特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第138話

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 茂斗は虎君が同性の恋愛を否定したりしないと言った。きっとそれは真実だと今は素直に思えた。
 でも、否定しないだけであって同性と恋愛ができるわけじゃない。誰かを想う気持ちを大切だと思っているからといって虎君が同じ男で家族同然の僕をそういう意味で好きになってくれる訳じゃない。
 分かっていたことなのに全然理解できてなかった。僕は、ただ『知っていた』だけだ。
(それなのに勘違いして、僕って本当にバカだ……)
 鼻がツンとして熱い。ああでもこのまま泣いたら虎君に全部話さなくちゃダメになる。
 僕は、『弟』から愛を告白されて困る虎君を見れるほど図太くなかった。
 だから、逃げなくちゃ。名残惜しいけど、この腕から抜け出さないと。
「せ、せっかく早起きしたんだし、今日はいつもより早く家出よう?」
「葵?」
「そうすれば虎君もたくさん寝れるでしょ?」
 後ろ髪を引かれながらも虎君の腕から抜け出すと、自分でも不自然だと思うほど明るい声で尤もらしい言葉を綴りながら部屋のドアへと駆けて行く。
 きっと、ううん、虎君はこんな僕を変だって思ったはず。思って、くれるはず……。
「葵、待って」
「え? どうしたの?」
 呼び止められるのが、嬉しい。
 でも涙目になってるから振り返ることはできない。
 きっと、泣きそうになってるって虎君に気づかれたくないなら、聞こえなかった振りをして部屋を出ていくのが正解。
 けど、それなのに僕は、僕を呼び止めてくれた虎君を振り切ることができない。
(期待しちゃダメだって事ぐらい分かってるけど、一日経たずに忘れる努力なんてしたくない……)
 自覚した『想い』は報われることはない。
 だから早く諦めた方が傷は少ないだろうし、虎君から『ごめん』って言われるシーンを想像して落ち込むなんて馬鹿な事をしなくて済むはず。
 本当、ちゃんと分かってる。理解してる。
 でも、それでも僕の中でいつの間にか育っていた『想い』を、気づいたからと言ってすぐに刈り取る事はしたくなかった。
(今日一日だけ、楽しんでもいいよね……? 明日からはちゃんとこの『想い』を忘れるようにするから……)
 別に自分の事なんだから許可を求める必要なんてない。
 それなのにこんな風に自分に聞いちゃうのは、誰かに『好きでいていいよ』って言って欲しいからだ。
(人を好きになるって、難しいなぁ……)
 愛し愛され幸せな日々を送る人達がいる。とても身近に。だから、自分も好きな人に好きになってもらえると無意識に信じていたのかもしれない。
 それなのに現実は全然違ってて、好きな人に好きになってもらうことはこんなにも難しい。
(いや、『好き』はもらってるんだけどね。でも、やっぱり同じ『好き』が良い……)
 虎君から同じ『好き』を貰えたら、僕はきっと夢よりもずっとずっと幸せになれると思うのに……。
 そんな風に物思いに耽っていた僕だけど、ふと背中に感じる人の気配。振り返らなくても虎君だって分かってるから、ドキドキした。
「なぁ、やっぱり何かあっただろ? 空元気だってバレてるぞ?」
 すごいな、虎君は。本当、僕の事よく見てる。ちゃんと、気づいてくれる……。
 ポンって頭に乗せらえる大きな手。無理矢理振り向かせたりしないその優しさが、今はちょっとだけもどかしかった。
「虎君には、なんでもお見通しだね」
「隠し事は苦手なんだし、その方が葵も楽だろ?」
 僕を理解してくれる虎君は、本当に本当に自慢の『お兄ちゃん』だ。
 僕が辛い時も悲しい時も、僕が言葉に出す前に全て汲み取ってくれる。そして、辛い事を、悲しい事を、僕の背中から半分持って行ってくれる……。
(本当、好きになって当たり前だよね)
 自覚した途端、あれもこれもと溢れてくる思い出。そのどれもがとても優しくて、とても頼りになって、そしてちょっとだけ甘かったりした。
 参ったな。僕はいったいいつから虎君のことが好きだったんだろう?
 そんなことを内心思いながらも、僕は『でもね』って心の中で虎君に話しかけた。
(この『想い』は、気づかないでね……?)
 僕は虎君の傍にいたいから、ずっと傍にいたいから、だから、さっきみたいな勘違いはしないから、どうか、お願い……。
「どうした……?」
「なんでもない……。僕って虎君に頼りっぱなしだなってちょっと反省しただけ!」
 振り向けない。『想い』を隠したい。
 僕は、一見するとバレバレの嘘を吐く。でも、織り交ぜた『本当』を虎君が拾ってくれるって思ったから、『想い』は隠すことができた。
「俺はもっと葵に頼って欲しいよ? ……『誰』に『何』を言われても、俺はこれからも葵を甘やかすからな?」
 虎君は言葉を明確にしなかったけど、きっとこう言いたいんだろうな。『瑛大に言われたことなんて気にするな』って。
(そういうところも大好き……)
 実の従弟よりも優先してくれる虎君に、想いは膨れ上がるばかりだ。
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