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特別な人
特別な人 第70話
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「あんまり泣かないで、葵。……涙の痕が樹里斗さんに見つかったら俺が殺される」
優しい声で僕を宥めてくれる虎君は、僕の気持ちが浮上するようにおどけてみせる。
僕はその言い方に思わずクスリと笑って、もう泣かないって涙を引っ込めた。
「我慢させてごめんな?」
「ううん。気にしないで。元々泣くつもりじゃなかったし……!」
本当なら思い切り泣かせてあげたいんだけどって言う虎君は、僕はいろんなことを我慢する癖があるから心配だって苦笑いを浮かべる。だから泣ける時は思い切り泣かせたい。って。
本当、僕ってつくづく甘やかされてるみたいだ。
「ありがとう、虎君。でも大丈夫だよ」
「ならいいけど……。ああでも、限界になる前にちゃんと言うんだぞ?」
「うん。分かった」
その時は思い切り泣かせてあげるから。って、それじゃ虎君、母さん達に怒られちゃうよ?
さっき虎君が言った冗談交じりの言葉を真似てみる。すると虎君は「いいよ」って目を細める。
「その時は全面的に怒られてやるから、葵は気にせず俺を頼って?」
「! ……虎君って本当、優しいよね」
僕が辛いのを我慢するぐらいなら母さん達にいくらでも怒られてやるだなんて、虎君は優しすぎる。
そんなに優しくされたら、僕、虎君離れできなくなるよ?
鼻を啜りながら、僕はいつか現れる虎君の恋人を想って笑う。虎君に好きになってもらえる人は幸せだね。って。
「恋人ができても、僕の事忘れないでね?」
まだ見ぬ相手を羨ましいって思いながら、恋人ができても今と変わらず傍にいてね? ってお願い。
きっと虎君は『何言ってるんだよ』って笑うんだろうけど、たとえお互いに恋人ができても僕にとって大好きな『お兄ちゃん』は虎君ただ一人だけだから、実は内心必死のお願いだったりもする。
でも『お願い』をする僕に返されるのは予想してた笑顔じゃなくて何処か悲し気な表情。当然、僕はなんでそんな顔をするのかと焦ってしまう。
「虎君? どうしたの? 僕、何か変なこと言った?」
「! あ、いや、ごめん。ちょっとびっくりした」
「え? 何に?」
虎君の言葉に質問を重ねるものの生まれるのは別の疑問だった。
(今の、『びっくり』したって顔じゃないよね……? だってもっとずっと辛そうだったもん……)
笑顔を見せてくれる虎君だけど、それはさっきまでとは全然違う笑い方。言い方が悪いけど、『上辺だけ』って感じだ。
(なんだかすごく嫌な感じ……)
もちろんこの『嫌な感じ』は虎君に対してのものじゃない。この後の話題が、きっと僕は聞きたくないものな気がしたんだ。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。……葵に恋人ができるまで、俺は葵の傍にいるよ」
不安が顔にでちゃった僕に向けられる虎君の笑い顔は、優しい。でも、やっぱり何処か悲しそう……。
虎君が辛いと、僕も辛くなる。
気が付けば僕は顔を歪め、「やだ……」って首を振っていた。
「葵?」
「僕に恋人ができたら、虎君、僕の傍からいなくなっちゃうんでしょ……? そんなの絶対ヤダよ……」
眉を下げる僕に虎君は「それは……」って口ごもる。でもすぐに苦笑いを浮かべて「言葉の文だよ」って言葉を続けた。
「それ、嘘だよね……? 虎君、嘘吐く時の顔してるもん……」
「! そ、んな顔、してる……?」
目に見えて狼狽える虎君。僕は、無言のまま頷いた。
(気づかないわけないでしょ? 僕、ずっと虎君の傍にいたんだよ? これでも誰よりも虎君の事理解してるつもりなんだからね?)
動揺してるってことは、僕に知られたくなかったってこと。
(なんでだろう……。虎君が凄く遠く感じる……)
こんなこと一度もなかったから、凄く辛い。
「葵、ごめん。謝るからそんな顔しないで?」
顔を上げてって頬に手を添えてくる虎君。促されるまま虎君を見れば、困ったような笑い顔がすぐそばに。
「気分は? 気持ち悪くない?」
「平気……」
僕の事を心配してくれる虎君はいつもと変わらない。でも、僕の気持ちは晴れない……。
俯いてしまいそうになる僕。けど、虎君がそれを止めてしまう。
そして教えてくれる。言葉の意味を。戸惑いの意味を。
「本当にごめん。……葵に恋人ができたらきっと葵は俺の事を必要としなくなるだろうから、俺はそれが怖いんだ……」
優しい声で僕を宥めてくれる虎君は、僕の気持ちが浮上するようにおどけてみせる。
僕はその言い方に思わずクスリと笑って、もう泣かないって涙を引っ込めた。
「我慢させてごめんな?」
「ううん。気にしないで。元々泣くつもりじゃなかったし……!」
本当なら思い切り泣かせてあげたいんだけどって言う虎君は、僕はいろんなことを我慢する癖があるから心配だって苦笑いを浮かべる。だから泣ける時は思い切り泣かせたい。って。
本当、僕ってつくづく甘やかされてるみたいだ。
「ありがとう、虎君。でも大丈夫だよ」
「ならいいけど……。ああでも、限界になる前にちゃんと言うんだぞ?」
「うん。分かった」
その時は思い切り泣かせてあげるから。って、それじゃ虎君、母さん達に怒られちゃうよ?
さっき虎君が言った冗談交じりの言葉を真似てみる。すると虎君は「いいよ」って目を細める。
「その時は全面的に怒られてやるから、葵は気にせず俺を頼って?」
「! ……虎君って本当、優しいよね」
僕が辛いのを我慢するぐらいなら母さん達にいくらでも怒られてやるだなんて、虎君は優しすぎる。
そんなに優しくされたら、僕、虎君離れできなくなるよ?
鼻を啜りながら、僕はいつか現れる虎君の恋人を想って笑う。虎君に好きになってもらえる人は幸せだね。って。
「恋人ができても、僕の事忘れないでね?」
まだ見ぬ相手を羨ましいって思いながら、恋人ができても今と変わらず傍にいてね? ってお願い。
きっと虎君は『何言ってるんだよ』って笑うんだろうけど、たとえお互いに恋人ができても僕にとって大好きな『お兄ちゃん』は虎君ただ一人だけだから、実は内心必死のお願いだったりもする。
でも『お願い』をする僕に返されるのは予想してた笑顔じゃなくて何処か悲し気な表情。当然、僕はなんでそんな顔をするのかと焦ってしまう。
「虎君? どうしたの? 僕、何か変なこと言った?」
「! あ、いや、ごめん。ちょっとびっくりした」
「え? 何に?」
虎君の言葉に質問を重ねるものの生まれるのは別の疑問だった。
(今の、『びっくり』したって顔じゃないよね……? だってもっとずっと辛そうだったもん……)
笑顔を見せてくれる虎君だけど、それはさっきまでとは全然違う笑い方。言い方が悪いけど、『上辺だけ』って感じだ。
(なんだかすごく嫌な感じ……)
もちろんこの『嫌な感じ』は虎君に対してのものじゃない。この後の話題が、きっと僕は聞きたくないものな気がしたんだ。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。……葵に恋人ができるまで、俺は葵の傍にいるよ」
不安が顔にでちゃった僕に向けられる虎君の笑い顔は、優しい。でも、やっぱり何処か悲しそう……。
虎君が辛いと、僕も辛くなる。
気が付けば僕は顔を歪め、「やだ……」って首を振っていた。
「葵?」
「僕に恋人ができたら、虎君、僕の傍からいなくなっちゃうんでしょ……? そんなの絶対ヤダよ……」
眉を下げる僕に虎君は「それは……」って口ごもる。でもすぐに苦笑いを浮かべて「言葉の文だよ」って言葉を続けた。
「それ、嘘だよね……? 虎君、嘘吐く時の顔してるもん……」
「! そ、んな顔、してる……?」
目に見えて狼狽える虎君。僕は、無言のまま頷いた。
(気づかないわけないでしょ? 僕、ずっと虎君の傍にいたんだよ? これでも誰よりも虎君の事理解してるつもりなんだからね?)
動揺してるってことは、僕に知られたくなかったってこと。
(なんでだろう……。虎君が凄く遠く感じる……)
こんなこと一度もなかったから、凄く辛い。
「葵、ごめん。謝るからそんな顔しないで?」
顔を上げてって頬に手を添えてくる虎君。促されるまま虎君を見れば、困ったような笑い顔がすぐそばに。
「気分は? 気持ち悪くない?」
「平気……」
僕の事を心配してくれる虎君はいつもと変わらない。でも、僕の気持ちは晴れない……。
俯いてしまいそうになる僕。けど、虎君がそれを止めてしまう。
そして教えてくれる。言葉の意味を。戸惑いの意味を。
「本当にごめん。……葵に恋人ができたらきっと葵は俺の事を必要としなくなるだろうから、俺はそれが怖いんだ……」
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