特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第160話

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 分かっていたことだけど、期待を抱いてしまっていた心には辛すぎる現実。
 それでも僕は泣きそうになるのを堪えて、「なんでもないよ」って笑った。悠栖ってばすぐに変なこと言うんだから! って精一杯の強がりを続けた。
 虎君の事が『好き』だとクリスマスイブに想いを伝えようって思っていたけど、『恋愛対象』として意識してもらおうって意気込んでたけど、僕はこの『想い』を伝えることで虎君が困るって可能性を考えていなかった。
 拒絶されるかもしれないとか、気持ち悪いって思われるかもしれないとか、そういう可能性は考えたけど、僕の想いを否定しないけど答えられないから困るって可能性は全く念頭になかった。
 気持ちを伝えて『恋愛対象』として意識してもらうつもりだったけど、その考え自体、間違っていたのかもしれない。どう転んでも僕が虎君の『恋愛対象』になることはないって事も、冷静に考えればすぐに分かることだったのかもしれない。
(はは……。僕、告白する前に振られちゃった……)
 気をしっかり持たないと涙が零れそうだ。
 今ここで泣くわけにはいかないと手を握りしめ、唇を噛んで必死に耐える僕。
 すると、そんな僕の耳に届くのは「そっか」って虎君の声。さっきのように感情が分からない声じゃなくて、ガッカリしたような声……。
(虎君……?)
「ヤキモチ妬いてくれたのかな? って思ったけど、違ったか」
 困ったような笑い顔で、「残念」と言葉を続ける虎君。僕はその言葉がどういう気持ちで溢されたものか理解できない。
 僕の『想い』を『困る』と思っているはずなのに、どうして『残念』なんて言うの?
 受け入れてくれないのに、どうして期待させることを言うの?
 そんな疑問が頭に浮かぶも口には出せなくて、僕は訴えかけるように虎君を見た。
 虎君は僕の視線に気づきながらも、運転中だからこちらを向くことはなかった。でも、「一瞬期待した」って何処か悲しげに笑う横顔に、さっき感じた虎君の戸惑いはもしかしたら別の理由なのかもしれないと、また期待してしまった……。
(もしかして、虎君も、なの……?)
 さっきの声は、過度に期待したくないって臆病な心の表れだったりするの?
 期待して傷つきたくないから必死に自分を抑えていたから、あんな風に感情が分からない声になっちゃったの?
 思い浮かぶのはどれも僕に都合の良い理由ばかり。
 でも、勇気を振り絞って尋ねた言葉に嬉しそうに破顔されたら、期待せずにはいられなかった。
「違わないって言ったら、どうする……?」
「! だったら凄く嬉しいかな」
 ヤキモチを妬かなくても俺には葵だけだけど、でも葵がヤキモチを妬いてくれるのは嬉しい。
 そんな言葉を続ける虎君に、僕の心は一気に舞い上がる。どん底過ぎて地を這うというよりも埋もれてしまいそうだった心は羽が生えたように軽くなって、ドロドロした感情が一瞬で浄化された気分だ。
「ぼ、僕『だけ』なの?」
「そうだよ」
「僕『だけ』の虎君なの……?」
「だからそうだって言ってるだろ?」
 そんなに何度も確かめなくても分かってるだろ?
 なおも困ったように笑う虎君だけど、言葉は本物。虎君は本当に『僕だけの虎君』でいてくれるみたい。
「何度も言ってるけど、葵以上に大事なものなんて俺にはないんだからな」
「! 僕も! 僕も虎君以上に大切な人はいないよっ!!」
 僕が『一番』だと言ってくれる虎君。その言葉が嬉しすぎて、僕は声を大にして伝えてしまう。誰よりも虎君が大好きだよって想いを籠めて。
「……これ、悠栖のせいだからね」
「分かってるよっ」
 僕の盛大な告白のあと、後ろから聞こえるのは大きなため息。自分達は完全に『当て馬』じゃないか。と。
 慶史の不機嫌な声に悠栖は素直に謝るものの『居た堪れない』と頭を抱えていて、耳まで真っ赤になっていた。
 そこで僕はようやく自分の言動を顧みることができて、慶史達の反応は尤もなものだと改めて思い知る。
 いくら『虎君のことが大好き』と知られているとはいえ、今のは流石に駄々漏れ過ぎだと悠栖につられて顔を赤くすると、僕は三人を振り返って居た堪れなくしてごめんと謝った。
「先輩って本当、昔と全然変わりませんねぇ。初めて会った時のまま過ぎて笑えるレベルですよ」
「そんなことないだろ? 9年前と比べれば随分変わったと思うけど?」
 不機嫌を虎君にぶつける慶史の笑顔の後ろには、『これ以上イチャイチャしないでよね』って文字が見えそうだ。
 欲望が駄々漏れてた自分を反省して黙る僕。でも、慶史の圧にも虎君の態度は変わらない。9年も経てば変わっていないことの方が少ないと思うけど? って笑顔で慶史の嫌みを受け流してしまう。
「普通はそうですけど、先輩は全く変わってないですよ。本当、全く、ね」
「まぁ藤原は昔から俺に興味なかったからな。これでも一応身長は20センチ以上伸びてるし、筋肉だって随分ついたんだぞ?」
「ははは。面白いなぁ。絶対分かってて言ってるでしょ? あんた」
 虎君が9年の間に自分がどう変わったか語れば、慶史はそれに抑揚の無い笑い声を返し、運転する虎君を睨み付けた。
 さっきから敵意は剥き出しだったけど、今は言葉遣いすら取り繕えていない慶史。
「年上に向かって『あんた』は無いだろ?」
「すみませんねぇ、セ・ン・パ・イ!」
 笑顔で窘める虎君に、慶史はこれ以上喋りたくないという意思表示とばかりに顔を背け、窓に頭を預けると「着くまで寝る」と目を閉ざしてしまった。
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