特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第136話

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「あれ? 遅かった?」
 ノックの後開く部屋のドア。
 ベッドに座っていろんなことを反芻していた僕の耳に届くのは、驚いた虎君の声。
 その声に今度は僕が驚いて振り返ったら、虎君は「いつもより早いぐらいなのに」って時計を確認してる。
「虎君……」
 不思議そうな虎君。起こされる前に葵が起きてるなんて今日は雨かな? なんて笑いながら。
 その笑い顔に、いつもなら『ひどい!』って怒ってたはず。
 でも、自覚してしまった気持ちに僕が返せる反応は怒りではなくて……。
「葵? どうした? 顔、赤いぞ?」
 もしかして熱があるのか?
 なんて、怒らずに赤面する僕に虎君が見せるのは心配そうな顔。
 僕の前まで歩み寄ってくると膝を折って顔を覗き込んでくる虎君は、小さい頃に読んでもらった絵本に出てくる王子様みたいだった。
(ダメだ……、虎君の顔、見れない……)
 僕の体調を心配して額に手を伸ばしてくる虎君はいつも通り。でも僕はそんな虎君にドキドキしてしまって、目を閉じてしまう。
 額に触れる虎君の手は僕の体温よりも冷たくて、気持ちよかった……。
「熱はなさそうだな……。薄着のせいかな……?」
 離れる手が、淋しい。
 思わず目を開けたら、虎君はベッドサイドに置いといたストールに手を伸ばすと、それを広げてパジャマ姿の僕を包むように抱きしめてきた。
 突然の抱擁に、治まりかけていたドキドキはさっきよりも酷くなる。
(心臓、痛い……)
 我ながらドキドキしすぎだって思うんだけど、でも仕方ないよね? だって僕、虎君の事が好きなんだから……。
「……葵」
「! な、なに……?」
「昨日はごめんな……? 一人にして本当に悪かった」
 返事をしただけなのに、心臓が口から飛び出そう。
 このドキドキが虎君にバレませんように……! って祈ってたら、虎君が続けたのは辛そうな声で、一瞬何に対して謝られてるのか分からなかった。
 でも、ぎゅって抱きしめる腕に力を込めらて、「昨日は心配で頭がどうかなるかと思った」って言われて、思い出す。僕が昨日の夜、虎君にすごく心配をかけてしまっていたことを。
「ちゃんと眠れたか……?」
 心配をかけるだけかけておいて忘れてたなんて言い辛い。
 慌てて虎君を見上げれば、さっきの言葉が嘘じゃないって分かるその表情に胸がきゅんとした。
(うわっ……。今まで気づかなかったけど、僕、凄く大切にされてるっ……)
 自分が思ってた以上に虎君は僕を大事にしてくれてる。
 それがヒシヒシと伝わってきて、僕の思考は虎君でいっぱいになった。
 きっと今の僕の顔は真っ赤だろうし、虎君を見つめる眼差しに『大好き』が隠せてる気がしない。
 でも、それでも虎君から目が離せなくて……。
「葵?」
「! あ……、ご、ごめん……」
 虎君に見惚れてたら、困ったような顔で名前を呼ばれる。
 我に返って、見過ぎてたって反省。不自然にならないように視線を外すんだけど、俯いたら意味がないって後から気が付いた。
「なんで謝るんだよ?」
「だ、だって、『見過ぎ』って思ってたでしょ……?」
「? いや、なんでそんな可愛い顔してるんだろうって思っただけだよ?」
 変だって思われたと思ったのに、虎君は『可愛い』って抱きしめる腕に力を込めてくる。昨日のこともあるし、泣きそうな顔よりも安心できるからよかった。って。
「……心配、してくれてたの?」
「だからそう言ってるだろ? 引かれるかもしれないけど、心配し過ぎで一睡もできなかったんだからな」
 抱きしめられるがまま虎君の腕の中で擦り寄れば、安堵の息と一緒に貰うのはまさかの言葉。
 一睡もしてないの!? って驚いて顔を上げようとしたけど、虎君に抱きすくめられて顔は上げられなかった。
「だ、大丈夫なの……? 眠くない……?」
「大丈夫だよ。今日は午後からの講義しかないし、葵を送ったら寝に帰るつもり」
 だから心配しなくていいって言ってくれる虎君。
 その言葉に僕は申し訳ないって思うよりも先に『嬉しい』って思っちゃう。虎君に心配かけて無理させてるって分かってるのに、どうしても『好き』って気持ちが先にでちゃう。
(今日ぐらい自分で行くって言うべきなんだろうけど、でも、一緒に居たいんだもん……)
 僕は虎君の優しさに甘えるように抱き着くと、虎君に聞こえないように「我儘でごめんね……」って謝った。
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