特別な人

鏡由良

文字の大きさ
17 / 552
特別な人

特別な人 第16話

しおりを挟む
――― 歪んだ気持ちぶつけられても迷惑なだけだ。


 昔、沢山の女の人からモテてた茂斗を羨んだ僕に茂斗はそう言った。その言葉の意味が、当時の僕には分からなかった。
(未遂だから『よかった』なんて、『大丈夫』なんて、そんなわけないのにっ……)
 双子だけど僕と茂斗は全然似てない。茂斗は父さんに似ていて、中学生と思えないぐらい大人っぽい。性格も同年代に比べるとすごく落ち着いてるし、年上の女の人からもよく告白されていた。
 でも茂斗は昔から凪ちゃん一筋だったからそんな女の人たちなんて眼中になくて、告白は全部お断りしてた。そんな中、偶に強引な手段に出る人がいるってことは茂斗本人から聞いていた。
 そしてその『強引な手段』が何かはっきり知ったのは、女の人で最後のお手伝いさんが茂斗の寝室に忍び込んだ時。ルックスも頭脳も家柄も文句なしの茂斗を誘惑して既成事実を作ろうとしていたその人は、茂斗よりも20歳以上年上だった。
 襲われる前に茂斗が他人の気配に気づいて逆に取り押さえたから未遂で済んだけど、当然うちはクビになって、警察にも捕まった。
 警察に連行されるときに泣きながら本気で茂斗の事を愛してるって叫んでたあの人に「次は顔潰すからな」って言葉を返した茂斗は、姉さんたちの心配を他所に『ああいうことは大きくなったら凪にしてもらいたい』って冗談を返してた。
 僕はその言葉を聞いて『茂斗らしい』って思ってた。でも、あれが茂斗の強がりだって、今分かった。
(あんなの、怖くないわけないっ……)
 直接的な被害にあったわけじゃない僕ですらこんなに怖いんだから、襲われた茂斗が怖い思いをしなかったわけがないんだから。
(どうしよう……、部屋、変えてもらおうかな……)
 幸いなことにゲストルームとして空いてる部屋はたくさんあるるから、そのどれかに部屋を変わってもいいか父さん達が帰ってきたら聞いてみよ。
(でも、父さんも母さんも酷いよ。そんなことあったのに僕を置いて食事に行くって……)
 息子が心配じゃないのかな? って悲しい考えに傾く。
 勿論父さん達の愛情はちゃんと伝わってるから本気で心配されてないなんて思ってるわけじゃないけど、でも、今日ぐらい家にいてくれてもよかったんじゃないかなって思うのは仕方ない。
 いろんな感情で頭の中はぐちゃぐちゃ。早く横になりたいって目をぎゅっと瞑ったら、ドアの開く音が耳に届いた。
(虎君の部屋、久しぶりだ……)
 昔は一緒に住んでた虎君。でも、家族でも親戚でもないのにずっとお世話になるのは申し訳ないからって言って高校に進学した5年前に一人暮らしを始めた。
 この部屋は家を出るまでの間、虎君が生活していた空間。そして虎君が出て行った時のままの空間……。
「葵、もういいよ」
 ドアを閉めた虎君は僕を抱き上げたままベッドに座って背中をポンポンって叩く。その優しい振動は僕の我慢をいとも簡単に壊してしまった。
「ごめっ、とらくん……」
 泣くものか、泣くものかって悪あがきするんだけど、我慢すればするほど涙が溢れてくる。
 何かされたわけじゃないのにこんな風に泣いたら虎君を困らせるだけだって分かってるのに、拭っても拭っても涙は零れてしまって……。
「なんで葵が謝るの? 葵は何も悪い事してないだろ?」
「でも、でもっ、何かされたわけじゃないのに、僕怖がり過ぎだよね……」
 必死に強がる僕は自嘲気味に笑って自分を蔑む。悪戯されたわけでも目の前でその行為を見たわけでもないのにショック受けて馬鹿みたいだよね。って。
 怖がってる自分を隠すために早口で喋ってる自覚はある。でも、言葉は止まらない。
「茂斗達に比べたら全然何でもない事なのにね」
 他の皆に比べたらなんてことない事。なんて言っても僕は男だし、これぐらい全然平気にならないと。
 そんな風に強がっても涙はボロボロ零れてて、自分が酷く間抜けでできることなら今すぐ消えてしまいたかった。
 でも、そんな僕を虎君はぎゅって抱きしめてくれた。
「いいんだよ、葵。平気になんてならなくていい。……葵は性被害にあったんだから、傷ついて当たり前なんだよ」
 だからそんな風に自分を傷つけないで?
 虎君は、怖くて当然だって言ってくれた。ショックを受けて泣いてもいいんだって言ってくれた。
 恥ずかしいなんて思わなくていい。男だから傷ついちゃダメだって思わなくていい。
 そう優しい声で僕を宥めてくれる虎君は小さい子をあやすみたいに背中を一定のリズムでポンポンって叩いてくれてて、凄く安心できた……。
「ぼく、僕、男なのに……」
「うん」
「西さんのこと、信じてたのに……」
 強がらなくていいんだって、我慢しなくていいんだって思ったらますます涙が止まらなくなる。
 それどころか嗚咽も零れて、しゃっくり交じりで言葉はすごく聞き取り辛いと思う。
 でも虎君はちゃんと僕の言葉を拾い上げてくれて、僕の心に寄り添ってくれる。
 泣いて吐き出しても頭なのかはぐちゃぐちゃのままで、何度も何度も同じ言葉を繰り返してしまう僕。
 そんな僕に嫌な顔一つせず、むしろ共感するように辛そうに顔を歪める虎君。
 力強い腕の中、僕を守るように抱きしめてくれる虎君のその手は、強いだけじゃなくてとても優しかった……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

処理中です...