ハルの記憶を見せて、どうさせようっていうの?」

 さも可笑しいといった風体で笑うビアンカを模した“喰神くいがみの烙印”の呪いに、ビアンカは険悪感もあらわなまま問う。
 すると、そのビアンカの問いに、ビアンカを模した“喰神くいがみの烙印”の呪いは笑うことを止め――、闇を湛えた翡翠色の瞳を細める仕草を見せる。

「別に、どうさせようという気もない。――ただの私の戯れだ」

 そのビアンカを模した“喰神くいがみの烙印”の呪いの、『戯れ』と称する悪びれた様子を微塵も感じさせない言葉に、ビアンカは眉間みけんを寄せる。

「だが、娘よ。お前は、知っておく必要があると思った――。だから、私は前の宿主の記憶を、お前に見せた」

 ビアンカを模した姿のまま――、“喰神くいがみの烙印”の呪いは、自身の素であるのであろう言葉使いで、ビアンカに語り始めた。

「どういう……、こと……?」

 “喰神くいがみの烙印”の呪いが言いたいことの意図が掴めず、ビアンカは怪訝そうにして聞き返す。

「あの宿主は、本当に一途であった。“喰神の烙印わたし”という呪いを継承し、何百年という年月が経とうとも――」

 そこで“喰神くいがみの烙印”の呪いは言葉を一度切り、瞳を細めたままでビアンカを見据える。

「娘よ――。あの宿主は、ずっとお前のことを想い続けていた……」

「そう……、みたいね……。あの過去の出会いから、ハルはずっと……」

 ビアンカはこうべを垂れ、呟きを零す。
 ビアンカの呟きに、“喰神くいがみの烙印”は、頷く。

 六百年以上もの永きに渡り、ハルを宿主として存在していた“喰神くいがみの烙印”の呪いは、ハルが心の内に秘めたかたくなの想いを悟っていた。
 ハルの想いは強固なものであり――、人間の感情になど今まで興味を持たずにいた“喰神くいがみの烙印”の呪いの中に、関心を持たせるほどのものであった。

「あの宿主は――、“喰神の烙印わたし”をお前に継承させる際に、“継承の儀”に必要となる魂として、自らの魂を私に差し出してきた」

 ハルがビアンカに、“喰神くいがみの烙印”の呪いを継承させた時のことを思い出すように、静かな声音で“喰神くいがみの烙印”の呪いは言の葉を綴る。

「だが、私は、永きに渡り共に過ごすこととなったあの宿主に手向けとして。その魂を……、娘よ――。お前に初めて喰わせる魂としてやった」

 こうべを落としていたビアンカであったが、その“喰神くいがみの烙印”の呪いの言葉を聞き、驚いたように頭を上げた。
 ビアンカが目にした“喰神くいがみの烙印”の呪いは、まるで「何故だか分かるか?」――と。そう深い闇を湛えた翡翠色の瞳で、ビアンカに語り掛けているようであった。

「あの宿主が望んだことは――、“お前と共に生きられること”だ。それが例え、娘――お前が宿すこととなった“喰神の烙印わたし”に魂を喰われるという結果になろうとも。それで、永久とわにお前と共にあれるのであればと――。そう望んだのだ」

「ハルが……、そう望んだの……?」

 ビアンカは釈然としない思いを抱き、革のグローブを嵌めた自身の左手の甲――、“喰神くいがみの烙印”が刻まれる手に目を向ける。

(――そうまでして、をハルは選んだ……?)

 ビアンカには、ハルの行った所業と望んだ願いが、酷く自分勝手なものだと。そう感じられた。
 だけれども、その反面で――、そうまでして、ビアンカ自身と共にありたいと望んだハルの気持ちを思い、ビアンカは胸が締め付けられるような感覚を覚えていた。

「“喰神の烙印わたし”に喰われて、なおもお前と共にありたいと願った魂を解放し――、輪廻転生の輪の中に還すということは、あの宿主の望んだことを無下にすることにもなるのだぞ……?」

 “喰神くいがみの烙印”の呪いは、諭すようにビアンカに語り掛ける。
 だがしかし――、ビアンカは“喰神くいがみの烙印”の言葉に、かぶりを振って応えた。

「――輪廻転生の輪に還る、ということは。いつかは生まれ変わって……、再び巡り合える可能性もあるでしょう?」

 ビアンカは――、翡翠色の瞳に愁いの色を湛えながらも、そう口にした。
 そんなビアンカの言葉に、“喰神くいがみの烙印”の呪いは、可笑しそうにあざ笑う様を見せる。

「生まれ変わりで再び巡り合える可能性など――、無きに等しい確率かも知れないぞ?」

 呆れたようなあざ笑い。それを表情に浮かべる“喰神くいがみの烙印”の呪いの言葉。

 ビアンカの思索した、ハルの生まれ変わりと巡り合う可能性。
 それは――、この広い世界を考えれば、“喰神くいがみの烙印”が言葉にした通り、限りなく無きに等しい確率の可能性であるだろう。

「私には――、ハルから……、限りのない命の時間が与えられた……」

 だが――、ビアンカは、限りなく無きに等しい確率とされた思索を、成し遂げようと。そう強く決意を窺わせる様相を窺わせていた。

「――だから、ハルがしたように。私も……、何十年、何百年が経とうとも……、再びハルと巡り合えることを信じて待つわ」

「ふ……っ、あははははっ!!」

 ビアンカの強い決意の色を宿した言葉を聞き、“喰神くいがみの烙印”の呪いは、声を大きく上げて笑い始める。
 ビアンカは――、そんな態度を見せる“喰神くいがみの烙印”の呪いを、冷めた眼差しで見つめていた。

「全く――。お前たち人間という者は、揃いも揃って愚かしいな……」

 “喰神くいがみの烙印”の呪いは、なおも可笑しそうにして笑いを零す。
 しかし、その口にする言葉のどこかに――、『愚か』と言いつつも、ビアンカやハルの行った所業に対し、関心や慈愛に似たものを含ませる印象をビアンカに与える。

「約束は……、守ってくれるのよね……?」

 “魂の解放の儀”の始めに――、ハルの姿を模した“喰神くいがみの烙印”の呪いが発した言葉。それを思い返し、ビアンカは“喰神くいがみの烙印”の呪いに問い掛けていた。

 ビアンカの問い掛けに、“喰神くいがみの烙印”の呪いは笑うことを止め、深い闇を湛える瞳を再び細める仕草を見せた。

「良いだろう、娘よ。お前の望みを叶えてやると言ったのは、他ならぬ私だからな。聞いてやろう、その願いを――」

 “喰神くいがみの烙印”の呪いは言うと、スッと静かに左手を掲げ上げる。

「<我が呪いに囚われし魂よ。今ここに再び――、呪いのくびきを解き放ち、姿を現すことを許そうぞ――>」

 静かな、それでいて澄んだ声音で――、“喰神くいがみの烙印”の呪いが、魔法の詠唱とは違う言の葉を口ずさむ。

 “喰神くいがみの烙印”の呪いが、魂を解放することを意味する言の葉を紡いだ途端であった。
 ビアンカたちが過去の世界へといざなわれた時と同じように、辺りが一瞬にしてまばゆい光に包まれ、ビアンカは視界を光に奪われたのだった。

 ビアンカは反射的に目を閉じ、その光をやり過ごそうとした。

 その時――。

「――ビアンカ……」

 まばゆい光に目をつぶったビアンカの耳に――、聞き覚えのある少年の声が聞こえた気がした。

 声に反応したビアンカが、ゆっくりと伏していた瞳を開く。

 瞳を開いたビアンカは、自身が目にした人物に驚愕の表情を浮かべる。

 ビアンカの目の前には――、眉根を下げ、困ったような笑みを微かに浮かべるハルが立っていた――。
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