特別な人

鏡由良

文字の大きさ
37 / 552
特別な人

特別な人 第36話

しおりを挟む
 『いいよ』って言ってもらったわけじゃないけど、今夜はもう虎君と寝るつもり満々。おかげで今日は安心して眠れそうだと上機嫌になる。
「……そんなに嬉しいか?」
「うん! 虎君と一緒だったら怖い夢見ることもないしね!」
 鼻歌でも歌いだしそうな僕に、茂斗は上機嫌な理由を聞いてくる。他人と一緒に寝るなんて嫌じゃねぇーの? って。
 その言葉に、確かに他の人なら気を遣うし絶対に眠れないと僕は思った。思って、そもそもそういう人とは一緒に寝たいとはそもそも思わないって考えに至って、「他の人ならね」と笑った。
「でも虎君は『お兄ちゃん』だし、全然平気だよ。むしろ嬉しいもん」
「へぇー。……なぁ、俺が一緒に寝てやろうか?」
「えぇ? 茂斗さっき『嫌』って言ったじゃない」
 茂斗の突然の申し出。でも、それが本気じゃないってことはすぐわかった。だって茂斗、すっごくニヤニヤしてるんだもん。
 これはただ僕をからかいだけ。僕が虎君と茂斗どっちを選ぶか試してるだけ。
 それが分かるから、僕はそっけなく返事を返す。無理しなくていいよ。って。
「なんだよ。実の兄弟よりもただの幼馴染を選ぶのかよ?」
「っ、はいはい。ごめんごめん」
 一瞬ぴくっと反応しちゃったけど、噛みつきたい気持ちをグッと我慢して受け流す。今の茂斗に反論したところで茂斗を喜ばせるだけだから。
(虎君は『ただの幼馴染』じゃないし!)
 本当、嫌な言い方するんだから。茂斗は。
 ついさっきまでご機嫌だったのに、今はあからさまにムッとしてる自覚はある。こんな態度、茂斗の格好の餌食だって分かってはいるんだけど、腹が立つのは仕方ない。
 予想通り、茂斗は凄くいい笑顔で「一緒に寝ようぜ?」って絡んでくる。
(僕が絶対『うん』って言わないって分かってるだけだろ!)
 いざ僕が『一緒に寝る!』って言ったら、全力で嫌がるくせに。本当に茂斗ってこういうところ面倒くさい!
「! なら、明日から一緒に寝よ? それでいいでしょ?」
「明日はダメだ。俺は今日寝たい」
 今日は虎君と一緒寝るから安心。でも明日からちょっと不安。だから明日からよろしく! って茂斗を見たら、本当に勝手な言葉が返ってきた。
 当然僕はそれに抗議するんだけど、茂斗は今日一緒に寝ないならもう話は終わりってそっぽを向いてしまった。
「……どうする? 一緒に寝るか?」
「! 今日は虎君と寝るもん!」
 恨めしそうに睨んでたら、また嫌な笑い顔。それが本当に腹が立って、今度は僕から「もういい!」って話を終わらせてやった。
 背後から聞こえるのは笑い声。どうやら僕の反応が予想通りだったみたいで、素直すぎるって頭を撫でられた。
 『素直』って普通なら誉め言葉なのに、全然褒められてる気がしない。まぁ馬鹿にされてるから当然なんだけど……。
「もう! やめてよ! パジャマ着れないでしょ!」
「悪い悪い。服着たら髪乾かしてやるから、そんな怒るなよ」
 手を払いのけるけど、茂斗はまだ笑ってる。笑い過ぎだって意味を込めて睨んだら、ドライヤーに手を伸ばす茂斗。
 髪乾かしてもらうの好きだよな? って不意に優しく笑うとか、反則だ!
 本当なら『自分でする』って突っぱねたいところ。でも茂斗が言った通り僕は人に髪を触ってもらうのが好きだから、茂斗の申し出を拒否し辛い。
「手が止まってるぞ」
「っ、分かってる! 茂斗も服着なよね! 風邪ひくよ!」
「平気平気。浸かりすぎてめっちゃ暑いし」
 僕の髪を乾かしてから服着るって言う茂斗は、悪態をつきながらもいそいそパジャマを着る僕を見て笑ってる。
 その笑い顔がちょっと腹立つけど、その理由はでもさっきまでとは違う理由だから変な感じ。
(いつもそうやって笑ってくれればいいのに)
 茂斗が見せる二面性。それは双子の兄として僕を慈しんでくれる顔と、叩けば響く玩具として僕で遊ぶ悪ガキの顔。
 どっちの茂斗の本当の姿だって思うけど、でも、僕はできれば優しいお兄ちゃんの顔でいて欲しいと思う。でも同い年だからね! って言い返せるから。
(悪ガキ茂斗には勝てないもんなぁ……)
 きっと他に比べると僕は頭の回転は早い方だと思う。でも、茂斗は僕よりずっとずっと頭がいいし機転も利くから口じゃ絶対に勝てない。
 それでもお兄ちゃんな茂斗は僕に合わせてくれるから、まだ口喧嘩もできる。まぁ、それはそれで腹が立つんだけど!
「何だよ?」
「なんでもないよ」
 パジャマを着た僕は端に避けてあった椅子を引っ張り出して洗面所の前に座る。茂斗はそんな僕に「どうせろくでもない事考えてたんだろ」って茶化しながらもドライヤーのスイッチをオンにした。
 熱風の音が脱衣所に響いて、これ以上のお喋りは困難。
 僕は鏡に映る自分とその背後で僕の髪をわしゃわしゃかき混ぜて乾かしてくれる茂斗の姿をぼんやりと眺めて至福のひと時を過ごす。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

処理中です...