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特別な人
特別な人 第84話
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くすぐりの手は止まったけど、僕達の笑い声は止まらなかった。
抱き合ったままベッドに寝転がって、目が合ってまた笑って……。
(幸せだなぁ……)
これはいつか終わってしまう『幸せ』だけど、『いつか』が来るのはまだ先だと信じてる。
僕はじゃれるように虎君の胸に顔を埋めてそのまま頬を摺り寄せて甘えた。
「っ―――、ま、葵っ、ちょ、もう少し離れ、よ? な?」
「! なんで?」
小さな子どもみたいに甘えてたら、突然引き離される。それが本当に突然で、拒絶された気になってしまう。
不安が顔に出た自覚はあるし、それに虎君が慌てないわけがないってことは分かってる。
でも、不自然なまでに突然引き離された僕は取り繕うどころか心配を煽る行動をとってしまう。
引き離す虎君の腕に抗って再びぎゅっと抱き着いたら、胸元にくっつけた耳に凄く早い心臓の鼓動音が届いた。
(これって僕に抱き着かれるのが嫌だからじゃないよね?)
ドキドキはさっき掌で感じたよりもずっと早いし、嫌ならそもそも抱きしめたりしないはず。それなのにどうして拒絶されるのか分からない。
だから、納得できないから、『離れない』って意思表示のつもりで抱き着く腕に力を込めた。
「こ、こら、葵、離れ―――」
抱きしめてくれていた手が僕をまた引き離そうとする。
でも、押し離されることはなかった。それは何故なら―――。
「葵! 殴られたって本当なの!?」
勢いよくドアが開いた音が虎君の声に重なって耳に届いたと思ったら、「桔梗!?」って姉さんの名前を呼ぶ虎君の声。
どうやら姉さんが帰ってきたみたい。
「お、お前なんで此処に……? てか、講義はどうしたんだ……?」
明らかに狼狽えてる虎君。
虎君の肩越しに部屋を見渡したら、ドアの前に姉さんの姿があって、わざわざ講義を休んで帰ってきてくれたのだと分かった。
「……何してるの?」
目を見開いてこっちを凝視してる姉さんは何故か怒りを押し殺したような声を掛けてくる。
それに僕は『なんで怒ってるんだろう?』って思った。でも虎君がビクッて身体を震わせたから、疑問はそっちに持っていかれる。
(? 虎君、どうしたんだろう? いつもなら止めても喧嘩始めちゃうところなのに)
間違ってもこんな風に驚いたり怯えたような態度はとったりしないのに。
「いや、これは、ちがっ」
「何、してるの?」
慌てふためく虎君は身を捩って姉さんに「落ち着け」って声を掛ける。
でも姉さんは虎君の声を無視してもう一度同じ質問を投げかけてきた。言葉は同じだけど威圧感は全然違ってて、僕ですらちょっと気圧されてしまったぐらいだ。
「ね、姉さん、何怒ってるの……?」
姉弟だから分かる。姉さん、今すぐ怒りを爆発させたいけど理性でそれを抑え込んでるって感じだ。
なんで姉さんが怒ってるかは分からないけど、とりあえず僕達に対してだってことは分かる。
「もう一度だけ聞くわ。何、してるの?」
ゆっくりとベッドに近づいてくる姉さん。
怒りのオーラが見えそうなぐらい殺気立ってる姿に、僕は無意識に虎君にしがみついた。
「き、桔梗、落ち着け、な? 葵が怯えて―――」
「私は、落ち着いてる」
とうとうベッドの前まで辿り着いた姉さん。僕達を見下ろすその形相は、まるで鬼のようだった。
「ね、姉さん、怖いよ……」
いくら普段は優しい姉でも、フランス人形のように整った顔で睨まれたら怖いに決まってる。
僕は助けを求める様に虎君にまたしがみつく。
でも、それが姉さんの怒りを爆発させる着火剤になってしまったようだ。
「あんた、昨日の今日でコレってどういうこと?」
「! 虎君っ!」
姉さんが動いたって思った次の瞬間、そのか細い腕の何処にそんな力があるのかと聞きたくなる力で虎君の胸倉を掴むと、人を殺しそうな形相で凄んできた。
虎君の身が危ないって本能的に感じた僕は、姉さんに『止めて』ってお願いする。でも怒りに支配された姉さんにその声が届くわけもなく……。
「いや、これには理由があって―――」
「『理由』? そう、理由、ね。人の忠告を無視したんだからさぞご立派な理由があるんでしょうね?」
不気味な程笑顔で虎君と顔を突き合わせる姉さんは、「教えてくれる?」って凄んでくる。
抱き合ったままベッドに寝転がって、目が合ってまた笑って……。
(幸せだなぁ……)
これはいつか終わってしまう『幸せ』だけど、『いつか』が来るのはまだ先だと信じてる。
僕はじゃれるように虎君の胸に顔を埋めてそのまま頬を摺り寄せて甘えた。
「っ―――、ま、葵っ、ちょ、もう少し離れ、よ? な?」
「! なんで?」
小さな子どもみたいに甘えてたら、突然引き離される。それが本当に突然で、拒絶された気になってしまう。
不安が顔に出た自覚はあるし、それに虎君が慌てないわけがないってことは分かってる。
でも、不自然なまでに突然引き離された僕は取り繕うどころか心配を煽る行動をとってしまう。
引き離す虎君の腕に抗って再びぎゅっと抱き着いたら、胸元にくっつけた耳に凄く早い心臓の鼓動音が届いた。
(これって僕に抱き着かれるのが嫌だからじゃないよね?)
ドキドキはさっき掌で感じたよりもずっと早いし、嫌ならそもそも抱きしめたりしないはず。それなのにどうして拒絶されるのか分からない。
だから、納得できないから、『離れない』って意思表示のつもりで抱き着く腕に力を込めた。
「こ、こら、葵、離れ―――」
抱きしめてくれていた手が僕をまた引き離そうとする。
でも、押し離されることはなかった。それは何故なら―――。
「葵! 殴られたって本当なの!?」
勢いよくドアが開いた音が虎君の声に重なって耳に届いたと思ったら、「桔梗!?」って姉さんの名前を呼ぶ虎君の声。
どうやら姉さんが帰ってきたみたい。
「お、お前なんで此処に……? てか、講義はどうしたんだ……?」
明らかに狼狽えてる虎君。
虎君の肩越しに部屋を見渡したら、ドアの前に姉さんの姿があって、わざわざ講義を休んで帰ってきてくれたのだと分かった。
「……何してるの?」
目を見開いてこっちを凝視してる姉さんは何故か怒りを押し殺したような声を掛けてくる。
それに僕は『なんで怒ってるんだろう?』って思った。でも虎君がビクッて身体を震わせたから、疑問はそっちに持っていかれる。
(? 虎君、どうしたんだろう? いつもなら止めても喧嘩始めちゃうところなのに)
間違ってもこんな風に驚いたり怯えたような態度はとったりしないのに。
「いや、これは、ちがっ」
「何、してるの?」
慌てふためく虎君は身を捩って姉さんに「落ち着け」って声を掛ける。
でも姉さんは虎君の声を無視してもう一度同じ質問を投げかけてきた。言葉は同じだけど威圧感は全然違ってて、僕ですらちょっと気圧されてしまったぐらいだ。
「ね、姉さん、何怒ってるの……?」
姉弟だから分かる。姉さん、今すぐ怒りを爆発させたいけど理性でそれを抑え込んでるって感じだ。
なんで姉さんが怒ってるかは分からないけど、とりあえず僕達に対してだってことは分かる。
「もう一度だけ聞くわ。何、してるの?」
ゆっくりとベッドに近づいてくる姉さん。
怒りのオーラが見えそうなぐらい殺気立ってる姿に、僕は無意識に虎君にしがみついた。
「き、桔梗、落ち着け、な? 葵が怯えて―――」
「私は、落ち着いてる」
とうとうベッドの前まで辿り着いた姉さん。僕達を見下ろすその形相は、まるで鬼のようだった。
「ね、姉さん、怖いよ……」
いくら普段は優しい姉でも、フランス人形のように整った顔で睨まれたら怖いに決まってる。
僕は助けを求める様に虎君にまたしがみつく。
でも、それが姉さんの怒りを爆発させる着火剤になってしまったようだ。
「あんた、昨日の今日でコレってどういうこと?」
「! 虎君っ!」
姉さんが動いたって思った次の瞬間、そのか細い腕の何処にそんな力があるのかと聞きたくなる力で虎君の胸倉を掴むと、人を殺しそうな形相で凄んできた。
虎君の身が危ないって本能的に感じた僕は、姉さんに『止めて』ってお願いする。でも怒りに支配された姉さんにその声が届くわけもなく……。
「いや、これには理由があって―――」
「『理由』? そう、理由、ね。人の忠告を無視したんだからさぞご立派な理由があるんでしょうね?」
不気味な程笑顔で虎君と顔を突き合わせる姉さんは、「教えてくれる?」って凄んでくる。
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