特別な人

鏡由良

文字の大きさ
72 / 552
特別な人

特別な人 第71話

しおりを挟む
 好きな人ができたら、その人と一緒に居たいと思うもの。だから僕に好きな人ができたら、きっと僕はその人と過ごす時間を大事にするだろう。
 それはとてもいいことだし、幸せなこと。『兄』としてそれを祝福するのは当然だと思ってる。でも、それでも……。
「俺にとって葵の代わりになる存在なんて世界中探しても何処にも居ないから、葵が俺から離れていくのは想像するだけで辛い」
 だから、僕に好きな人ができたら、虎君は僕の傍にはいられないって目を伏せた。僕が離れていく絶望を味わいたくないからって……。
「虎君……」
「ごめんな? ダメな兄貴で。……葵には本当に幸せになって欲しいって思ってるんだけど、な……」
 自嘲気味に笑う虎君は今一度僕の手を握ると、だから、それまでは葵の一番近くにいていいかな? って聞いてくる。
 まさかそんな風に思ってくれてると思わなかった僕は虎君の手を振りほどいてそのまま虎君に抱き着いた。シートベルトをしてたせいで虎君を引き寄せる感じになっちゃったけど、でもそれは後で謝るから、今は虎君の気持ちが嬉しいって伝えることが先決だ。
「ま、葵?」
 突然のことに虎君はびっくりしてるみたい。声がちょっと上擦ってるから。まぁそれは当然だよね。いきなりだし。
 でも、驚かせたことを謝るのも、後回し。
「僕だって一緒だもん! 虎君の代わりなんて誰にもできないんだからね!?」
 大切な大切な、本当に大切な僕の虎君。たとえ僕が誰かを好きになったとしても、この気持ちは絶対に変わらないって自信を持って言えるよ?
「だから、お願い。ずっと僕の傍にいてよ?」
「葵……。……でも、それじゃ葵の恋人に悪いよ」
 虎君が傍にいてくれないなんて悲しすぎる。
 そう訴える僕に、虎君は笑った気がする。顔は見えないけど、声がとても明るかったから。
 抱きしめ返してくれる腕はやっぱり優しい。僕の未来の恋人を気遣ってくれる優しさも、今の僕には堪らなかった……。
「なら、その人とは別れる! 虎君との事を理解してくれない人となんて絶対一緒にいられないもん!」
 ぎゅーって力いっぱい抱き着いて声を大きく訴え続ける僕。
(これは一時の感情じゃないよ? ちゃんと僕の本心だからね?)
 だからお願い。虎君、信じて……。
「っ―――、……馬鹿だな。そんなこと言ってたら、結婚できないぞ?」
「いいもん! そうしたら虎君、一緒にいてくれるでしょ?」
「! ははっ……。そうだな。葵が結婚できなかったら、俺が責任持って一緒にいてあげるよ」
 僕の背中をポンポンって叩く虎君の笑う声はとっても穏やか。その声に僕は漸く虎君に抱き着く腕を緩めることができた。
「やっぱり。泣きそうな顔してた」
「約束だからねっ!」
 僕の泣きっ面を見て笑う虎君。約束守ってよね! って睨んだら、虎君からもらうのは「葵が忘れなかったら」って言葉。
「絶対忘れないし! 後から『こんなはずじゃなかった』って言ってもダメだからね!」
「俺が? それはないよ。『明日世界が終わる』確率ぐらい、ありえない」
「『明日世界が終わる』確率って、ほぼゼロだよ?」
「ほぼじゃなくて、『ゼロ』だよ。言っただろ? 『ありえない』って」
 食いつく僕に虎君は楽しそうに声を出して笑う。
 そんな笑わなくても……って僕が唇を尖らせて拗ねて見せたら、虎君の表情が柔らかいものに変わった。
(あ……、いつもの虎君だ……)
 さっき感じた距離は、もうなくなった。むしろいつもよりも近くに感じる虎君に、僕は拗ね顔を保てない。
 ただ純粋に嬉しくて、自然と顔は綻んだ。
「……本当に葵は可愛いな」
「え?」
 虎君の見せる表情は、たとえるなら『愛しげ』。それは言葉と相まって、僕の心臓を大きく飛び跳ねさせてくれる。
 そして、その後虎君が取った行動に僕の心臓は全力疾走した後みたいに物凄く煩くなってしまう。
 額に触れる温もりは、虎君の唇。ちゅっと音を鳴らして離れるそれに、僕の頭は真っ白になった。
(今のって、キス、だよ、ね……?)
 一瞬何が起こったのか分からなかったけど、よく知る感触にそれが『キス』だと理解する。理解して、顔が一瞬で熱くなる。
(あれ? なんで? なんでこんなにドキドキしてるの?)
 キスなんて僕の家では挨拶代わり。その癖で僕から虎君にキスすることも虎君からしてもらうことも毎日じゃないけど、頻繁にある。
 だから、今額に貰ったキスだって過去何度かされたことはある。
 それなのに僕の心臓はいつもと全然違ってて、苦しくなるぐらい早く鼓動していて戸惑う。
「……顔、真っ赤」
 何か言わないとって思うんだけど、口をパクパクさせるだけで言葉は出てこない。
 そんな僕に虎君は目尻を下げ、楽しそうに笑った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...