特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第161話

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「あ、あの、慶史……」
「葵君、『触らぬ神に祟りなし』、だよ。慶史くんのことは暫くそっとしとこう?」
 ムスッとして窓に頭を預けて眠る体勢に入る慶史に、僕はなんとか機嫌を直してもらおうと後ろを振り返る。でも、今は何を言っても無駄だと思うと朋喜に止められ、肩を落としながらもフォローを諦めた。
「悠栖も、いつまで悶々としてるの? 悠栖がムッツリなのは知ってるけど、流石に友達相手に妄想するのは止めてよね」
「! ちょ! 何言ってんだよ! 誤解を招く言い方すんなよ!!」
「冗談でしょ。そんなにムキにならないでよ。逆に怪しいよ」
 いつまで赤い顔をしているんだと頭を叩かれた悠栖は、叩かれたことよりも朋喜の茶化す言葉に過剰反応を示す。ムッツリじゃないしそもそも妄想なんて一ミリもしてない! って。
 朋喜じゃないけど、その慌てっぷりに僕も怪しいって思ってしまう。いったい何を考えてたんだろう? なんて思っちゃう。
「へぇ……天野君は『ムッツリ』なんだ?」
「! 違うっす! マジで全然違うっす!! 確かにムッツリっすけど、でもマジ違うっす!!」
 朋喜に乗るように茶化す言葉をかけてくる虎君に、悠栖はものすごい勢いでその言葉を否定する。でも、否定してるのに肯定もしてるし、パニックを起こしてるみたいだ。
「ムッツリだけどムッツリじゃないって意味分かんないよ?」
「だから! 俺は女の子が好きでムッツリなのは女の子に対してなの!!」
「うわぁ。悠栖、サイテー。今の言葉、録音して全世界の女の子に聞かせてあげたいぐらいサイテー」
 俺は女の子が大好きだ!! って声を荒げる悠栖。
 うん。それは知ってたけど、僕も朋喜と同意見。
 悠栖が『女の子が好き』ってことは前から分かっていたことだけど、そんな邪な感情で見ているとは思ってなかった。ただ単純に『恋愛対象』として女の子が好きだと言っていると思っていたのに。
「悠栖、頼むから茂斗の前で凪ちゃんを変な目で見ないでよ。凪ちゃんが絡むと茂斗って凄く怖いんだから」
「! ちょ、誤解! それも誤解! 常にエロい目で見てるわけじゃないからな!?」
 クリスマスパーティーの会場で顔を合わせることになるだろう双子の片割れと幼馴染み。
 引っ込み思案で極度の人見知りだけど笑うととびきり可愛い凪ちゃんに対して『ムッツリ』な目を向けたら最後、悠栖はきっと無事にパーティー会場から帰ることはできないだろう。笑顔で『敵』を排除する茂斗を想像するのはとても簡単だから。
 忠告と言う名の助言を投げ掛ける僕に、悠栖は「誤解だ!」と声を荒げて頼むから信じてくれと訴えてくる。
「天野君の『ムッツリ』疑惑はともかく、怒り狂う茂斗を見ることはないから大丈夫だよ」
「え? なんで?」
「茂斗も凪ちゃんも今回は不参加らしいから」
 喚いている悠栖を余所に、虎君から茂斗がクリスマスパーティーに来ないと教えられて、僕はそっちに興味を持っていかれる。
 毎年茂斗は凪ちゃんと参加していたクリスマスパーティー。中等部に進学してからは凪ちゃんに頼み込んで中等部のパーティーに参加してたんだけど、今年は初等部の方に顔を出すのかもしれない。
 茂斗にとって中等部で最後のクリスマスパーティーなのにって思うけど、凪ちゃんも初等部で最後のクリスマスパーティーだから、凪ちゃんに気を使ったのかもしれない。
「初等部のクリスマスパーティーに行ったの?」
「んー、どうかな。俺は葵のことを頼まれただけだし」
 虎君の話では、今朝『今日のクリスマスパーティーは顔出さないし葵の面倒は任せた』って茂斗から頼まれたらしい。
 僕の気持ちを知ってる茂斗からすれば気を利かせたつもりかもしれないけど、言い方がいただけない。聞いた限り、まるで僕がお荷物みたいじゃないか。
(応援してくれるならもっとちゃんと応援してよねっ!)
「……茂斗がいなくて寂しい?」
「え?」
「『なんで言ってくれなかったんだ』って顔してるぞ?」
 茂斗の変な気の利かせ方に微妙な気持ちになっていたせいで、それが顔に出てしまったのかもしれない。
 僕は別にクリスマスパーティーに参加しないって報告が欲しかった訳じゃないから、虎君の間違いを訂正しようと口を開いた。
 でも、僕が喋るよりも先に虎君が「葵はお兄ちゃん子だもんな」って苦笑を漏らすから、間違いを訂正する前にまた訂正しなくちゃいけない間違いが増えてしまった。
「えっと、確かに僕は『お兄ちゃん子』だけど、茂斗は『お兄ちゃん』じゃないよ?」
 いや、茂斗は正真正銘僕の『兄』なんだけど、でもそれは戸籍上の話であって僕の気持ち的には違うって話。僕は茂斗のことを『お兄ちゃん』と慕ったことは一度もない。だって、僕達は双子だから。僕達は、対等だと思っているから。
 けど、さっきも言ったように僕は『お兄ちゃん子』。自他共に認める『ブラコン』だ。でも『大好き』だと慕う『お兄ちゃん』は茂斗じゃなくて―――。
「僕の『お兄ちゃん』は虎君だもん」
 そう。今までもこれからも、僕にとって『大好きなお兄ちゃん』は虎君だけ。それは絶対に何があっても変わらない。
 まぁできることならこれからは『大好きなお兄ちゃん』だけじゃなくて『大好きな恋人』にもなって欲しいんだけど、それは告白の時にお願いしよう。
 僕は虎君の横顔を見つめて、「あと、茂斗が教えてくれなかったことに拗ねてるわけじゃないからね?」と最初の勘違いを訂正した。
「そっか……」
 数分前は『振られた』と思って落ち込んでたけど、それは勘違いかもしれないから、『やっぱりちゃんと告白するぞ!』って意気込んでる僕。
 でも、虎君はそんな僕に苦笑いを濃くした。その表情は何処か悲しげで、僕はまた何か変なことを言ってしまったのかと不安になってしまう。
「虎君……?」
「ん? どうした?」
「! な、んでもない……」
 不安な気持ちのまま名前を呼んだら、虎君は表情を笑顔に変えてくれる。でもそれは僕を気遣ってのことだって分かっているから、不安は消えるどころか大きくなってしまった。
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