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特別な人
特別な人 第83話
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鼻の頭が擦れる位近い距離。今までだって何度もこんな風にくっついたりしたはずなのに、何故か今日初めて虎君を近くに感じたような気がした。
(こんなに近かったら心臓の音、聞こえちゃいそうだよ)
相手は虎君なのに、『お兄ちゃん』なのに、なんでこんなにドキドキしちゃってるんだろう……?
「嘘じゃないよ。……ほら、な?」
僕の手を自分の左胸に導く虎君は、ドキドキしてるだろ? って尋ねてくる。
掌から伝わるのは虎君のぬくもり。そして、僕と同じぐらい早く脈打つ心臓の鼓動。
「本当だ……」
僕だけだと思ってたのに、なんで?
答えが欲しくて虎君を見たら、虎君は何も言わずただ笑って見せる。
触れ合った額。自分の姿が映る虎君の瞳。もう少し上を向けば、虎君の唇に触れてしまいそうな程近い距離……。
(な、んか……『恋人』同士みたい……)
僕の気のせいだとは思うけど、流れる空気が甘いと感じる。
そのせいで錯覚しそうになる。これは『幼馴染』の距離なのか? それとも……?
(ダメだ……。僕には難しすぎる……)
きっと他が見たら『恋人同士』の距離なんだろうけど、僕と虎君は『恋人』じゃない。僕と虎君はただの『幼馴染』だから。
そしてこの距離が『幼馴染』の距離と言うには近すぎるのは分かってる。普通の『幼馴染』はこんな『ゼロ距離』じゃないってみんなから言われているから。
でも僕と虎君には普通の『距離』のはず。『恋人同士』なんかじゃない。
(だって虎君には『好きな人』、いるもんね……)
そうだ。思い出した。虎君には『好きな人』がいる。
それが誰かは分からないけど、虎君の言葉の端々に姿を見せる『その人』は紛れもなく虎君にとって特別な存在だ。そう、きっといつか虎君の一番になる人……。
(今は僕だけど、でも、いつか虎君はその人をこうやって抱きしめるんだろうな……)
ううん。僕はただの『幼馴染』。『その人』は虎君の『恋人』。
だから今よりもずっとずっと優しく『その人』を抱きしめるんだろうな……。
(……なんだろう……。凄く、モヤモヤする……)
虎君が『好きな人』と幸せに暮らす未来を想像しただけなのに、何故か心が痛くなる。
「葵? どうした?」
「え……? 何が?」
「泣きそうな顔してるぞ」
伸びてくる手は頬っぺたに触れる。
虎君を見つめたら優しい眼差しが僕を見つめ返してくれて、何も言葉が出てこなくなる。
だから僕は言葉の代わりに虎君の首に腕を伸ばして抱き着くとそのまま自分の方へと引き寄せた。
「ま、もる?」
「虎君の優しさに感動しちゃった……」
戸惑いを含む声に、虎君が驚いてることは分かった。
だから、一瞬不安を口に出そうかと思った僕は言葉を飲み込むと、心を誤魔化して笑った。
「虎君ってば、本当、僕の事大好きだよね」
茶化す様に続けた言葉は、半分以上僕の願望だ。
虎君の『好きな人』が虎君の隣に立つその時が来るまでは僕が一番でありたいから……。
「今更だな。大好きだって何度も言ってるだろ?」
「『何度も』は言われてないよ?」
「そんなことないだろ?」
「そんなことあるよ」
僕の不安を払拭するかのように抱きしめ返してくれる虎君。
軽口に楽しげな声が返ってきて、たったそれだけのことなのに、嬉しい。
「おかしいな。俺的には毎日伝えてるつもりなんだけどな」
「『つもり』は『つもり』だよ」
僕には伝わってませーん!
なんて、そんな意地悪を言う僕に虎君は「伝わってるくせに」ってくすぐってくる。
「ちょ、止めてよ! くすぐったい! くすぐったいよ!!」
「止めて欲しかったら本当の事を言うんだな」
虎君のくすぐりの手から逃げたいのに、離れがたくて逃げられない。
僕は笑い声を部屋に響かせながらギブアップとばかりに虎君の愛はちゃんと伝わってるって声を上げた。
(こんなに近かったら心臓の音、聞こえちゃいそうだよ)
相手は虎君なのに、『お兄ちゃん』なのに、なんでこんなにドキドキしちゃってるんだろう……?
「嘘じゃないよ。……ほら、な?」
僕の手を自分の左胸に導く虎君は、ドキドキしてるだろ? って尋ねてくる。
掌から伝わるのは虎君のぬくもり。そして、僕と同じぐらい早く脈打つ心臓の鼓動。
「本当だ……」
僕だけだと思ってたのに、なんで?
答えが欲しくて虎君を見たら、虎君は何も言わずただ笑って見せる。
触れ合った額。自分の姿が映る虎君の瞳。もう少し上を向けば、虎君の唇に触れてしまいそうな程近い距離……。
(な、んか……『恋人』同士みたい……)
僕の気のせいだとは思うけど、流れる空気が甘いと感じる。
そのせいで錯覚しそうになる。これは『幼馴染』の距離なのか? それとも……?
(ダメだ……。僕には難しすぎる……)
きっと他が見たら『恋人同士』の距離なんだろうけど、僕と虎君は『恋人』じゃない。僕と虎君はただの『幼馴染』だから。
そしてこの距離が『幼馴染』の距離と言うには近すぎるのは分かってる。普通の『幼馴染』はこんな『ゼロ距離』じゃないってみんなから言われているから。
でも僕と虎君には普通の『距離』のはず。『恋人同士』なんかじゃない。
(だって虎君には『好きな人』、いるもんね……)
そうだ。思い出した。虎君には『好きな人』がいる。
それが誰かは分からないけど、虎君の言葉の端々に姿を見せる『その人』は紛れもなく虎君にとって特別な存在だ。そう、きっといつか虎君の一番になる人……。
(今は僕だけど、でも、いつか虎君はその人をこうやって抱きしめるんだろうな……)
ううん。僕はただの『幼馴染』。『その人』は虎君の『恋人』。
だから今よりもずっとずっと優しく『その人』を抱きしめるんだろうな……。
(……なんだろう……。凄く、モヤモヤする……)
虎君が『好きな人』と幸せに暮らす未来を想像しただけなのに、何故か心が痛くなる。
「葵? どうした?」
「え……? 何が?」
「泣きそうな顔してるぞ」
伸びてくる手は頬っぺたに触れる。
虎君を見つめたら優しい眼差しが僕を見つめ返してくれて、何も言葉が出てこなくなる。
だから僕は言葉の代わりに虎君の首に腕を伸ばして抱き着くとそのまま自分の方へと引き寄せた。
「ま、もる?」
「虎君の優しさに感動しちゃった……」
戸惑いを含む声に、虎君が驚いてることは分かった。
だから、一瞬不安を口に出そうかと思った僕は言葉を飲み込むと、心を誤魔化して笑った。
「虎君ってば、本当、僕の事大好きだよね」
茶化す様に続けた言葉は、半分以上僕の願望だ。
虎君の『好きな人』が虎君の隣に立つその時が来るまでは僕が一番でありたいから……。
「今更だな。大好きだって何度も言ってるだろ?」
「『何度も』は言われてないよ?」
「そんなことないだろ?」
「そんなことあるよ」
僕の不安を払拭するかのように抱きしめ返してくれる虎君。
軽口に楽しげな声が返ってきて、たったそれだけのことなのに、嬉しい。
「おかしいな。俺的には毎日伝えてるつもりなんだけどな」
「『つもり』は『つもり』だよ」
僕には伝わってませーん!
なんて、そんな意地悪を言う僕に虎君は「伝わってるくせに」ってくすぐってくる。
「ちょ、止めてよ! くすぐったい! くすぐったいよ!!」
「止めて欲しかったら本当の事を言うんだな」
虎君のくすぐりの手から逃げたいのに、離れがたくて逃げられない。
僕は笑い声を部屋に響かせながらギブアップとばかりに虎君の愛はちゃんと伝わってるって声を上げた。
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