特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第137話

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「どうした……? 今日は随分甘えん坊だな……?」
 力いっぱい抱き着いちゃったせいか、虎君は優しい声で僕を宥めてくる。
 でもその声がとても甘くて、抱きしめてくれる腕の強さに自覚した『想い』が深まるのを感じた。
(好き……。僕、虎君のこと、すごく好きだ……)
 どうして今まで気づかずにいられたのか不思議になるぐらい、僕は虎君のことが好き。
 胸に落ちてきた『想い』は、きっとこれからもっともっと大きくなる。
 それは確信に似た予感。
 僕は虎君の胸に甘えるように頬を摺り寄せて「甘えちゃだめ?」って尋ねた。
「ダメじゃないよ。葵を甘やかすのは俺だけの仕事なんだから」
「と、虎君『だけ』の?」
「そう。違った?」
 虎君の言葉はいつも通り。でも、言葉を受け取る僕はいつも通りにはなれない……。
(ど、どうしよ……。嬉しすぎて泣きそうっ……)
 虎君は僕を抱きしめて、笑う。どうしたの? て。
「ち、がわない……」
「ん?」
「違わない、って、言ったの……」
 嬉し泣きしないように表情をこわばらせながら虎君を見上げたら、びっくりしてる虎君の顔がすぐそばに。
 でも、驚いた後すぐに微笑んで「だろ?」って言いながら目尻にキスしてきて、僕の心臓は本当に止まってしまいそうなぐらい早く鼓動した。
(好きっ……虎君、大好きぃ……)
 チュッて音と共に目尻から離れる唇。
 僕の『想い』は爆発寸前。ううん。もう溢れ出すのを止められない。
「虎君、大好きっ……」
 思わず唇から零れた『想い』。
 勢い余った自分が恥ずかしいけど、本当のことだから僕は虎君を見つめて返事を求めた。
「俺も葵が大好きだよ」
「! 本当?」
「当たり前だろ?」
 目尻を下げて返される言葉は、僕を幸せの絶頂に導いてくれる。
 嘘じゃない? ってせっつく僕に返されるのは、嘘じゃないよって言う虎君の笑い顔。
 それが本当に嬉しくて幸せで、僕はもう一度虎君にぎゅーって抱き着いてしまう。
(信じられないっ……。だってこれって『両想い』、だよね?)
 大好きな人から『大好き』を返してもらえる。
 それがこんなに幸せなことだなんて、僕は全然知らなかった。
 ううん。結婚して20年も経ってるのに未だにラブラブな父さんと母さんを見ていたから、『幸せ』だとは思ってた。でも、思っていたよりもずっとずっと『幸せ』ってこと。
 僕は虎君の胸に顔を埋めて『大好き』を込めて額を摺り寄せ、ずっとこのままでいたいって『恋』に浮かされる。
 でも、僕が感じていた『幸せ』は、どうやら早とちりだったみたいだ。
「何度も言ってるんだから、いい加減疑わないでくれよ。葵は俺の大事な『弟』なんだから大好きに決まってるんだし」
「! え……?」
「だから、俺が葵を『大好き』じゃないわけないだろ?」
 聞こえた言葉の真意を知りたくて顔を上げたら、いつもと同じ優しい笑顔。でも……。
(あ……、そ、そっか……『弟』として、か……)
 舞い上がっていた気持ちが急激に冷え、それと同時に冷静な自分が顔を出す。『当然だろうが』って。
 僕は、虎君の事が『特別』って意味で『大好き』って伝えた。
 でも虎君は、いつも通り『家族』って意味で『大好き』って返してくれていた。
 冷静に考えれば誤解しようがない事なのに、『想い』を自覚した僕は相当『色惚け』になっていたようだ。
(そうだよね……。虎君も僕の事……ってそんなことあるわけない、よね……)
 分かっていたのに、自分でも覚悟していた事なのに、一瞬味わった『幸せ』が忘れられない。
 本当、『両想い』だと勘違いしてたのは数分だけだったのに、その数分が今の僕には全てに思えた。
(ダメ。泣くな。泣くなっ! 僕が勝手に勘違いしただけなんだから、虎君の迷惑になるっ)
 虎君を困らせたくないから泣くな。なんて、ただの強がり。本当はこの『想い』を知られて虎君の笑顔が消えてしまうのが怖いだけ。
 でも、それは当たり前だと思う。だって僕は虎君の事が本当に本当に大好きなんだから……。
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