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29.馴染みのない言葉
ひとしきりお茶と焼き菓子を楽しんだ後、ソフィアは身の上に起きた出来事を教えてくれた。
「最初はお祖父様……ミラベルト様宛ての配達がきっかけだったの。昼食をお持ちしたら、『君の母親はパトリシア・ルベンかい?』とお尋ねになられて」
驚きつつも肯定するとミラベルトは悲しげな笑顔を見せたという。
「『私が君の祖父だと言っても信じないだろうね』って。もちろん信じられなかったわ」
しかしミラベルトはソフィアが住んでいた一軒家の間取りや物心がついた頃から見慣れている家具の様式を言い当ててみせた。母娘以外に足を踏み入れたことがないはずの屋敷の詳細を見てきたかのように。
君たちのために建てた家だ、と言われて最初の邂逅は終わった。
「それからも何度か配達で執務室を訪問して、母が修道院にお世話になった経緯を教えてもらったの。『全ては私の責任だ』って謝罪までいただいて。それでもまだ半信半疑なところはあったのよ」
証明出来るものがないのなら、唐突な肉親の登場は信じがたいものだろう。
「しばらくしてミラベルト様の手引きでグラット様の執務室に配達に行くことが決まったわ。グラット様には事情は明かしていないから父親の顔を近くで見る好機だと言われて。私、好奇心に負けてしまったの。初めてお会いしたグラット様は私の顔を見て『パトリシア』と呟かれたわ」
この出会いが祖父を名乗る男の言葉の信憑性を一気に加速させたという。
その日は昼食を渡すだけという言い付けを守り、後日ミラベルトに会うと彼は驚くことを口にした。
「『グラットには事情を話したから次は親子として会いなさい』と仰ったのよ。話が急展開過ぎて、わけがわからなかったわ」
高位に立つ者の強引さを感じずにはいられない。それだけミラベルトの後悔の念が強いという表れかもしれないが。
「でもお会いしたのね?」
いつだったか、回廊でグラットに呼び止められたことを思い出す。あの頃にはもう親子として二人は顔を合わせていたのではないか、と何となく思ってしまう。
「えぇ。最初は昼食をお届けするついでに顔を合わせるくらいだったけど。グラット様の部下の方が気を遣って配達を依頼して下さることもあった。あのときはカレンに心配を掛けてごめんなさい」
そう言えば名指しの配達依頼を受けてソフィアに注意喚起を促したことがあった。財政部門のバッジを付けていたため、すぐに思い出せる。
「その方は事情をご存じなの?」
「グラット様が私を亡くなった知人に似ていると仰っていたそうよ」
あながち間違いではないということか。
「私、リース院長や修道院の皆に親切にしてもらっていたけど、家族と呼べる人は母しかいなくて。だから浮かれていたと思う」
好意的に接してくれる親族が見つかったのならソフィアの気持ちはごく自然なものだと思う。母を亡くしてしばらく経っているのであれば余計に。
「ある日、ミラベルト様に招待されて街にお食事に出掛けたことがあるの。そこにはグラット様もいらしてた。そこで二人は仰ったわ、私をポーリアム家に迎えるつもりだって」
カレンの胸に不安が過る。侯爵夫人の娘ではないソフィアが侯爵家に迎え入れられたとして、不遇に陥らないものかと。
「グラット様にはご家族がいらっしゃるそうだけど……その、問題はなさそう?」
「お二人が仰るには後継ぎはご子息と決まっているから問題はないって。ご夫人にもご子息にもすでに話は通してあるみたい」
「もうそこまで?」
「ご夫人は自分とグラット様が出会う前の話だから口出しはいたしませんって。ご子息はあまり興味もないそうよ」
それはそれでどうなのだろうと思ってしまう。
いない者として扱われることの辛さを知っているだけに、ソフィアに同じ思いはして欲しくない。
「それに私の身元はお祖父様が預かって下さるらしいの」
カレンの心中を察したかのようにソフィアが微笑む。
ほっと安堵はするけれど、別の感情が襲いかかった。
「ソフィアはお仕事を辞めてしまうのね」
ミラベルトの預かりとなるなら、まさしく今いるこの屋敷がソフィアの住まいとなるのかもしれない。彼女がここに移り住んだなら今までのように気軽に会うことは出来なくなるだろう。そう思うと寂しさは隠せない。
「私がカレンを巻き込んでしまったのに一人だけ暮らしを保障されるようで……それも申し訳なく思ってる」
「いいえ、そうじゃないわ。会えなくなることが残念で仕方ないのよ」
「会えなくなるの? どうして?」
「どうしてって……身分が違ってしまうもの」
「でも私たち友達でしょ?」
さも当たり前と親友は言ってのける。
友達、友達ならば大丈夫なのだろうか。
そうであって欲しいと心から思う。
「それに今すぐの話じゃないのよ? まだまだ美味しいカフェを探す時間はたっぷりあるわ」
おどけるように笑うソフィアはここに通されたときの顔色の悪さが嘘のように輝いている。抱え込んでいたものを解放出来たのだとしたら、カレンが呼び出された意味は十分あった。
話し疲れたのか、ソフィアの手がカップに伸びる。二人だけの空間に知らず気を抜いていたカレンもミラベルトが孫のために用意した焼き菓子を頂戴して一息ついた。
「ねぇ、カレン。あなた気付いてた?」
「何を?」
何故か潜めた声で問うソフィアに首を傾げる。
「私が護衛されていたっていう話」
カッツェたち第二騎士団の話だと察するが、護衛の件は全く気付いていなかったので首を振って否定する。
ソフィアは大きく息を吐き出して顔を俯けた。
「私もよ。団長や副団長に助けていただくことが多いな、とは思っていたけれど、自分が守られているだなんて発想には至らないわ」
「ミラベルト様の仰りようだと、勤め始めたときにはもうお世話になっていたみたいね」
「そうよ、もう何ヶ月も前からよ。みっともない姿を見られているに違いないわ」
両頬を掌で覆って嘆くので軽く励ますつもりだった。しかしソフィアの言葉が先に放たれる。
「カレンだって私と過ごしている間は騎士様たちに見られてたってことなのよ」
当然の指摘にはたと止まる。
「街に出掛けるときなんて大体カレンが一緒なんだし」
「言われてみればそうね……」
孤児院への寄付、その帰りのカフェ、衣類や雑貨、刺繍道具の購入もソフィアと連れ立って街に出た。そのひとつひとつに護衛がついていたのなら、カレンの挙動だって見られているに違いない。
「ケーキにはしゃいでいるところも見られているのでしょうね」
「えぇ、カレンが栗のクリームを好きなことも知られているはずよ」
確かにそれは恥ずかしい。ソフィアの落ち込み具合に同調せざるを得ない。
「あぁもう、今度からどんな顔をして出掛ければいいの」
きっとソフィアが表舞台に立つまでの動向も彼らの監視下に置かれるのだろう。
「ありがたいお話だから、愚痴はここだけの秘密にしておくけど」
肩を竦めて笑うソフィアにカレンも微笑みを返す。
貴族の世界に足を踏み入れた彼女の弱音はきっと他に行きようがない。ならば友人として自身が受け止めてあげたいと思った。
◇◆◇
いくらか時間が経過した頃、軽快なノック音が部屋に響いた。ソフィアが躊躇いがちに応えると扉が勢いよく開かれる。
「レディたちのお茶会は終わったかな?」
年齢を感じさせぬ足取りでミラベルトが入室してきたので、カレンとソフィアは視線を合わせて頷き合う。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
「いいや、こちらこそ身内話に付き合ってくれてありがとう」
朗らかな笑みで元々座っていた長椅子に腰掛ける。カッツェとレグデンバーは扉の脇でいかにも護衛といった風情で佇んでいる。
「お嬢さん、この後のご予定は?」
「今日は夜会で引き上げたお料理の分配をお手伝いしようと考えております」
「そう。ソフィアも?」
「そう……ですね。昨夜は何もしていないので今日くらいはお手伝いしてきます」
「そうか、では馬車を用意させよう。待つ間にもう一杯飲むといい」
ミラベルトが片手を振るだけで使用人たちは全てを察したように動き出す。
カレンたちの前にも新たに注がれた紅茶が用意され、ふわりと優しい香りに周囲が包まれた。
「エンペースの茶は本当に初めてかい?」
屋敷に訪れて最初に出されたものと同じ味を再度堪能したところでミラベルトに問われる。
「はい」と素直に頷けば老人は眉尻を下げた。
(きっと詳しくご存じなのね)
二人のやりとりを横から見ていたソフィアが遠慮がちに口を開く。
「お茶がどうかしたの?」
「イノールの領地にこの茶葉の加工場があったのよ。でもいただいたのは今日が初めてで」
ミラベルトにもレグデンバーたちにも事情を知られているのだから、と率直に家の名前を出して説明すれば、少ない言葉でもソフィアに真意は伝わったらしい。
「そうだったのね」と悲しげに呟かれ、カレンの方が申し訳ない気持ちになってしまった。
「ソフィアと色々なお茶を楽しめているから気にならないわ」
「じゃあ、また美味しいケーキとお茶を探しに行きましょ」
笑い合った二人だが、そこで目を合わせて動きを止める。
きっとその様子も護衛の騎士たちに見られてしまうのだろうと気付いて、今度は苦笑せざるを得なかった。
◇◆◇
「本日はお招きいただき、ありがとうございました」
「楽しい時間をありがとう。これからも孫娘をよろしく頼むよ」
「はい」
「ソフィア、また次の機会にゆっくり話そう」
「はい、お祖父様」
屋敷の広々としたエントランスで別れの言葉を交わす。
淑女の挨拶をし終えると同時に隣に立つソフィアを大きな布が襲いかかった。
「きゃあ!」
「静かに。行きも被って来ただろう」
窘める口ぶりは被せた張本人であるカッツェのものだった。
布かと思ったそれは頭からすっぽりと覆う形の外套のようで、もぞもぞと身動いだソフィアはどうにかそれらしく着こなす。
彼女の美しい金髪までもがすっかり隠されてしまった。
「我々は手前の道脇に馬を繋いでいるので馬車が通り過ぎたら後方につきます」
レグデンバーはそう言い置き、カッツェと共に屋敷を去る。少し時間を置いてカレンたちもまたミラベルト邸を後にした。
「この外套、どうしたの?」
揺れる車中で尋ねてみた。
「お屋敷を直接訪れるから身元が知られないよう、念のためにって」
「そういうことだったのね。でも、私は大丈夫なのかしら」
「ほら、私は出自がはっきりしないから。勘繰られやすいのよ」
離籍届けに行き着けばカレンの出自は判然とする。
母と二人暮らしをしてきたソフィアは侯爵家との関係を探られやすいということか。
「色々と気遣うことが多いのね」
「そうね……でも頑張るわ。自分の人生だもの」
空色の瞳を煌めかせて言い切る。
望む未来のために努力を厭わない姿が力強く眩く見えた。
(自分の人生……)
口の中で呟いた言葉は馴染みのない言葉だったけれど、胸の真ん中にすとんと落ちてきた。
「最初はお祖父様……ミラベルト様宛ての配達がきっかけだったの。昼食をお持ちしたら、『君の母親はパトリシア・ルベンかい?』とお尋ねになられて」
驚きつつも肯定するとミラベルトは悲しげな笑顔を見せたという。
「『私が君の祖父だと言っても信じないだろうね』って。もちろん信じられなかったわ」
しかしミラベルトはソフィアが住んでいた一軒家の間取りや物心がついた頃から見慣れている家具の様式を言い当ててみせた。母娘以外に足を踏み入れたことがないはずの屋敷の詳細を見てきたかのように。
君たちのために建てた家だ、と言われて最初の邂逅は終わった。
「それからも何度か配達で執務室を訪問して、母が修道院にお世話になった経緯を教えてもらったの。『全ては私の責任だ』って謝罪までいただいて。それでもまだ半信半疑なところはあったのよ」
証明出来るものがないのなら、唐突な肉親の登場は信じがたいものだろう。
「しばらくしてミラベルト様の手引きでグラット様の執務室に配達に行くことが決まったわ。グラット様には事情は明かしていないから父親の顔を近くで見る好機だと言われて。私、好奇心に負けてしまったの。初めてお会いしたグラット様は私の顔を見て『パトリシア』と呟かれたわ」
この出会いが祖父を名乗る男の言葉の信憑性を一気に加速させたという。
その日は昼食を渡すだけという言い付けを守り、後日ミラベルトに会うと彼は驚くことを口にした。
「『グラットには事情を話したから次は親子として会いなさい』と仰ったのよ。話が急展開過ぎて、わけがわからなかったわ」
高位に立つ者の強引さを感じずにはいられない。それだけミラベルトの後悔の念が強いという表れかもしれないが。
「でもお会いしたのね?」
いつだったか、回廊でグラットに呼び止められたことを思い出す。あの頃にはもう親子として二人は顔を合わせていたのではないか、と何となく思ってしまう。
「えぇ。最初は昼食をお届けするついでに顔を合わせるくらいだったけど。グラット様の部下の方が気を遣って配達を依頼して下さることもあった。あのときはカレンに心配を掛けてごめんなさい」
そう言えば名指しの配達依頼を受けてソフィアに注意喚起を促したことがあった。財政部門のバッジを付けていたため、すぐに思い出せる。
「その方は事情をご存じなの?」
「グラット様が私を亡くなった知人に似ていると仰っていたそうよ」
あながち間違いではないということか。
「私、リース院長や修道院の皆に親切にしてもらっていたけど、家族と呼べる人は母しかいなくて。だから浮かれていたと思う」
好意的に接してくれる親族が見つかったのならソフィアの気持ちはごく自然なものだと思う。母を亡くしてしばらく経っているのであれば余計に。
「ある日、ミラベルト様に招待されて街にお食事に出掛けたことがあるの。そこにはグラット様もいらしてた。そこで二人は仰ったわ、私をポーリアム家に迎えるつもりだって」
カレンの胸に不安が過る。侯爵夫人の娘ではないソフィアが侯爵家に迎え入れられたとして、不遇に陥らないものかと。
「グラット様にはご家族がいらっしゃるそうだけど……その、問題はなさそう?」
「お二人が仰るには後継ぎはご子息と決まっているから問題はないって。ご夫人にもご子息にもすでに話は通してあるみたい」
「もうそこまで?」
「ご夫人は自分とグラット様が出会う前の話だから口出しはいたしませんって。ご子息はあまり興味もないそうよ」
それはそれでどうなのだろうと思ってしまう。
いない者として扱われることの辛さを知っているだけに、ソフィアに同じ思いはして欲しくない。
「それに私の身元はお祖父様が預かって下さるらしいの」
カレンの心中を察したかのようにソフィアが微笑む。
ほっと安堵はするけれど、別の感情が襲いかかった。
「ソフィアはお仕事を辞めてしまうのね」
ミラベルトの預かりとなるなら、まさしく今いるこの屋敷がソフィアの住まいとなるのかもしれない。彼女がここに移り住んだなら今までのように気軽に会うことは出来なくなるだろう。そう思うと寂しさは隠せない。
「私がカレンを巻き込んでしまったのに一人だけ暮らしを保障されるようで……それも申し訳なく思ってる」
「いいえ、そうじゃないわ。会えなくなることが残念で仕方ないのよ」
「会えなくなるの? どうして?」
「どうしてって……身分が違ってしまうもの」
「でも私たち友達でしょ?」
さも当たり前と親友は言ってのける。
友達、友達ならば大丈夫なのだろうか。
そうであって欲しいと心から思う。
「それに今すぐの話じゃないのよ? まだまだ美味しいカフェを探す時間はたっぷりあるわ」
おどけるように笑うソフィアはここに通されたときの顔色の悪さが嘘のように輝いている。抱え込んでいたものを解放出来たのだとしたら、カレンが呼び出された意味は十分あった。
話し疲れたのか、ソフィアの手がカップに伸びる。二人だけの空間に知らず気を抜いていたカレンもミラベルトが孫のために用意した焼き菓子を頂戴して一息ついた。
「ねぇ、カレン。あなた気付いてた?」
「何を?」
何故か潜めた声で問うソフィアに首を傾げる。
「私が護衛されていたっていう話」
カッツェたち第二騎士団の話だと察するが、護衛の件は全く気付いていなかったので首を振って否定する。
ソフィアは大きく息を吐き出して顔を俯けた。
「私もよ。団長や副団長に助けていただくことが多いな、とは思っていたけれど、自分が守られているだなんて発想には至らないわ」
「ミラベルト様の仰りようだと、勤め始めたときにはもうお世話になっていたみたいね」
「そうよ、もう何ヶ月も前からよ。みっともない姿を見られているに違いないわ」
両頬を掌で覆って嘆くので軽く励ますつもりだった。しかしソフィアの言葉が先に放たれる。
「カレンだって私と過ごしている間は騎士様たちに見られてたってことなのよ」
当然の指摘にはたと止まる。
「街に出掛けるときなんて大体カレンが一緒なんだし」
「言われてみればそうね……」
孤児院への寄付、その帰りのカフェ、衣類や雑貨、刺繍道具の購入もソフィアと連れ立って街に出た。そのひとつひとつに護衛がついていたのなら、カレンの挙動だって見られているに違いない。
「ケーキにはしゃいでいるところも見られているのでしょうね」
「えぇ、カレンが栗のクリームを好きなことも知られているはずよ」
確かにそれは恥ずかしい。ソフィアの落ち込み具合に同調せざるを得ない。
「あぁもう、今度からどんな顔をして出掛ければいいの」
きっとソフィアが表舞台に立つまでの動向も彼らの監視下に置かれるのだろう。
「ありがたいお話だから、愚痴はここだけの秘密にしておくけど」
肩を竦めて笑うソフィアにカレンも微笑みを返す。
貴族の世界に足を踏み入れた彼女の弱音はきっと他に行きようがない。ならば友人として自身が受け止めてあげたいと思った。
◇◆◇
いくらか時間が経過した頃、軽快なノック音が部屋に響いた。ソフィアが躊躇いがちに応えると扉が勢いよく開かれる。
「レディたちのお茶会は終わったかな?」
年齢を感じさせぬ足取りでミラベルトが入室してきたので、カレンとソフィアは視線を合わせて頷き合う。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
「いいや、こちらこそ身内話に付き合ってくれてありがとう」
朗らかな笑みで元々座っていた長椅子に腰掛ける。カッツェとレグデンバーは扉の脇でいかにも護衛といった風情で佇んでいる。
「お嬢さん、この後のご予定は?」
「今日は夜会で引き上げたお料理の分配をお手伝いしようと考えております」
「そう。ソフィアも?」
「そう……ですね。昨夜は何もしていないので今日くらいはお手伝いしてきます」
「そうか、では馬車を用意させよう。待つ間にもう一杯飲むといい」
ミラベルトが片手を振るだけで使用人たちは全てを察したように動き出す。
カレンたちの前にも新たに注がれた紅茶が用意され、ふわりと優しい香りに周囲が包まれた。
「エンペースの茶は本当に初めてかい?」
屋敷に訪れて最初に出されたものと同じ味を再度堪能したところでミラベルトに問われる。
「はい」と素直に頷けば老人は眉尻を下げた。
(きっと詳しくご存じなのね)
二人のやりとりを横から見ていたソフィアが遠慮がちに口を開く。
「お茶がどうかしたの?」
「イノールの領地にこの茶葉の加工場があったのよ。でもいただいたのは今日が初めてで」
ミラベルトにもレグデンバーたちにも事情を知られているのだから、と率直に家の名前を出して説明すれば、少ない言葉でもソフィアに真意は伝わったらしい。
「そうだったのね」と悲しげに呟かれ、カレンの方が申し訳ない気持ちになってしまった。
「ソフィアと色々なお茶を楽しめているから気にならないわ」
「じゃあ、また美味しいケーキとお茶を探しに行きましょ」
笑い合った二人だが、そこで目を合わせて動きを止める。
きっとその様子も護衛の騎士たちに見られてしまうのだろうと気付いて、今度は苦笑せざるを得なかった。
◇◆◇
「本日はお招きいただき、ありがとうございました」
「楽しい時間をありがとう。これからも孫娘をよろしく頼むよ」
「はい」
「ソフィア、また次の機会にゆっくり話そう」
「はい、お祖父様」
屋敷の広々としたエントランスで別れの言葉を交わす。
淑女の挨拶をし終えると同時に隣に立つソフィアを大きな布が襲いかかった。
「きゃあ!」
「静かに。行きも被って来ただろう」
窘める口ぶりは被せた張本人であるカッツェのものだった。
布かと思ったそれは頭からすっぽりと覆う形の外套のようで、もぞもぞと身動いだソフィアはどうにかそれらしく着こなす。
彼女の美しい金髪までもがすっかり隠されてしまった。
「我々は手前の道脇に馬を繋いでいるので馬車が通り過ぎたら後方につきます」
レグデンバーはそう言い置き、カッツェと共に屋敷を去る。少し時間を置いてカレンたちもまたミラベルト邸を後にした。
「この外套、どうしたの?」
揺れる車中で尋ねてみた。
「お屋敷を直接訪れるから身元が知られないよう、念のためにって」
「そういうことだったのね。でも、私は大丈夫なのかしら」
「ほら、私は出自がはっきりしないから。勘繰られやすいのよ」
離籍届けに行き着けばカレンの出自は判然とする。
母と二人暮らしをしてきたソフィアは侯爵家との関係を探られやすいということか。
「色々と気遣うことが多いのね」
「そうね……でも頑張るわ。自分の人生だもの」
空色の瞳を煌めかせて言い切る。
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