愛してると言いたかった

アタラン

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いつもの場所

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「来たか。」

マスターは喪服のままカウンターにいた。

そう言えば暖簾がまだ出ていない喪服なのは、親戚かなんかの葬儀だったんだ!

咲じゃない・・・違うよな違うって言ってくれ。

なのにマスターは、カウンターの咲がいつも好んで座る席に写真と彼女の好きだった酒を置いて自分は、その隣の席に座って飲んでいたようだった。

飾られている写真は、俺達四人がカウンターに並んで座って笑っている写真だ。

「マスター。嘘だよな・・・。」

マスターは、自分が飲んでいた一升瓶の酒を新しいコップにいれてここに座れと咲のお気に入りの席の逆隣を指さした。

俺はまだ信じたくない、咲がここにいないのは他の二人と一緒に来るからだ

「みんなはまだか・・咲もあいつらと一緒だろ?」

最後の方の俺の声は、震えていた・・なんもなかったように三人で来るよな。

俺がまだ咲が生きていると今いないのは生きているからだと三人でこっちに向かっているだけだと思いたい気持ちを覚ますようにマスターは涙声で

「おい!咲・・お前が会いたがっていた凱が来たぞ。海の向こうから来たぞ。」

誰もいない席に語りかけた。

マスターやめてくれ!やめてくれ!

「マスター」

俺は、やめてくれと言おうとマスターに声をかけようとした時にガラッと引き戸が開いて待ち人が来た。

「凱・・来たか。」

「凱」

親友二人だけかもう一人はどこだよ・・もう一人がいない。

「お前達も座れよ。」マスターは立ち上がりコップを二つ用意して酒を注いだ。

「マジなのか?咲は・・。」

忍は赤い目をして「電話しただろう?嘘じゃない冗談でもない・・。」そう言った。

「なんで?どうして何があったんだよ。」

俺の力の抜けた問いかけに答えたのは、佐々木登で奴は泣きながら答えた。

「病気だよ。咲は最後までがんばったんだ。」

二人の顔が歪んで見える。

「病気ってなんだよ?病気って忍お前医者だろう?」

医師なんだから治してやれたんじゃないのかよ。

「そうだよ!だから悔しいんだよ!!」

「登は、咲の最期に会ったのか?」

俺は、涙声になっている。

「会ったというか俺と忍は側にいた。」

一人で逝ったわけじゃなんいんだと思うと少し救われたが・・でもなんだよ。

俺は、何故側にいれなかったんだよ、声が出ない・・声が出たと思ったら

「咲!なんでだよ。」

人生初めての号泣だったと思う。

病気ってなんだよ何の病気だよ。

こいつらが知っていて俺が知らなかった病気ってなんだよ。
いつも何でも話してくれて、お互いに知らない事なんて無かったじゃないか。

そうだろう?咲!違うのかよ。

「咲は、癌の再発だったんだ。」

忍は涙声で言った。

数年前に子宮頸がんが発見されて初期だったから手術して抗がん剤治療で完治目前だったのに、半年前に肺と卵巣に転移が見つかった。

その時にはもう抗ガン治療しかなく忍が主治医で治療にあたっていたと忍は白状した。

「だったら、もっと前に連絡してきても良かったんじゃないのか。いやこの前お前に会った時にすでに知っていたんじゃないのか?」

学会で忍がアメリカい来た時は、既に癌が発見されていたはずだった。

「仕方ないだろう!主治医だよ咲が言うなと言えば言えないんだ!言いたかったよ、言えなかったんだ。」

俺は目の前の酒を煽った。

忍が言っていることは理解は出来る・・でも俺達の仲なのにこんな重要な事を黙っていた事が許せなかった。

感情が高まりつい手が出てしまって忍の胸倉を掴んだ時にそれを登が止めに入った。

毎回喧嘩になると登は、俺達の仲裁役だったとまた昔を思い出すと、少し感情が落ち着くが胸倉を掴んだ手はそのままだった。

「咲がな凱には、言うなって・・心配をかけたくないって。説教されるからって。」

ほら止めろ手を放せと俺は忍から引き離された。

「俺に言うなって?咲が?」

「「ああ。」」

忍と登は二人同時に答えた。

何でだよ咲!

「俺は聞いたよ。意識が混濁した時に凱を呼ぶかって・・すぐに来るぞって。それでも咲は呼ぶなって言ったんだ。」

なんでだよ・・咲なんでだ。

俺だけお前に会えなかった、最後になぜ俺だけ会えなかったんだよ。

「俺も聞いたさ、何故会いたくないんだって。」

忍は一冊のノートを俺に渡した。

話せなくなった時に咲の最期の意志を咲は震える手で書いたのだろうか・・文字がガタガタとしている。

「よばないでみられたくないよ。」

ひらがなで書かれた震えた文字は、手がまともに動かなくなっていた事を示していた。

俺は、全身から力が抜けその場でそのノートを抱きしめて泣き崩れた。

俺は、そのノートのメッセージは俺だけへのメッセージだと思ったし事実そうだろう。

「咲は、再発後の抗がん剤治療でかなり痩せたんだ。痛みも強くなっていて痛々しかったよ。それでも治したい治すって諦めなかった。」

医者として見ていた忍は、俺達より現実を理解していただろう、俺達は何も知らないから希望を持てるが知っていた忍はどうだ。

俺にも秘密にして、咲が助からない可能性が高い事を知りながら望を持とうとする自分と医者としての自分。どんなに辛かっただろう。

そんな事にも考えが及ばないほど俺は、辛かった俺だけじゃない事は解っているのに・・辛い。

登も忍も泣いていた。

マスターも泣いていた。

俺達にとって咲という女は大きな存在だった。

いつも斜め上の事をして俺達を脅かしたり、失恋しては泣いたり喚いたり。

自由な心で生きてきた生き抜いた女だと俺は思っている。

「会いたいよ・・咲。」

俺達は、号泣したひとしきり泣いて大人しく席に座り酒を飲んだ。

日本酒が好きだった咲はここで酔うまで飲んでたっけ。

三人で家まで連れ帰ったり、俺達が酔ったときは連れて帰って貰ったり。

性別は違えど親友だった。

失いたくない親友だった。









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