特別な人

鏡由良

文字の大きさ
13 / 552
特別な人

特別な人 第12話

しおりを挟む
「茂斗の最優先は今も変わらず凪ちゃんだけど、でも昔は凪ちゃんの次に葵の事を優先してただろ? あいつ」
「えぇ……。そう、だった……?」
「そうだよ。桔梗が心配してたんだぞ? 『茂斗は凪ちゃんと葵が居れば他はいらないって思ってる気がする』って」
 当時を思い出してか楽しそうに笑う虎君。僕は姉さんが虎君にそんな相談してるなんて全く知らなかったから、本当、驚いた。
 驚いて、疑問とも呼べない引っ掛かりを感じた。
「葵? どうした?」
「……虎君、姉さんと何かあった?」
 一瞬黙った僕の顔を覗き込む虎君。その表情には心配の色が見えた。本当、虎君って優しい。
 でも、僕の口から出た言葉に珍しく虎君は驚いた顔をして見せた。
「な、んで?」
 それは明らかに動揺した声。きっと僕じゃなくても分かると思う。それぐらい虎君は動揺してた。
「昔は仲良かったでしょ? 姉さんからそうやって悩みの相談されるぐらい。でも、今は全然連絡とってないし、何かあったのかなぁ……って」
「あー……、いや、何もないよ? 連絡も全くとってないわけじゃないし」
 僕の顔を覗き込んでいた身体を起こして笑う虎君。答える言葉は明らかな嘘。
 でも、「葵の気のせいだよ」って頭をポンポンって叩かれたら、それ以上聞けなかった。
「そっか……」
「ん。……ほら、リビングに戻ろう?」
 カバンを手に取り玄関の鍵をかけると虎君はいつも通りの笑顔で僕を促す。僕は力なく頷くと踵を返した。
(いつもなら、気にかけてくれるのに……)
 元気ないぞ。って笑いかけてくれる声と笑顔が今はない。姉さんと疎遠になってる理由は、どうやら触れちゃダメだったみたいだ。
「おせぇーぞ。凪がまた心配するだろうが」
 カバン取りに行くのにどんだけ時間かかってるんだ!
 リビングに一歩足を踏み入れたと同時に届く茂斗の声。僕は「ごめん」って苦笑いを返してリビングを見渡した。
「……陽琥さんと西さんは?」
 母さんたちは食事に出かけて居ないことは聞いたから分かってる。でも、ボディーガードの陽琥さんとお手伝いの西さんは家にいると思ってた。それなのにリビングには茂斗と凪ちゃんしか居なくて……。
「陽琥さんは仕事中。西はクビだって」
「そっか。……! え? クビ?!」
「葵、煩い」
 色々考えててうっかり聞き流すところだった。
 僕は茂斗にどういうこと!? って詰め寄り説明を求めた。陽琥さんはともかく、西さんがクビってどういうこと?! って。
「何かあったの? 病気とか?」
「病気で『クビ』にはならねぇよ」
「じゃあなんで?」
 突然すぎるお手伝いさんの『クビ』。西さんは男の人なのに料理も洗濯も掃除もできてお手伝いさんとして本当に完璧だった。
 だから『クビ』になる要素なんて全くない。それなのにこんな風に突然『クビ』になったなんて、理由が知りたいって思う方が普通だ。
 教えてよって詰め寄る僕に、茂斗は何故か僕じゃなくて虎君に視線を向けた。
(え? 何?)
「茂斗?」
「西は確かに有能だったよ。でも、有能だけじゃうちには出入りできないだろ」
 ため息交じりで教えられるのは、西さんの『クビ』の理由。
 きっと他の人が聞いたら何のことか分からないだろう理由だけど、悲しいことに僕は分かってしまった。そして、虎君も。
「相手は? 桔梗か? それとも、樹里斗さん?」
「どっちも外れ」
 僕より先に問いただすのは虎君。その声に、少しだけ怒りが含まれてるように感じた。
 茂斗は虎君の質問に首を振る。
「え? なら、めのう……?」
 嘘だよね? って僕がまだ幼稚舎の妹の名前を出したら、茂斗は「まさか」って鼻で笑う。
 鼻で笑われたことにちょっとだけムッとするも、でも今は西さんの『クビ』の理由を知ることが先。
「じゃあ誰?」
「母さん、姉貴、めのう。他にはいないのか? この家には」
「! まさか、凪ちゃん!?」
 ヒントはくれるけどはっきり言わない茂斗。それに僕は家族じゃないけど家によく出入りしている女の子がもう一人いることを思い出す。それは今目の前で茂斗に勉強を教えてもらっている僕達の幼馴染、凪ちゃんだ。
 驚く僕に茂斗から返ってくるのは「『まさか』ってどういう意味だ!?」ってキレ気味の声。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

処理中です...