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特別な人
特別な人 第159話
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「つねってないし痛いわけないでしょ!? ったく、ちょっとは力加減してくれませんか? 手形付いちゃったんですけどっ!」
「藤原の言い分は聞いてない。俺は今葵に聞いてるんだけど?」
手首を擦って虎君の言動を責める慶史。でも、責められた虎君は悪びれた様子もなく、「『痛い』と言えなかったとは考えないのか?」って逆に慶史の言動を責めた。
その言葉に、僕を気遣ってくれていただけの慶史は当然カチンときたみたいで、そもそも誰のせいだと虎君に噛みついた。
「? どういう意味だ?」
「まさか気づいてないんですか? 葵の『お兄さん』なのに?」
虎君のことをわざとらしく挑発する慶史の言葉に、聞いていた僕もダメージを受ける。虎君にとって僕は『弟的存在』なんだって改めて思い知らされたから。
「お、オイ、慶史、何キレてんだよっ」
「悠栖は黙ってて。てか、悠栖も後でペナルティだからね」
ピリピリした車内の空気に耐えかねた悠栖の戸惑いを含んだ声。その窘めるような物言いに、慶史は事の発端となった張本人のくせにと怒りをぶつけた。
でも、自覚の無い悠栖からすれば慶史のこの怒りはただの八つ当たりにしか映らない。『後でペナルティ』と言われて「なんで俺が!?」と声を荒げていた。
(ど、どうしよう……。僕のせいだ……。僕が悠栖に嫉妬しちゃったから、慶史はただ僕を励ましてくれただけなのに……)
僕がヤキモチなんて妬かなかったら、きっと今頃みんな楽しい時間を過ごせていたはず。それなのに僕が独占欲を抑えられずに不機嫌になっちゃったから、こんな嫌な空気になっちゃったんだ。
自分の振る舞いのせいでみんなに嫌な思いをさせてしまっている。その事実が重く圧しかかって、自分がこんな醜い人間だったなんてとショックを受けずにいられなかった。
「信号、変わりましたよ」
一触即発だった車内の雰囲気にストップをかけるのは、朋喜の声だ。その声はいつもの楽しげなものとは違って呆れたような色を含んでいて、『いい加減にして』と言いたげだった。
虎君は僕のほっぺたから手を放すと、何も言わず再び車を走らせる。
慶史も不機嫌な表情のままシートにもたれて窓の外を見てるし、悠栖も眉間に皺を刻んだままムスッとして黙りこんでしまう。
(どうしたらいいんだろう……。どうしたらみんな機嫌直してくれるのかな……)
僕のせいなんだから僕が何とかしないと。
そう思うものの名案は全然思い浮かばなくて、静まり返った車内の空気に今度は別の意味で胃が痛くなった。
すると、そんな空気に痺れを切らしたのか、朋喜が口を開いた。
「ねぇ、悠栖も慶史君も、いつまでそんな不機嫌オーラ出してるつもり?」
「! 別に不機嫌じゃねぇーし!」
「それ、本気で言ってる? 本気で僕と葵君に嫌な思いさせてるって自覚、全く無いの?」
「うっ……。そ、それは……」
朋喜の言葉に反応を返したのは悠栖だけだったけど、その反応に言葉を返す朋喜は慶史にも『いい加減にして』って言ってるみたいだった。
「だ、だって慶史がっ! 俺、なんもしてねぇーのに、慶史がっ!」
「本当に『何もしてない』なら慶史君が怒るわけ無いでしょ」
『俺は悪くない!』って言いたげな悠栖。でも朋喜はそれを一刀両断すると、慶史が怒った『理由』を悠栖に喋ってしまう。
「悠栖が考えなしに葵君のお兄さんに馴れ馴れしくするから悪いんでしょ」
「! と、朋喜っ!!」
はっきりとじゃないにしろ僕が悠栖に『嫉妬』したことをバラされてしまって、焦る。だって、僕に聞こえたってことは朋喜の真ん前にいる虎君に聞こえてないわけがないから。
「え、もしかしてマモ、俺に嫉妬して―――」
「わー! わー! わー!」
朋喜の言葉にフリーズしてた僕だけど、一応気を使って朋喜がぼかしてくれた言葉をはっきり言い直す悠栖に固まったままではいられなかった。
僕は大声で叫びながら身を捩ると悠栖に言っちゃダメだと必死に訴えた。それに悠栖も我に返ったのか、「あ、ヤベっ」と自分の口を塞いでこれ以上失言を溢さないように試みるんだけど、もう遅い。
(絶対、絶対虎君、聞こえたよね? 今の、聞こえて、全部気づいちゃったよね……?)
察しの良い虎君のことだし、絶対に気づかれた。僕が虎君のこと大好きだって、告白する前に知られちゃった。
恥ずかしさに真っ赤になっていただろう顔から、虎君に知られてしまった絶望に血の気が引いていく。
車内に流れるのは、沈黙。それはさっきまでのようにピリピリしたものじゃないけど、僕はさっきまでよりも生きた心地がしなかった。
「葵」
「! な、なに!? 虎君、どうしたの!?」
必死に言い訳を考えていたら、突然虎君に名前を呼ばれた。
ビックリしすぎて上擦った声で返した言葉は明らかに震えていたし、おまけに声量も抑えられずに大声に近かった。
「今の、どういうこと?」
「! い、今の、は、その……」
僕とは反対に、虎君の声は静か。その感情が伺えないぐらいに平坦な声色に、僕の心は急激に冷えていった。
(これ、ダメなやつだ……)
普段のような優しさも慈しみも無い声から感じるのは、虎君の戸惑い。それは紛れもなく僕の『想い』に対するものだろう。
虎君が僕の『想い』をよく想っていないかもしれないと感じるには十分すぎる反応だった……。
「藤原の言い分は聞いてない。俺は今葵に聞いてるんだけど?」
手首を擦って虎君の言動を責める慶史。でも、責められた虎君は悪びれた様子もなく、「『痛い』と言えなかったとは考えないのか?」って逆に慶史の言動を責めた。
その言葉に、僕を気遣ってくれていただけの慶史は当然カチンときたみたいで、そもそも誰のせいだと虎君に噛みついた。
「? どういう意味だ?」
「まさか気づいてないんですか? 葵の『お兄さん』なのに?」
虎君のことをわざとらしく挑発する慶史の言葉に、聞いていた僕もダメージを受ける。虎君にとって僕は『弟的存在』なんだって改めて思い知らされたから。
「お、オイ、慶史、何キレてんだよっ」
「悠栖は黙ってて。てか、悠栖も後でペナルティだからね」
ピリピリした車内の空気に耐えかねた悠栖の戸惑いを含んだ声。その窘めるような物言いに、慶史は事の発端となった張本人のくせにと怒りをぶつけた。
でも、自覚の無い悠栖からすれば慶史のこの怒りはただの八つ当たりにしか映らない。『後でペナルティ』と言われて「なんで俺が!?」と声を荒げていた。
(ど、どうしよう……。僕のせいだ……。僕が悠栖に嫉妬しちゃったから、慶史はただ僕を励ましてくれただけなのに……)
僕がヤキモチなんて妬かなかったら、きっと今頃みんな楽しい時間を過ごせていたはず。それなのに僕が独占欲を抑えられずに不機嫌になっちゃったから、こんな嫌な空気になっちゃったんだ。
自分の振る舞いのせいでみんなに嫌な思いをさせてしまっている。その事実が重く圧しかかって、自分がこんな醜い人間だったなんてとショックを受けずにいられなかった。
「信号、変わりましたよ」
一触即発だった車内の雰囲気にストップをかけるのは、朋喜の声だ。その声はいつもの楽しげなものとは違って呆れたような色を含んでいて、『いい加減にして』と言いたげだった。
虎君は僕のほっぺたから手を放すと、何も言わず再び車を走らせる。
慶史も不機嫌な表情のままシートにもたれて窓の外を見てるし、悠栖も眉間に皺を刻んだままムスッとして黙りこんでしまう。
(どうしたらいいんだろう……。どうしたらみんな機嫌直してくれるのかな……)
僕のせいなんだから僕が何とかしないと。
そう思うものの名案は全然思い浮かばなくて、静まり返った車内の空気に今度は別の意味で胃が痛くなった。
すると、そんな空気に痺れを切らしたのか、朋喜が口を開いた。
「ねぇ、悠栖も慶史君も、いつまでそんな不機嫌オーラ出してるつもり?」
「! 別に不機嫌じゃねぇーし!」
「それ、本気で言ってる? 本気で僕と葵君に嫌な思いさせてるって自覚、全く無いの?」
「うっ……。そ、それは……」
朋喜の言葉に反応を返したのは悠栖だけだったけど、その反応に言葉を返す朋喜は慶史にも『いい加減にして』って言ってるみたいだった。
「だ、だって慶史がっ! 俺、なんもしてねぇーのに、慶史がっ!」
「本当に『何もしてない』なら慶史君が怒るわけ無いでしょ」
『俺は悪くない!』って言いたげな悠栖。でも朋喜はそれを一刀両断すると、慶史が怒った『理由』を悠栖に喋ってしまう。
「悠栖が考えなしに葵君のお兄さんに馴れ馴れしくするから悪いんでしょ」
「! と、朋喜っ!!」
はっきりとじゃないにしろ僕が悠栖に『嫉妬』したことをバラされてしまって、焦る。だって、僕に聞こえたってことは朋喜の真ん前にいる虎君に聞こえてないわけがないから。
「え、もしかしてマモ、俺に嫉妬して―――」
「わー! わー! わー!」
朋喜の言葉にフリーズしてた僕だけど、一応気を使って朋喜がぼかしてくれた言葉をはっきり言い直す悠栖に固まったままではいられなかった。
僕は大声で叫びながら身を捩ると悠栖に言っちゃダメだと必死に訴えた。それに悠栖も我に返ったのか、「あ、ヤベっ」と自分の口を塞いでこれ以上失言を溢さないように試みるんだけど、もう遅い。
(絶対、絶対虎君、聞こえたよね? 今の、聞こえて、全部気づいちゃったよね……?)
察しの良い虎君のことだし、絶対に気づかれた。僕が虎君のこと大好きだって、告白する前に知られちゃった。
恥ずかしさに真っ赤になっていただろう顔から、虎君に知られてしまった絶望に血の気が引いていく。
車内に流れるのは、沈黙。それはさっきまでのようにピリピリしたものじゃないけど、僕はさっきまでよりも生きた心地がしなかった。
「葵」
「! な、なに!? 虎君、どうしたの!?」
必死に言い訳を考えていたら、突然虎君に名前を呼ばれた。
ビックリしすぎて上擦った声で返した言葉は明らかに震えていたし、おまけに声量も抑えられずに大声に近かった。
「今の、どういうこと?」
「! い、今の、は、その……」
僕とは反対に、虎君の声は静か。その感情が伺えないぐらいに平坦な声色に、僕の心は急激に冷えていった。
(これ、ダメなやつだ……)
普段のような優しさも慈しみも無い声から感じるのは、虎君の戸惑い。それは紛れもなく僕の『想い』に対するものだろう。
虎君が僕の『想い』をよく想っていないかもしれないと感じるには十分すぎる反応だった……。
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