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朝7時、その男は突然やってきた。
まだ朝だというのに外がざわざわと騒がしい。なにかあったのかと、蒼太はベランダから下を見下ろす。廃墟に近いオンボロアパートの前に停まっているのはホワイトカラーのロールスロイス。推定価格おそよ6,000万円以上の高級車。なかなかお目にかかれない高級車を目の前に、アパートの住民やその周辺の住民は野次馬のように車に群がっていた。洗濯物を干すために、たまたまベランダに出ていた蒼太も珍しい高級車に興味を持った。初めてお目にかかる左ハンドルの高級車に目線を向ける。
左の運転席から出てきたのは、シワひとつない高級そうなスーツを着こなし、髪を七三分けにセットにした清潔感の漂う20代後半くらいの男だった。眉間に皺を寄せた強面で黒縁メガネをかけた男がきょろきょろと向日葵壮を見渡していた。すると、上を向いた七三分けの男と2階のベランダから見下ろしていた蒼太の目が合った。
「そこの少年」
「俺?」
「ここに無駄に顔がよくて背の高い男は来ていませんか?」
それって、碧人のことなんじゃ…。そう考えていたとき、のしっと背中に重圧を感じた。碧人は蒼太の背に寄りかかり、蒼太の頭から自分の顔を覗かせ、外にいる男を見るなり小声で「うげぇ」といい、顔を引きつらせ苦笑いをした。
「……そこにいましたか」
男は眼鏡のブリッジに中指を当て、眼鏡を上げた。男は碧人を見るなり怒りオーラをだし、碧人は男を見るなり気まずそうにしている。どうやら2人は知り合いらしい。
「……そこの少年」
突然男が蒼太に話しかけた。
「はい」
「その男が逃げないように、しっかり捕まえてて下さい」
男は怒りのオーラをだしながら、蒼太の部屋に向かい歩き出した。なにがどうなっているのかわからない。ただわかるのは碧人が今まさにベランダに足をかけ2階から飛び降りようとしていることだけ。碧人はあの男から逃げようとしている。蒼太は男に言われた通り碧人が逃げないように碧人の腕にしがみついた。
「離して‼︎ 奴がくる‼︎」
「なんで逃げるんだよ‼︎」
「あの男は僕に悪さをしようとする悪い奴なんだ…」
「昨日の男と同じ?」
「そうだよ」
なにを考えたのか碧人は蒼太の腰を抱き寄せた。
「蒼太も一緒に逃げよう」
「は?」
「ここから2人で飛び降りよう」
碧人の提案にぞっとした。
「……ここ2階なんですけど」
その時、玄関の扉が開く音がした。徐々に足音が近づいてきて、襖が勢いよく開く。
「………やっと見つけましたよ」
外にいたときはわからなかったが、男は碧人くらい身長が高い。碧人を見るなり、目線で人を殺せるほど目つきを鋭くさせた。
「久しぶりだね。サカキン。今日も髪型と眼鏡がステキだよ」
男からブチっという大きな音が聞こえた。碧人のふざけた態度に男の堪忍袋の尾が切れたらしい。
「ほんとーにあなたって人は、どうしようもありませんね‼︎」
「ひぃぃぃいい‼︎」
怖いよ、蒼太。と言いながら碧人は大きな体を丸めて蒼太の背中に隠れた。
榊は今までの鬱憤を晴らす様に碧人に長々と説教をする。碧人は更に体を丸め小さくなった。蒼太は榊と碧人の間に挟まれ、説教を聞かされている。その場から離れようとするが、碧人が蒼太の服を掴んでいて動くことができない。動くと更に強く服を掴まれ、蒼太は気まずさとこの場から逃げたい気持ちでいっぱいだった。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ありません。私、そこに隠れている男の秘書をしております。榊と申します」
榊は丁寧に名刺を蒼太に差し出した。
彼の名前は 榊咲真。碧人の会社の社員で、碧人の秘書らしい。今まで消息が途絶えた碧人を探していたらしい。碧人は悪い人だと言ったが、悪い人ではなく、寧ろ碧人のほうが悪いことしてるんじゃないかと思った。
「……ところで君は見るからに未成年に見えますが…」
「17歳です」
年齢を言うと榊は頭を抱え、ため息をついた。
「……ついに未成年にまで手を出してしまいましたか」
「蒼太はそんなんじゃないよ」
「少し黙っていただけますか。あなたの言葉は嘘だらけで信憑性に欠けます」
秘書から信用していないとハッキリと言われ、碧人は落ち込んだように態とらしく泣き真似をする。榊は碧人の泣き真似を無視し、目線すら向けない。
「……社長をこんなところに匿ってなにが目的ですか?」
「なにって別になにもないけど」
「そんなわけないでしょ。一応、この方は何万人の人生を背負っている社長なんですよ。未成年に手を出したとメディアに報じられれば会社のイメージはガタ落ち。多くの社員が路頭に迷ってしまいます」
「だからさっきからなに言ってるかわからないんだって!」
「失礼ですが見るからにお金に困っているように思えます。さぞかし生活が苦しいでしょうね」
榊は小切手を鞄から取り出しペンで何かを書き込む。書き込んだ小切手を蒼太の前に差し出した。そこに書いてある小切手の額を見て蒼太は目を丸くさせた。見たことのないほどの0の数。一生遊んで暮らしても使い切れないほどの額に驚く。
「今回の粗相はなかったことにしていただけませんか?」
「…………」
「足りませんか? もう一つ0を足しても構いませんが」
「………バカにするな」
蒼太はムッとした表情で小切手を掴むと、榊の目の前で小切手をビリビリに破いた。蒼太のその行動に榊は驚いたように目を見開いた。
「……金でなんでも解決しようとしやがって。ムカつく。金持ちがそんなに偉いのかよ…」
蒼太の一連の行動を見ていた碧人は大きな声を出して笑った。
「蒼太はほんと男前で惚れ惚れするね」
今度は榊に視線を向け睨みつける。
「僕の恩人に失礼なことをするな。いくらお前でもただじゃおかないよ」
ピリッとした殺気だった空気。榊はその空気を察し黙った。
蒼太は昨夜の出来事を榊に話した。蒼太がバイト先に向かっている途中で碧人が男に襲われているところに出くわし助けたこと。気を失ってしまった碧人を放っておけず家に連れ帰り看病していたこと。家が貧乏で両親は他界。育ててくれている祖父は入院中のため現在バイトを掛け持ちしながら一人暮らしをしていることも話した。
蒼太の話を聞き、榊は畳に額がつきそうなほど頭を下げて謝る。
「ほんとーに申し訳ありません‼︎ 社長の恩人だと知らず…。無礼の数々お許し下さい‼︎」
「あの、ほんと怒ってないんで。頭を上げて下さい」
榊は蒼太に言われた通り頭を上げた。
「ついに社長が未成年に手を出してしまったのかと思いヒヤヒヤしました…」
「だから言ったじゃない。蒼太は違うって」
「それもこれもあなたの日頃の行いが悪いせいです」
「それ以上蒼太の前で言ったら怒るよ」
碧人はこれ以上余計なことを言うなと目で榊に訴えかける。榊はその目線に気づき話の内容を変えた。
「それにしてもお爺様の為にバイトを掛け持ちしているなんて、今時珍しいくらいの家族思いですね」
「榊、蒼太をバイトとして雇いたいんだけどいいよね」
「それは構いません」
ですが…と話を続ける。
「一緒に住むというのは了承できませんね」
「なんで?」
「あなたのような人が佐々木くんの近くにいると悪影響を及ぼすからです」
榊はまるで汚物を見るような目で碧人を見た。
「あなたのことは経営者として尊敬していますが、人間としてはクズだと思ってます」
「わぁー…言うねぇ…」
碧人は苦笑いをした。
「俺、大丈夫っすよ」
「いけません。あなたになにかあったら、亡くなったご両親や入院しているお爺さまに申し訳が立ちません」
「俺、碧人のこと悪い人って思ってないんで」
蒼太はにしし、と歯を出して笑う。
「それに、爺ちゃんが入院してから俺一人だったから話し相手ほしかったんすね」
「……蒼太」
碧人は感動したように目を輝かせ、蒼太に抱きついた。
碧人は蒼太に見えないように榊に向かいべぇと舌を出した。ぐぬぬぅ…と悔しそうな表情をしていた榊であったが、蒼太の願いでもあり、それ以上拒否することも出来なかったのだろう。最終的に了承してくれた。
「もしこのクズ…ごほん、失礼。社長になにかされたときは、すぐに私に連絡して下さい」
榊は蒼太に電話番号を書いた紙を手渡した。
「ほら、行きますよ」
「えー! まだ朝ご飯食べてない!」
「ご飯を食べる時間が欲しかったら、ちゃんと働いて下さい」
碧人は楽しみにしていた朝食を食べる間もなく榊に首根っこを掴まれ、拉致られるように向日葵壮の下に停車しているロールスロイスに強引に乗せられて会社へ連れて行かれた。なんでも溜まりに溜まった仕事が山積みらしい。
秘書も大変だな…。蒼太は榊に同情した。
まだ朝だというのに外がざわざわと騒がしい。なにかあったのかと、蒼太はベランダから下を見下ろす。廃墟に近いオンボロアパートの前に停まっているのはホワイトカラーのロールスロイス。推定価格おそよ6,000万円以上の高級車。なかなかお目にかかれない高級車を目の前に、アパートの住民やその周辺の住民は野次馬のように車に群がっていた。洗濯物を干すために、たまたまベランダに出ていた蒼太も珍しい高級車に興味を持った。初めてお目にかかる左ハンドルの高級車に目線を向ける。
左の運転席から出てきたのは、シワひとつない高級そうなスーツを着こなし、髪を七三分けにセットにした清潔感の漂う20代後半くらいの男だった。眉間に皺を寄せた強面で黒縁メガネをかけた男がきょろきょろと向日葵壮を見渡していた。すると、上を向いた七三分けの男と2階のベランダから見下ろしていた蒼太の目が合った。
「そこの少年」
「俺?」
「ここに無駄に顔がよくて背の高い男は来ていませんか?」
それって、碧人のことなんじゃ…。そう考えていたとき、のしっと背中に重圧を感じた。碧人は蒼太の背に寄りかかり、蒼太の頭から自分の顔を覗かせ、外にいる男を見るなり小声で「うげぇ」といい、顔を引きつらせ苦笑いをした。
「……そこにいましたか」
男は眼鏡のブリッジに中指を当て、眼鏡を上げた。男は碧人を見るなり怒りオーラをだし、碧人は男を見るなり気まずそうにしている。どうやら2人は知り合いらしい。
「……そこの少年」
突然男が蒼太に話しかけた。
「はい」
「その男が逃げないように、しっかり捕まえてて下さい」
男は怒りのオーラをだしながら、蒼太の部屋に向かい歩き出した。なにがどうなっているのかわからない。ただわかるのは碧人が今まさにベランダに足をかけ2階から飛び降りようとしていることだけ。碧人はあの男から逃げようとしている。蒼太は男に言われた通り碧人が逃げないように碧人の腕にしがみついた。
「離して‼︎ 奴がくる‼︎」
「なんで逃げるんだよ‼︎」
「あの男は僕に悪さをしようとする悪い奴なんだ…」
「昨日の男と同じ?」
「そうだよ」
なにを考えたのか碧人は蒼太の腰を抱き寄せた。
「蒼太も一緒に逃げよう」
「は?」
「ここから2人で飛び降りよう」
碧人の提案にぞっとした。
「……ここ2階なんですけど」
その時、玄関の扉が開く音がした。徐々に足音が近づいてきて、襖が勢いよく開く。
「………やっと見つけましたよ」
外にいたときはわからなかったが、男は碧人くらい身長が高い。碧人を見るなり、目線で人を殺せるほど目つきを鋭くさせた。
「久しぶりだね。サカキン。今日も髪型と眼鏡がステキだよ」
男からブチっという大きな音が聞こえた。碧人のふざけた態度に男の堪忍袋の尾が切れたらしい。
「ほんとーにあなたって人は、どうしようもありませんね‼︎」
「ひぃぃぃいい‼︎」
怖いよ、蒼太。と言いながら碧人は大きな体を丸めて蒼太の背中に隠れた。
榊は今までの鬱憤を晴らす様に碧人に長々と説教をする。碧人は更に体を丸め小さくなった。蒼太は榊と碧人の間に挟まれ、説教を聞かされている。その場から離れようとするが、碧人が蒼太の服を掴んでいて動くことができない。動くと更に強く服を掴まれ、蒼太は気まずさとこの場から逃げたい気持ちでいっぱいだった。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ありません。私、そこに隠れている男の秘書をしております。榊と申します」
榊は丁寧に名刺を蒼太に差し出した。
彼の名前は 榊咲真。碧人の会社の社員で、碧人の秘書らしい。今まで消息が途絶えた碧人を探していたらしい。碧人は悪い人だと言ったが、悪い人ではなく、寧ろ碧人のほうが悪いことしてるんじゃないかと思った。
「……ところで君は見るからに未成年に見えますが…」
「17歳です」
年齢を言うと榊は頭を抱え、ため息をついた。
「……ついに未成年にまで手を出してしまいましたか」
「蒼太はそんなんじゃないよ」
「少し黙っていただけますか。あなたの言葉は嘘だらけで信憑性に欠けます」
秘書から信用していないとハッキリと言われ、碧人は落ち込んだように態とらしく泣き真似をする。榊は碧人の泣き真似を無視し、目線すら向けない。
「……社長をこんなところに匿ってなにが目的ですか?」
「なにって別になにもないけど」
「そんなわけないでしょ。一応、この方は何万人の人生を背負っている社長なんですよ。未成年に手を出したとメディアに報じられれば会社のイメージはガタ落ち。多くの社員が路頭に迷ってしまいます」
「だからさっきからなに言ってるかわからないんだって!」
「失礼ですが見るからにお金に困っているように思えます。さぞかし生活が苦しいでしょうね」
榊は小切手を鞄から取り出しペンで何かを書き込む。書き込んだ小切手を蒼太の前に差し出した。そこに書いてある小切手の額を見て蒼太は目を丸くさせた。見たことのないほどの0の数。一生遊んで暮らしても使い切れないほどの額に驚く。
「今回の粗相はなかったことにしていただけませんか?」
「…………」
「足りませんか? もう一つ0を足しても構いませんが」
「………バカにするな」
蒼太はムッとした表情で小切手を掴むと、榊の目の前で小切手をビリビリに破いた。蒼太のその行動に榊は驚いたように目を見開いた。
「……金でなんでも解決しようとしやがって。ムカつく。金持ちがそんなに偉いのかよ…」
蒼太の一連の行動を見ていた碧人は大きな声を出して笑った。
「蒼太はほんと男前で惚れ惚れするね」
今度は榊に視線を向け睨みつける。
「僕の恩人に失礼なことをするな。いくらお前でもただじゃおかないよ」
ピリッとした殺気だった空気。榊はその空気を察し黙った。
蒼太は昨夜の出来事を榊に話した。蒼太がバイト先に向かっている途中で碧人が男に襲われているところに出くわし助けたこと。気を失ってしまった碧人を放っておけず家に連れ帰り看病していたこと。家が貧乏で両親は他界。育ててくれている祖父は入院中のため現在バイトを掛け持ちしながら一人暮らしをしていることも話した。
蒼太の話を聞き、榊は畳に額がつきそうなほど頭を下げて謝る。
「ほんとーに申し訳ありません‼︎ 社長の恩人だと知らず…。無礼の数々お許し下さい‼︎」
「あの、ほんと怒ってないんで。頭を上げて下さい」
榊は蒼太に言われた通り頭を上げた。
「ついに社長が未成年に手を出してしまったのかと思いヒヤヒヤしました…」
「だから言ったじゃない。蒼太は違うって」
「それもこれもあなたの日頃の行いが悪いせいです」
「それ以上蒼太の前で言ったら怒るよ」
碧人はこれ以上余計なことを言うなと目で榊に訴えかける。榊はその目線に気づき話の内容を変えた。
「それにしてもお爺様の為にバイトを掛け持ちしているなんて、今時珍しいくらいの家族思いですね」
「榊、蒼太をバイトとして雇いたいんだけどいいよね」
「それは構いません」
ですが…と話を続ける。
「一緒に住むというのは了承できませんね」
「なんで?」
「あなたのような人が佐々木くんの近くにいると悪影響を及ぼすからです」
榊はまるで汚物を見るような目で碧人を見た。
「あなたのことは経営者として尊敬していますが、人間としてはクズだと思ってます」
「わぁー…言うねぇ…」
碧人は苦笑いをした。
「俺、大丈夫っすよ」
「いけません。あなたになにかあったら、亡くなったご両親や入院しているお爺さまに申し訳が立ちません」
「俺、碧人のこと悪い人って思ってないんで」
蒼太はにしし、と歯を出して笑う。
「それに、爺ちゃんが入院してから俺一人だったから話し相手ほしかったんすね」
「……蒼太」
碧人は感動したように目を輝かせ、蒼太に抱きついた。
碧人は蒼太に見えないように榊に向かいべぇと舌を出した。ぐぬぬぅ…と悔しそうな表情をしていた榊であったが、蒼太の願いでもあり、それ以上拒否することも出来なかったのだろう。最終的に了承してくれた。
「もしこのクズ…ごほん、失礼。社長になにかされたときは、すぐに私に連絡して下さい」
榊は蒼太に電話番号を書いた紙を手渡した。
「ほら、行きますよ」
「えー! まだ朝ご飯食べてない!」
「ご飯を食べる時間が欲しかったら、ちゃんと働いて下さい」
碧人は楽しみにしていた朝食を食べる間もなく榊に首根っこを掴まれ、拉致られるように向日葵壮の下に停車しているロールスロイスに強引に乗せられて会社へ連れて行かれた。なんでも溜まりに溜まった仕事が山積みらしい。
秘書も大変だな…。蒼太は榊に同情した。
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