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特別な人
特別な人 第89話
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「……虎兄、それ冗談?」
「! そ、そうだよね。びっくりした!」
信じられないって顔してる瑛大。
僕は瑛大の声に虎君が応えるより先に笑ってしまった。虎君ってば真顔で冗談言わないでよ。って。
(だって虎君、僕の事甘やかしてるってちゃんと自覚してるって前言ってたもん)
そう言ってクスクス笑う僕だけど、虎君は「冗談なんて言ってないぞ」って苦笑を漏らす。
「えぇ? でも前言って―――」
「他人の前で葵を甘やかしたことはないって話だよ」
虎君自身が言ったくせに!
そう詰め寄ろうとしたら、虎君は先回りとばかりに僕の声に声を被せてきた。
穏やかな声だったけど言葉はしっかり届いたし、意味だって理解できた。
でも、不意打ちの告白に僕は狼狽えてしまう。きっと顔も真っ赤になってるに違いない。
「そ、そんなことないよ!? 虎君、みんなの前でも全然甘やかしてるよ!?」
「それはまぁ癖みたいなもんだし、な。でも、一応セーブはしてるだろ?」
頬っぺたに伸びてきた虎君の手。大きな掌は簡単に僕の頬っぺたを包み込んでしまって、視線を向けた先にある目尻を下げた笑い顔は優しくて、僕はただ黙って頷くことしかできなかった。
「えーっと……、俺、居るんだけど?」
「知ってる。わざとだ」
「! 性格悪ぃよ、虎兄」
遠慮がちな声は瑛大のモノ。虎君はその声に僕から手を離すと、悪戯に笑う。サボってた罰だ。って。
瑛大はサボってないって反論して、さっきと違って凄く楽しそうに笑ってる。
そんな二人の姿に僕はちょっとだけもやっとしてしまった。
(瑛大をからかうために僕を巻き込むって酷い……)
さっきもらった言葉も笑顔も温もりも、全部瑛大をからかうため。
そう思ったら、全然笑えないし楽しいとも思えなかった。
「その段ボールは此処において次の持ってこい」
「人使い荒いって」
「その為に呼び出したんだからこれぐらい当然だろうが。無駄口叩いてないでさっさと行けって」
追い払うように瑛大を邪険に扱う虎君。でもそれが冗談交じりだってわかってるから瑛大も軽口を返しながら次の段ボールを取りに部屋を出て行った。
きっと虎君はこのまま机の組み立てを再開するんだろうな。って思ったら、ついつい拗ねた顔になってしまう。
でも、僕に言わせたらそれも仕方ない。だって、僕は都合よく扱われただけだったんだもん。
(『嬉しい』って思ったりして、馬鹿みたい……)
完全な八つ当たりだってことは分かってる。でも、モヤモヤしてしまうものはしかたない。
気持ちはすっかり落ち込んでしまって俯いたままの僕。
視界には虎君の足。そのまま視界から消えてしまうと思ってたそれはまだ僕の目に映ってて……。
「……どうして行かないの?」
「葵が拗ねてるから、ご機嫌取ろうと思って」
「別に拗ねてない……」
俯いてぶっきらぼうな返事して、何処が拗ねてないんだか。
自分で自分に呆れながらも変な意地が邪魔して顔を上げられない。
すると視界にあった虎君の足が一歩踏み出されて、そのまま僕は虎君に抱きしめられた。
「葵、違ったら訂正して? 葵が不機嫌になってるのって、俺が瑛大をからかうために葵に優しくしたって思ったから?」
さっきまでと全然違い声色。それは穏やかで優しくて、それでいて甘い感じがした。
大切な宝物を触るように抱きしめてくれる腕に、気がついたら僕はおずおずと背中に手を回して「違わない……」って応えてた。
「馬鹿だな。そんなわけないだろ?」
「でも、瑛大をからかうために『わざと』したんでしょ?」
「瑛大をからかうために『わざと』葵に優しくしたわけじゃなくて、瑛大に分からせるために『わざと』葵に優しくしたんだよ」
頭上からチュッて音がして、髪にキスされたって分かる。
僕はそんなキスに騙されないんだからって虎君を見上げた。
「意味わかんないよ」
「んー……、そうだな。俺がどれだけ葵を大事にしてるか瑛大に分からせたかった。って言ったら伝わる?」
恨めしそうに睨む僕の眼差しに虎君が返すのは困った顔でも戸惑った顔でもなくて、慈しむような笑顔だった。
「! そ、そうだよね。びっくりした!」
信じられないって顔してる瑛大。
僕は瑛大の声に虎君が応えるより先に笑ってしまった。虎君ってば真顔で冗談言わないでよ。って。
(だって虎君、僕の事甘やかしてるってちゃんと自覚してるって前言ってたもん)
そう言ってクスクス笑う僕だけど、虎君は「冗談なんて言ってないぞ」って苦笑を漏らす。
「えぇ? でも前言って―――」
「他人の前で葵を甘やかしたことはないって話だよ」
虎君自身が言ったくせに!
そう詰め寄ろうとしたら、虎君は先回りとばかりに僕の声に声を被せてきた。
穏やかな声だったけど言葉はしっかり届いたし、意味だって理解できた。
でも、不意打ちの告白に僕は狼狽えてしまう。きっと顔も真っ赤になってるに違いない。
「そ、そんなことないよ!? 虎君、みんなの前でも全然甘やかしてるよ!?」
「それはまぁ癖みたいなもんだし、な。でも、一応セーブはしてるだろ?」
頬っぺたに伸びてきた虎君の手。大きな掌は簡単に僕の頬っぺたを包み込んでしまって、視線を向けた先にある目尻を下げた笑い顔は優しくて、僕はただ黙って頷くことしかできなかった。
「えーっと……、俺、居るんだけど?」
「知ってる。わざとだ」
「! 性格悪ぃよ、虎兄」
遠慮がちな声は瑛大のモノ。虎君はその声に僕から手を離すと、悪戯に笑う。サボってた罰だ。って。
瑛大はサボってないって反論して、さっきと違って凄く楽しそうに笑ってる。
そんな二人の姿に僕はちょっとだけもやっとしてしまった。
(瑛大をからかうために僕を巻き込むって酷い……)
さっきもらった言葉も笑顔も温もりも、全部瑛大をからかうため。
そう思ったら、全然笑えないし楽しいとも思えなかった。
「その段ボールは此処において次の持ってこい」
「人使い荒いって」
「その為に呼び出したんだからこれぐらい当然だろうが。無駄口叩いてないでさっさと行けって」
追い払うように瑛大を邪険に扱う虎君。でもそれが冗談交じりだってわかってるから瑛大も軽口を返しながら次の段ボールを取りに部屋を出て行った。
きっと虎君はこのまま机の組み立てを再開するんだろうな。って思ったら、ついつい拗ねた顔になってしまう。
でも、僕に言わせたらそれも仕方ない。だって、僕は都合よく扱われただけだったんだもん。
(『嬉しい』って思ったりして、馬鹿みたい……)
完全な八つ当たりだってことは分かってる。でも、モヤモヤしてしまうものはしかたない。
気持ちはすっかり落ち込んでしまって俯いたままの僕。
視界には虎君の足。そのまま視界から消えてしまうと思ってたそれはまだ僕の目に映ってて……。
「……どうして行かないの?」
「葵が拗ねてるから、ご機嫌取ろうと思って」
「別に拗ねてない……」
俯いてぶっきらぼうな返事して、何処が拗ねてないんだか。
自分で自分に呆れながらも変な意地が邪魔して顔を上げられない。
すると視界にあった虎君の足が一歩踏み出されて、そのまま僕は虎君に抱きしめられた。
「葵、違ったら訂正して? 葵が不機嫌になってるのって、俺が瑛大をからかうために葵に優しくしたって思ったから?」
さっきまでと全然違い声色。それは穏やかで優しくて、それでいて甘い感じがした。
大切な宝物を触るように抱きしめてくれる腕に、気がついたら僕はおずおずと背中に手を回して「違わない……」って応えてた。
「馬鹿だな。そんなわけないだろ?」
「でも、瑛大をからかうために『わざと』したんでしょ?」
「瑛大をからかうために『わざと』葵に優しくしたわけじゃなくて、瑛大に分からせるために『わざと』葵に優しくしたんだよ」
頭上からチュッて音がして、髪にキスされたって分かる。
僕はそんなキスに騙されないんだからって虎君を見上げた。
「意味わかんないよ」
「んー……、そうだな。俺がどれだけ葵を大事にしてるか瑛大に分からせたかった。って言ったら伝わる?」
恨めしそうに睨む僕の眼差しに虎君が返すのは困った顔でも戸惑った顔でもなくて、慈しむような笑顔だった。
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