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特別な人
特別な人 第62話
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真面目に反論したら先生――斗弛弥さんは声を殺すこともせず笑っていて、「本当に茂の子供か疑いたくなるレベルで素直だな」って言ってくる。
「まぁそれだけ愛されて育ってるってことなんだろうけど、偶には人を疑えよ?」
「斗弛弥さんまでそんなこと言わないでください」
歳のわりに素直ということは、家族だけじゃなくて友人にも恵まれてる証拠。でも、良い人間だけじゃないから思慮深くなった方がいい。
そう言って心配をしてくれる斗弛弥さんだけど、一応人の本心を見てるつもりの僕は不機嫌を露わにしてしまう。でも頬っぺたを膨らましたら痛かったから、膨れっ面になるのは我慢した。
「ああ。その顔、樹里斗に似てる。やっぱり親子だな」
僕が不機嫌になろうが気にしない斗弛弥さんは僕に母さんの面影があるってまた笑った。お前は兄弟で唯一母親似だな。って。
確かに僕は母さん似だと思う。でも、『唯一』じゃない。僕よりもずっとずっと母さんに似てる妹がいるんだから。
「いや、あれはむしろクローンだろ。茂の面影が微塵もない」
訂正しても斗弛弥さんは意見を変えずにまだ笑ってる。何がそんなにおかしいのか分からない僕は馬鹿にされてる気がして「笑い過ぎです!」って注意してみる。斗弛弥さんには全然通じないって分かってるけど。
「吐いたって割には元気だな」
「! 急に先生に戻らないでくださいっ」
「戻るも何も絶賛仕事中だろうが」
ウィルス性の胃腸炎や食中毒かもしれないと思ったが、違うみたいだな。
そう言った斗弛弥さんは僕の頭に手を乗せると、そのまま頭の形をなぞるように手を動かす。撫でられてるとは違う手の動きはくすぐったい。
「斗弛弥さん、くすぐったいです」
「我慢しろ。……ん。頭を打った形跡もないな」
ひとしきり頭を撫で終えると、嘔吐した原因も眩暈も脳震盪によるものだろうって診断を下す。心配なら知り合いに紹介状を書くけどって言ってくれる斗弛弥さんに、僕は大丈夫ですって首を振った。
(だって吐いた理由は脳震盪じゃないもん)
眩暈は確かに殴られたせいで目が回ったからだろうけど、吐いた理由はそれとは別。ただの不安発作みたいなものだって自覚してるし、大事にしたくなかった。
「本当にいいのか? 少々性格に問題はあるが腕のいい脳神経外科医を紹介してやるぞ?」
「斗弛弥さんがそう言うって相当問題ですね」
「どういう意味だ」
斗弛弥さんは大学病院で働いてた時のツテがあるからって言ってくれるけど、優秀なお医者さんには僕よりもずっとずっと重病な患者さんの診察をしてもらいたいから、本当に大丈夫ですって断った。
僕の冗談交じりの言葉に笑いながらも凄んでくる斗弛弥さん。それに僕は「なんでもないです」って笑い返した。
(斗弛弥さんが『みんなの憧れの保険医さん』をしてるって言ったら、父さん達も虎君のお父さん達も驚いてたもんね)
みんなに優しくて親身に相談に乗ってくれる憧れの養護教諭、それが斗弛弥さんの表の顔。
でも裏の顔……っていうか本当の姿は、口が悪くて面倒くさいことが大っ嫌いなドエス外科医。これは僕が言ったんじゃなくて昔から斗弛弥さんを知ってる父さんと虎君のお父さんが言ってたことだから、かなり信憑性があると思う。
だってエリート街道まっしぐらでゆくゆくは大きな総合病院の院長候補だって期待されたのに、『媚を売りたくない』とか『お偉方の相手が面倒』とかそういう理由で凄腕心臓外科医の地位をあっさり捨ててしまった人だから。
僕は煙草と携帯をポケットから取り出す斗弛弥さんを眺めながら、子供の相手は面倒じゃないのかな? って思ったり。
でも、携帯を弄りながら煙草に火をつけようとする姿に、ハッと我に返る。だってここは学校だから。
「校内禁煙!」
「バレたか」
「当たり前ですっ!」
休み時間までに喚起したらバレないから大丈夫だ。なんて、斗弛弥さんに憧れてる人が聞いたらショックを受けちゃいそうだ。
「仕事中ですよね? ちゃんと規則は守ってくださいっ!」
「バレなきゃ大丈夫だよ」
「そういう問題じゃないですっ!」
一本だけだから、な? じゃない!
僕は斗弛弥さんに『絶対ダメです!』って目を向ける。
そしたら観念したのか、咥えてた煙草を元に戻すと、口が寂しいって言いながら僕に携帯を向けてくる。
「何してるんですか?」
「現状報告がてら写真送ってやるんだよ。いきなりその面で顔合わせたら煩いぞ? あいつは」
写真を撮るから氷嚢を退けろって言う斗弛弥さん。僕はその言葉に従って氷嚢を頬っぺたから退けて素直に写真を撮ってもらう。
(父さん、かな? 確かに青あざになってるみたいだし凄く心配されそう)
故意じゃなくても、殴られたことには変わらない。いや、その時の状況を話したらそれこそ大問題になりかねない。相手を調べ上げて『ケジメだ』とか言って無茶苦茶な事をしそうだし、父さんにはぶつかったって言っとかないとそれこそ大事になってしまう。
僕は恐らく父さんに報告メールを打ってる斗弛弥さんに経緯は伏せて欲しいとお願いした。
「なんで?」
「『なんで』って、当然じゃないですか。父さんの性格知ってますよね?」
「茂の性格? 家族以外には冷血人間だってことか?」
「! それは言い過ぎですっ!」
斗弛弥さんの真顔に本心だと言うことは分かった。でも、父さんの息子としてそこは訂正しておかないと。父さんは僕達家族を凄く愛してくれてるから、僕達を傷つける人たちに厳しいだけなんです。って。
「まぁそれだけ愛されて育ってるってことなんだろうけど、偶には人を疑えよ?」
「斗弛弥さんまでそんなこと言わないでください」
歳のわりに素直ということは、家族だけじゃなくて友人にも恵まれてる証拠。でも、良い人間だけじゃないから思慮深くなった方がいい。
そう言って心配をしてくれる斗弛弥さんだけど、一応人の本心を見てるつもりの僕は不機嫌を露わにしてしまう。でも頬っぺたを膨らましたら痛かったから、膨れっ面になるのは我慢した。
「ああ。その顔、樹里斗に似てる。やっぱり親子だな」
僕が不機嫌になろうが気にしない斗弛弥さんは僕に母さんの面影があるってまた笑った。お前は兄弟で唯一母親似だな。って。
確かに僕は母さん似だと思う。でも、『唯一』じゃない。僕よりもずっとずっと母さんに似てる妹がいるんだから。
「いや、あれはむしろクローンだろ。茂の面影が微塵もない」
訂正しても斗弛弥さんは意見を変えずにまだ笑ってる。何がそんなにおかしいのか分からない僕は馬鹿にされてる気がして「笑い過ぎです!」って注意してみる。斗弛弥さんには全然通じないって分かってるけど。
「吐いたって割には元気だな」
「! 急に先生に戻らないでくださいっ」
「戻るも何も絶賛仕事中だろうが」
ウィルス性の胃腸炎や食中毒かもしれないと思ったが、違うみたいだな。
そう言った斗弛弥さんは僕の頭に手を乗せると、そのまま頭の形をなぞるように手を動かす。撫でられてるとは違う手の動きはくすぐったい。
「斗弛弥さん、くすぐったいです」
「我慢しろ。……ん。頭を打った形跡もないな」
ひとしきり頭を撫で終えると、嘔吐した原因も眩暈も脳震盪によるものだろうって診断を下す。心配なら知り合いに紹介状を書くけどって言ってくれる斗弛弥さんに、僕は大丈夫ですって首を振った。
(だって吐いた理由は脳震盪じゃないもん)
眩暈は確かに殴られたせいで目が回ったからだろうけど、吐いた理由はそれとは別。ただの不安発作みたいなものだって自覚してるし、大事にしたくなかった。
「本当にいいのか? 少々性格に問題はあるが腕のいい脳神経外科医を紹介してやるぞ?」
「斗弛弥さんがそう言うって相当問題ですね」
「どういう意味だ」
斗弛弥さんは大学病院で働いてた時のツテがあるからって言ってくれるけど、優秀なお医者さんには僕よりもずっとずっと重病な患者さんの診察をしてもらいたいから、本当に大丈夫ですって断った。
僕の冗談交じりの言葉に笑いながらも凄んでくる斗弛弥さん。それに僕は「なんでもないです」って笑い返した。
(斗弛弥さんが『みんなの憧れの保険医さん』をしてるって言ったら、父さん達も虎君のお父さん達も驚いてたもんね)
みんなに優しくて親身に相談に乗ってくれる憧れの養護教諭、それが斗弛弥さんの表の顔。
でも裏の顔……っていうか本当の姿は、口が悪くて面倒くさいことが大っ嫌いなドエス外科医。これは僕が言ったんじゃなくて昔から斗弛弥さんを知ってる父さんと虎君のお父さんが言ってたことだから、かなり信憑性があると思う。
だってエリート街道まっしぐらでゆくゆくは大きな総合病院の院長候補だって期待されたのに、『媚を売りたくない』とか『お偉方の相手が面倒』とかそういう理由で凄腕心臓外科医の地位をあっさり捨ててしまった人だから。
僕は煙草と携帯をポケットから取り出す斗弛弥さんを眺めながら、子供の相手は面倒じゃないのかな? って思ったり。
でも、携帯を弄りながら煙草に火をつけようとする姿に、ハッと我に返る。だってここは学校だから。
「校内禁煙!」
「バレたか」
「当たり前ですっ!」
休み時間までに喚起したらバレないから大丈夫だ。なんて、斗弛弥さんに憧れてる人が聞いたらショックを受けちゃいそうだ。
「仕事中ですよね? ちゃんと規則は守ってくださいっ!」
「バレなきゃ大丈夫だよ」
「そういう問題じゃないですっ!」
一本だけだから、な? じゃない!
僕は斗弛弥さんに『絶対ダメです!』って目を向ける。
そしたら観念したのか、咥えてた煙草を元に戻すと、口が寂しいって言いながら僕に携帯を向けてくる。
「何してるんですか?」
「現状報告がてら写真送ってやるんだよ。いきなりその面で顔合わせたら煩いぞ? あいつは」
写真を撮るから氷嚢を退けろって言う斗弛弥さん。僕はその言葉に従って氷嚢を頬っぺたから退けて素直に写真を撮ってもらう。
(父さん、かな? 確かに青あざになってるみたいだし凄く心配されそう)
故意じゃなくても、殴られたことには変わらない。いや、その時の状況を話したらそれこそ大問題になりかねない。相手を調べ上げて『ケジメだ』とか言って無茶苦茶な事をしそうだし、父さんにはぶつかったって言っとかないとそれこそ大事になってしまう。
僕は恐らく父さんに報告メールを打ってる斗弛弥さんに経緯は伏せて欲しいとお願いした。
「なんで?」
「『なんで』って、当然じゃないですか。父さんの性格知ってますよね?」
「茂の性格? 家族以外には冷血人間だってことか?」
「! それは言い過ぎですっ!」
斗弛弥さんの真顔に本心だと言うことは分かった。でも、父さんの息子としてそこは訂正しておかないと。父さんは僕達家族を凄く愛してくれてるから、僕達を傷つける人たちに厳しいだけなんです。って。
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