特別な人

鏡由良

文字の大きさ
8 / 552
特別な人

特別な人 第7話

しおりを挟む
 虎君ご自慢の愛車にまたがりいつも通りの風景を眺めていれば、目に入るのは色とりどりに装飾された街並み。
(もうすぐクリスマスだもんね……)
 冬の一大イベントを目前に浮足立つ街を横目に、そういえばクラスの友達からクリスマスパーティーをしようと声を掛けれてたことを思い出した。
 今年はクリスマス・イブが土曜日でクリスマスが日曜日でお休み。だからきっと当日は幸せいっぱいの恋人達で街はごった返すに決まってる。そうなると中学生とはいえ独り身でその場に飛び込むのはかなりの勇気が必要になってしまう。
 だから週末は大人しく家で勉強して過ごそうと思っていたんだけど、そんな僕の考えなんて友達にはお見通しなのか、寮に集まってクリスマスパーティーをしようって友達は声を掛けてくれた。
(どうしようかなぁ。金曜の夜って言ってたし、慶史が部屋に泊めてくれるって言ってたし、行きたい気持ちはあるんだけどなぁ)
 迷うのは、自分が受験生だから。勿論友達も同じく受験生なんだけど、でも外部進学を希望しているのは僕だけ。内部受験なら試験は形だけだし、必死に勉強する必要なんてない。つまり、友達は受験はまだだけど終わってるようなものってわけだ。
 そんな友達とクリスマスパーティーをして楽しめるかが心配。みんなの事羨ましいって思いそうだから。
(って、そんなこと言ったら内部受験にしよって言われるだけなんだけど)
 今ですら内部受験にしようよって毎日言われるのに、羨んだりしたら強引な手段を取られそう。
 僕はクリスマスは大人しく家で一人寂しく勉強してようと決める。
「葵」
「! 何?」
 突然聞こえた虎君の声に視線を上げれば、「もうすぐ着くから」って教えてくれる。
 虎君の顔はフルフェイスのヘルメットのせいで見えない。でも、声はいつも通り優しくて安心できる。
 僕は分かったと頷いて、バイクから振り落とされないようにもう一度虎君の背中に抱きついた。
(虎君って本当、優しいんだから)
 もうすぐ家に着くことは後ろに乗ってても分かる。でも、こうやって僕の事を気にかけてくれる虎君は本当に優しいと思う。友達もみんな虎君の事を優しいって言ってるし、これは『弟』の贔屓目じゃない。
(まぁ毎日送り迎えしてくれるってだけでも虎君の優しさは伝わってると思うけど)
 僕の通うクライスト学園は幼稚舎から大学まで同じ敷地に建っている。当然、そこには広大な土地が必要で、学園があるのは交通の便が全然良くない山奥。
 基本的に学園の寮に入寮することを推奨されているんだけど、僕は寮に入らず自宅から通ってる。理由は色々あるけど、一番は母さんと姉さんが猛反対したのが大きい。父さんは異常なほど母さんに甘いし、説得の援護をお願いしていた茂斗は姉さんに頭が上がらないから、土壇場で家から通えって裏切ってくれた。
 家から通おうと思ったら電車とバスの乗り継ぎがどんなにうまくいっても2時間近くかかる。つまり、6時過ぎには家を出ないと授業に間に合わないってこと。
 朝が弱い僕は、入寮を阻まれて途方に暮れていた。そしたらそんな僕を見かねた虎君が送迎を申し出てくれた。バイクだったら1時間遅く家を出ても大丈夫だよ。って笑って。
 勿論最初はその申し出を喜びながらも断った。だって、虎君の負担になっちゃうから。
 でも、虎君は断る僕の心を見透かしたように強引に父さんと母さんに話を付けてくれて、およそ3年間、こうやってお世話になってる。
(慶史じゃないけど、虎君って本当、お人よしだよね)
 兄弟同然のように育ってきたとしても、家族だと思っていたとしても、でもやっぱり他人は他人。何か下心でもあるんじゃない?
 そう言ったのは僕の幼稚舎からの友達の藤原慶史。慶史は中等部へ進学する時に一緒にクライスト学園への外部受験を決めた親友ってやつだ。
 昔から虎君と犬猿の仲だった慶史は、虎君の優しさには裏があるってずっと言ってたっけ。
(てか、慶史ってなんであんなに虎君の事敵視するんだろ……? それに、虎君も慶史に対してだけなんか変なんだよなぁ。態度が)
 前を向いてバイクを走らせる虎君の後ろ姿を盗み見ながら、答えの返ってこない問いかけを投げてみる。
『慶史の事、嫌いなの?』
 口に出してないし、何よりバイクの走行中で喋っても聞こえないに違いない。だから当然返事は返ってこない。
 僕はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ面白くないって思ってしまった。
 それは親友と虎君の仲が悪いからじゃない。僕の大好きな『お兄ちゃん』の知らない顔を、僕の親友は見ることができるから。
(我ながら子供っぽい独占欲だなぁ……)
 苦笑いが浮かぶのは、父さんと双子の片割れを思い出してしまったから。
 父さんは周囲から独占欲の塊だと言われるぐらい母さんの事しか見えてないし、茂斗も幼馴染の凪ちゃんに対する独占欲は軽く犯罪の匂いがするぐらい危ないものだ。
 でも僕は父さんや茂斗とは違う。
 そう思っていたのに、虎君と慶史の関係に抱く感情は間違いなく父さん達が持つ独占欲とはまた違う種類の独占欲だった。
(この先虎君に彼女ができたらどうしよ。僕、口うるさい小舅になりそうだ)
 虎君にも虎君の彼女さんにも嫌われたくないから気を付けないと。だって僕と虎君は『兄弟』。父さんと茂斗のように独占欲のまま相手を独占するわけにはいかないんだから。
 そう思いながらも、僕に好きな人ができるまでは彼女とか作らないでほしいって思っちゃうから、つくづく自分は面倒だと思った。
 と、そんなことを考えていたらバイクが止まる。気が付けば僕の家の前まで帰ってきていた。
 エンジンを切ってヘルメットを脱ぐ虎君。僕もヘルメットを脱いで髪を軽く手で梳かし、バイクを降りる。
「今日もありがとう、虎君」
「ん。どういたしまして」
 ヘルメットを差し出せば、笑顔でそれを受け取ってくれる虎君。虎君はヘルメットを片付けながら時間を確認して「結構早いな」って笑った。
 いつもより1時間も早く家に着いたと言う虎君に、僕は驚く。だって、もう空は真っ暗だったから。
「もう12月だしな。ほら、葵は早く家に入って?」
 まだここ撥ねてる。って笑いながら手を伸ばす虎君は僕の髪を撫でる。もとい、撥ねている箇所を直してくれる。
「俺は車庫にバイク置いてくるから」
「! 荷物、持っとくよ?」
 手を伸ばすのは、虎君が戻ってくるのを待っていると言うアピールのつもり。世話してもらってばっかりじゃやっぱり悪いしね!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

処理中です...