特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第16話

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――― 歪んだ気持ちぶつけられても迷惑なだけだ。


 昔、沢山の女の人からモテてた茂斗を羨んだ僕に茂斗はそう言った。その言葉の意味が、当時の僕には分からなかった。
(未遂だから『よかった』なんて、『大丈夫』なんて、そんなわけないのにっ……)
 双子だけど僕と茂斗は全然似てない。茂斗は父さんに似ていて、中学生と思えないぐらい大人っぽい。性格も同年代に比べるとすごく落ち着いてるし、年上の女の人からもよく告白されていた。
 でも茂斗は昔から凪ちゃん一筋だったからそんな女の人たちなんて眼中になくて、告白は全部お断りしてた。そんな中、偶に強引な手段に出る人がいるってことは茂斗本人から聞いていた。
 そしてその『強引な手段』が何かはっきり知ったのは、女の人で最後のお手伝いさんが茂斗の寝室に忍び込んだ時。ルックスも頭脳も家柄も文句なしの茂斗を誘惑して既成事実を作ろうとしていたその人は、茂斗よりも20歳以上年上だった。
 襲われる前に茂斗が他人の気配に気づいて逆に取り押さえたから未遂で済んだけど、当然うちはクビになって、警察にも捕まった。
 警察に連行されるときに泣きながら本気で茂斗の事を愛してるって叫んでたあの人に「次は顔潰すからな」って言葉を返した茂斗は、姉さんたちの心配を他所に『ああいうことは大きくなったら凪にしてもらいたい』って冗談を返してた。
 僕はその言葉を聞いて『茂斗らしい』って思ってた。でも、あれが茂斗の強がりだって、今分かった。
(あんなの、怖くないわけないっ……)
 直接的な被害にあったわけじゃない僕ですらこんなに怖いんだから、襲われた茂斗が怖い思いをしなかったわけがないんだから。
(どうしよう……、部屋、変えてもらおうかな……)
 幸いなことにゲストルームとして空いてる部屋はたくさんあるるから、そのどれかに部屋を変わってもいいか父さん達が帰ってきたら聞いてみよ。
(でも、父さんも母さんも酷いよ。そんなことあったのに僕を置いて食事に行くって……)
 息子が心配じゃないのかな? って悲しい考えに傾く。
 勿論父さん達の愛情はちゃんと伝わってるから本気で心配されてないなんて思ってるわけじゃないけど、でも、今日ぐらい家にいてくれてもよかったんじゃないかなって思うのは仕方ない。
 いろんな感情で頭の中はぐちゃぐちゃ。早く横になりたいって目をぎゅっと瞑ったら、ドアの開く音が耳に届いた。
(虎君の部屋、久しぶりだ……)
 昔は一緒に住んでた虎君。でも、家族でも親戚でもないのにずっとお世話になるのは申し訳ないからって言って高校に進学した5年前に一人暮らしを始めた。
 この部屋は家を出るまでの間、虎君が生活していた空間。そして虎君が出て行った時のままの空間……。
「葵、もういいよ」
 ドアを閉めた虎君は僕を抱き上げたままベッドに座って背中をポンポンって叩く。その優しい振動は僕の我慢をいとも簡単に壊してしまった。
「ごめっ、とらくん……」
 泣くものか、泣くものかって悪あがきするんだけど、我慢すればするほど涙が溢れてくる。
 何かされたわけじゃないのにこんな風に泣いたら虎君を困らせるだけだって分かってるのに、拭っても拭っても涙は零れてしまって……。
「なんで葵が謝るの? 葵は何も悪い事してないだろ?」
「でも、でもっ、何かされたわけじゃないのに、僕怖がり過ぎだよね……」
 必死に強がる僕は自嘲気味に笑って自分を蔑む。悪戯されたわけでも目の前でその行為を見たわけでもないのにショック受けて馬鹿みたいだよね。って。
 怖がってる自分を隠すために早口で喋ってる自覚はある。でも、言葉は止まらない。
「茂斗達に比べたら全然何でもない事なのにね」
 他の皆に比べたらなんてことない事。なんて言っても僕は男だし、これぐらい全然平気にならないと。
 そんな風に強がっても涙はボロボロ零れてて、自分が酷く間抜けでできることなら今すぐ消えてしまいたかった。
 でも、そんな僕を虎君はぎゅって抱きしめてくれた。
「いいんだよ、葵。平気になんてならなくていい。……葵は性被害にあったんだから、傷ついて当たり前なんだよ」
 だからそんな風に自分を傷つけないで?
 虎君は、怖くて当然だって言ってくれた。ショックを受けて泣いてもいいんだって言ってくれた。
 恥ずかしいなんて思わなくていい。男だから傷ついちゃダメだって思わなくていい。
 そう優しい声で僕を宥めてくれる虎君は小さい子をあやすみたいに背中を一定のリズムでポンポンって叩いてくれてて、凄く安心できた……。
「ぼく、僕、男なのに……」
「うん」
「西さんのこと、信じてたのに……」
 強がらなくていいんだって、我慢しなくていいんだって思ったらますます涙が止まらなくなる。
 それどころか嗚咽も零れて、しゃっくり交じりで言葉はすごく聞き取り辛いと思う。
 でも虎君はちゃんと僕の言葉を拾い上げてくれて、僕の心に寄り添ってくれる。
 泣いて吐き出しても頭なのかはぐちゃぐちゃのままで、何度も何度も同じ言葉を繰り返してしまう僕。
 そんな僕に嫌な顔一つせず、むしろ共感するように辛そうに顔を歪める虎君。
 力強い腕の中、僕を守るように抱きしめてくれる虎君のその手は、強いだけじゃなくてとても優しかった……。
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