特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第116話

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「俺が知ってるのは『切欠』だな。……でもたぶんそれがずっと瑛大には引っかかってるんだと思う」
「! それ、何? 僕、瑛大に何しちゃったの?!」
 茂斗は言った。瑛大が変わってしまった『切欠』を知ってる。って。
 僕はその言葉に思わず茂斗に詰め寄ってしまった。本当に知ってるの!? って、なんで今まで教えてくれなかったの!? って。
「落ち着けよ、ちゃんと説明するから」
「落ち着けないよ! 僕は瑛大に何したの!?」
 茂斗はずっと前から知ってた。僕が瑛大にしてしまった『何か』がどんなことなのか。
 でも、茂斗が今までずっと何も言わなかったのは、それがきっと僕の為にならないって判断したから。自惚れじゃなくて、茂斗は凪ちゃんと僕を守るためなら他人が傷つくことを厭わないから。
 だから、言わなかったのは僕が傷つくって思ったから。僕が自分の行動に壊れてしまうと思ったから……。
(僕、何しちゃったんだろう……。怖いよ……、虎君……)
 茂斗が黙ってる程のことなんだって思ったら、足が震えて立ってられなくなりそう。
 でも、ここで恐怖を見せたら茂斗は教えてくれないって思ったから、何とか耐えた。耐えようと思った。けど……。
「待て待て待て。何考えてんだバカ」
「な、にも考えてないっ」
 流石茂斗、すぐ見抜いちゃうんだから。って思ったけど、真っ青な顔してたら茂斗じゃなくても分かるよね……。
「嘘吐け! 青い顔して強がんなよ!」
「本当だもんっ。……強がってないし、不安にもなってないし……」
「『不安』って……。! もしかして俺が瑛大が怒ってた『原因』を黙ってたからか?」
 僕の精一杯の強がりに、茂斗は僕の考えてることを理解したって顔をして見せる。
 そしてすぐ、安心したように笑って「早とちりしすぎだ」って僕の髪をぐしゃぐしゃとかき乱してくる。
「黙ってたのは虎から口止めされてたからだよ。お前が『何か』したわけじゃないから、安心しろよ」
「え……? どういうこと? 虎君がなんで……?」
「俺と瑛大がお前を問い詰めようとしたのを止めたのが虎なんだよ。『葵が話してくれるまで待とう』ってな。……本当、あいつはお前を大事にしてるよ」
 当時は瑛大程じゃないにしろ俺も納得できなかったところはあるからな。
 そう笑う茂斗。僕は話が見えなくて眉を下げてしまう。
 そして、怖くなる。虎君も僕が瑛大に与えた『切欠』を知ってるんだって思ったら目の前が真っ暗になりそうだった。
「どういうこと……? 分かるように、説明してよ……」
「3年前の話だよ。お前がいきなりクライストに外部受験するって言った時、お前、俺らに嘘吐いただろ?」
「!」
 望めば返される答え。
 茂斗は困ったように笑いながら、僕がみんなに説明した『理由』を信じてる人は家族にはいないって言ってくる。何か隠してることは明らかだったから。って。
 それなのに誰も何も言わなかったのは、僕が『本当の理由』を言わなかったのは何か理由があるはずだと信じてくれたから。だから問い詰めず、騙された振りをし続けてくれている。
 茂斗の言葉に、僕は頭が真っ白になった。隠せていると、思っていたから……。
「……安心しろよ。『真相を教えろ』なんて今更言わねぇーよ。そもそも聞いて答えられることなら、もう話してくれてるだろ?」
「茂斗……」
「まぁこれは虎からの受け売りだけどな」
 混乱する僕に、『だから落ち着け』って茂斗の目が言ってる。
 『問い詰めることはしない』って言葉に、不安が少し和らいだ。
「でも、瑛大は全然納得できなかったんだよ。虎の命令だし納得した振りはしたんだろうけど、不安や疑心は消せなかったんだろうな。気持ちに折り合いつけるどころか疑心に飲み込まれてあの様だし」
 最近の瑛大の様子を思い出してるのか、茂斗は空笑い。きっと瑛大の事だからハブられたと思ったんだろうな。って。
「な、んで……?」
 僕は、誰にも『真実』は話してない。それなのにどうして瑛大が『仲間外れ』だと感じるんだろう……?
 瑛大の感性が分からないって顔に出ちゃったのかな。茂斗は「分かんねぇ?」って苦笑いを浮かべた。
「藤原は知ってるんだろ?」
「! そ、それは……」
 薄々予想はしてたけど、出てきた名前に肩が震える。
 感の良い茂斗が、何か気づいてしまうかもしれない……。
 僕にはそれがとても怖かった。でも、絶対に『真実』は知られちゃダメだって拳を握り締めた。
「……瑛大は藤原のこと『一番の親友だ』って言ってたから、葵と藤原が共有してる『秘密』が知りたくて仕方なかったんだろうな」
 一番の親友だから、誰よりも信じてる友達だから、他言できない『秘密』も共有して欲しい。
 瑛大はそう望んでた。そう、確かにそう望んでた。僕と慶史はあの時、あの日、瑛大から『どうして?』と聞かれたから……。
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