わがままCEOは貧乏学生に恋したらしい

陽凪 優子

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4話

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 22時、仕事を終わらせて自宅に帰り着いた。事件後、碧人は社内でも帰りの車内でも元気がなかった。車から降りるとアパートを見上げる。蒼太の部屋は電気がついていた。
 階段を登り玄関のドアを開ける。
「ただいま」
 いつもの「おかえり」が聞こえない。碧人は部屋に上がる。居間には蒼太がいて、帰ってきた碧人に目線を送るとすぐに目を下へと逸らした。
 碧人は蒼太の隣に座った。首に残る赤い跡が痛々しい。
「俺のせいでトラブルに巻き込んでごめん。首は大丈夫?」
「うん」
「病院行った?」
「行ってない」
「明日一緒に行こう」
「大丈夫だよ。こんなのすぐ治るから」
「よくないよ。蒼太になにかあったら、お爺さんに顔向けできないし……」
 蒼太をよろしく頼むと頭まで下げられた手前、すぐこんな事件に巻き込んでしまった。何度謝っても足りないくらいだ。
「碧人はなんで俺といようと思うの? ご飯作ってくれるから?」
「それもあるけど、別に理由もちゃんとあるよ」
「なに?」
「………まだ言えない」
「なんで?」
「なんでも」
 今このタイミングで告白したところでフられるに決まっている。フられたら気まずくなってこの家に居れなくなってしまう。碧人にとってこの家は初めて感じた心地の良い場所で、その場所がなくなることが嫌だった。
「爺ちゃんが亡くなったとき、碧人がいてくれて本当によかった。碧人がいなかったら立ち直れなかったよ」
「……うん」
「今日の受付嬢のお姉さんもね、碧人のそういう優しいところに惹かれたんだと思うよ」
「……恨んでないの?」
「恨まないよ。だって、お姉さんの気持ちなんとなくわかるからさ」
「俺は許せないよ。蒼太にこんな酷いことしたんだから」
「………俺に酷いことしたいくらい追い込まれてたんじゃないかな」
「……どういう意味?」
「……碧人は、本当に人を好きになったことないもんな。そりゃ、わからないよ」
 碧人は蒼太の言葉にむっとした。最近まで人を好きになるということがわからなかった碧人だが、蒼太と過ごすうちに好きという気持ちが理解できるようになった。
 端からわからないと決めつけらるのは納得いかない。
「人を好きになるって幸せなことばかりじゃないよな。好きな相手が自分以外の人に触れてたら嫉妬して、苦しくなって、おかしくなるんだよ」
「……なにそれ。まるで好きな人がいるみたいな言い方じゃん」
「いるよ」
 黒いもやもやが一気に胸に広がる。
「だれ?」
 碧人の声がワントーン下がった。
 蒼太に好かれている奴が憎くてたまらない。
 嫉妬で狂いそうだ。
 いっそのこと殺してやろうかとすら思った。
「碧人」
「……へ?」
「だから碧人が好き」
 黒いもやもやが一瞬にして消え去り、心の中にお花畑が広がる。
 夢のような出来事に現実が受け入れられない。
「でも、もう好きでいるのやめた」
 盛り上がった気持ちが一気に急降下した。
「今回の一件でよくわかったよ。俺もあのお姉さんみたいになるかもって怖くなった」
「どういうこと?」
「好きになっちゃいけない人なんだって思った」
「…………」
「俺、気持ち抑えられる気しないし、近くで碧人が夜遊びしてるの見たくないからさ、碧人のそばから離れることにするよ」
「……いなくなるってこと?」
「うん。もうすぐ爺ちゃんの生命保険が降りるんだ。そしたらバイトしなくても生活できるから」
 蒼太が僕の前から居なくなる。
「バイト辞めるの?」
「うん。あと引っ越しもする」
「どこに?」
「言ったら入り浸りそうだから言わない。俺なりの再スタートだからさ、碧人は碧人の新しい生活を送って」
 蒼太が…。蒼太が僕の前から居なくなるのか…。
「ずっと考えてた。爺ちゃんのことを気にして碧人はそばにいてくれたんだろうけど、もう大丈夫だから。俺はもう一人で生きていける」
 最悪な結末に声すら出ない。両思いだとわかった途端に諦める宣言されてしまった。
 どうやったら蒼太を引き止められるのだろうか。今まで散々恋愛を放棄してきた報いだろうか。好きな人の引き止め方すら碧人は知らない。
「……大丈夫じゃない」
「……へっ?」
「全然、大丈夫じゃない‼︎」
 言葉よりも先に涙が出た。涙なんて何年ぶりだろうか。親と絶縁したときですら涙なんて出なかったのに……。
「蒼太に僕が必要なくても、僕には蒼太が必要なんだよ」
 碧人は両手で蒼太の右手を握った。
「行かないでよ……好きなんだ……蒼太が好き……」
 まだ一緒にいたい。離れたくない。
 こんなに人を好きになったのは初めてで、蒼太が留まってくれる手段がわからない。
 手を握って行かないでと泣いてすがるしか思い浮かばない。
 もっと、ちゃんと恋愛の仕方を学んでおけばよかった。
「……蒼太とこの家が好きなんだ。……蒼太の作る卵焼きも肉じゃがもおにぎりも味噌汁も好き。……もう蒼太なしじゃ生きていけないよ」
 我ながらかっこ悪い告白だ。卵焼きとか肉じゃがとおにぎりとか味噌汁とか、告白に出てくるワードじゃないだろう。
 もっと完璧なシュチュエーションでカッコよく告白するつもりだったのに、最高にダサい告白になってしまった。
 蒼太はしばらく黙ったあと、ぷっ、と吹き出した。
「食べ物ばっかりだな」
 声を出し笑う蒼太。碧人は恥ずかしさでほんのり頬を赤く染める。28歳の初告白が食べ物ワード連発など恥ずかしくて他人には話せない。とくに学の耳に入れば腹を抱えてヒーヒー笑い転げるだろう。
 「でも」と蒼太は続ける。
「そう思ってくれてるの嬉しいよ」
「次こそちゃんとした告白考えてくるから」
「いいよ。ちゃんと響いたから。面白かったし」
 蒼太は碧人の目をじぃと見つめる。
「俺でいいの?」
「蒼太がいい」
「夜遊びしたら出て行くからな」
 蒼太は碧人を軽く睨みつけた。
「夜遊びなんてしないよ。蒼太と出会ってから一回もしてないし」
「……へ?」
「……ん?」
「夜遊び再開したんじゃないの?」
「してないよ‼︎」
 ここで蒼太は受付嬢に嘘の情報を吹き込まれていたことを知ることとなる。碧人は黙っていたかったが、誤解を解くため蒼太励まし大作戦の内容をぽろりと言ってしまった。
「……本当に仕事だったのか」
「だから仕事だって言ったじゃん」
「信じなくてごめん」
「いいよ。誤解解けたし」
 碧人は蒼太に擦り寄る。手は腰に回り碧人の方へ引き寄せる。
「……なんか手慣れてる」
「そうかな?」
「ムカつく」
 蒼太はムッとむくれる。
「蒼太にいいこと教えてあげるよ」
「なに?」
「僕、キスってしたことないんだよね」
 セックスならまだしも他人との唾液交換とか反吐が出そうだったから今まで強請られてもしたことがなかった。
「蒼太としたい。ダメ?」
 自慢のイケボをフル活用し耳元で囁く。蒼太は案の定顔が真っ赤になった。
「……いいよ」
 
(チョロいなぁ)
 
 目をぎゅっとつむり、待ち構えている蒼太。思わず「可愛いな」と心の中で囁く。
 ゆっくりと顔を近づけ、薄く弾力のある唇にそっと触れた。
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