特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第165話

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「葵は三人のことが大事なんだな」
 目の前で騒ぐ友達の姿に笑っていれば、どの音よりもはっきりと聞こえる虎君の声。改めて虎君は僕の一番なんだなって確認させてくれる自分の耳に頬を赤らめながら、「三人とも大事な親友だよ」って笑い返す。
 すると、虎君はちょっぴり悲しそうな顔をする。
「三人は、本当に『親友』?」
「え……?」
 悲しそうな表情のまま尋ねられた言葉の意味が、一瞬分からなかった。でも、慶史はともかく、虎君は悠栖と朋喜とはほとんど面識がないってことを思い出して、心配をかけていると理解できた。
 虎君が大好きすぎてすっかり色惚けになっていたけど、忘れてはいけない。虎君はものすごく心配性だ。
 昔から、僕が辛い想いをしないように、悲しい想いをしないように、いろんな事を先回りして気にかけてくれている虎君。僕がいくら『大丈夫だよ』と言っても、その言葉を自分のものにはしない人。
 そういえば昔茂斗が言っていた。虎君は他人の事を信用していない。って。人を利用する輩は取り入るのが巧いからって言ってたって……。
 そんな虎君から見れば、悠栖と朋喜はまだ信頼できるかどうか分からない相手。だから、僕が相手を信頼すればするほど、逆の虎君の疑いの目は強くなってしまう。僕が虎君にとって大切な『家族』だから。
(心配してもらってるのに『不満』とか、僕って本当、ダメだな……)
 虎君がこんな風に心配してくれるのは僕だけ。でも、僕はそれを素直に喜ぶことができない。だって、僕が頼りないからだって知ってるから。
 そう。もしも姉さんや茂斗にあの過剰なまでの警戒心がなければ、虎君はきっと二人のことも同じように心配するに決まってる。虎君は本当に優しい人だから。
 それなのに、虎君が優しいって知ってるのに、僕はその優しさがちょっぴり恨めしかった。だって『僕だけ』の優しさじゃないから……。
「大丈夫、だよ? 慶史はもちろん、悠栖も朋喜もちゃんと『僕』を見てくれてるし、みんなも僕のこと『親友』って思ってくれてると思うし」
 今までは嬉しかった『弟』というポジション。でも、今はそれが『足枷』に思えた。
 大切にされてるって分かってる。大事に思われてるって、理解してる。
 でも、どうしても頭に引っ付く『弟として』って言葉を取っ払うことができない。
(さっきから浮かれたり落ち込んだり大忙しだ)
 虎君が好きだと自覚してから気持ちのアップダウンは大きくなる一方で、ちょっと辛い。
 背中に羽が生えたように身体が軽くなって宙に浮いていると思うほど浮かれていた次の瞬間、身体が鉛に変わって地に落ちてしまったと錯覚するほど落ち込んだりする。
 それはまさにジェットコースターのような感情の変化で、今は急降下の真っ最中だった。
「三人が葵の事を大切にしてくれているのは十分伝わってるよ。でも、葵は?」
「? 大切、だよ?」
 尋ねられた内容が難しくて、これが答えとして正しいか分からない。
 僕が三人を『大事』に思ってるってちゃんと伝わっているはずなのに、どうして僕がどう思っているか改めて聞かれるんだろう?
 戸惑い気味に答える僕に、虎君は苦笑を濃くして口を開いた。
「三人の誰かが『特別』だったりしないの?」
「とく、べつ……?」
 思わず反芻した単語は、今僕の目の前にいる人に当てはまるもの。
 僕は前後の単語を思い返す前に、『大好き』な気持ちが態度に出すぎていたのか不安になる。伝わっているだろうとは思ていたけど、告白する前にこんな風に確認されるのは困る。って。
 でも、頭が真っ白になって固まっていたら、虎君は僕のほっぺたに触れると、「三人の中にいるの?」って表情を歪めた。
 辛そうなその表情に動き出す思考。そこでようやく虎君の質問の意味を理解することができた。
「い、いないよ!? 三人はただの『友達』だよ!?」
「本当に?」
「本当に!!」
 嘘をついていないかと、隠してないかと疑う虎君。
 僕は嘘なんてついてないし隠してもいないと訴えた。
 三人は友達。大事な親友。でも、『特別』じゃない。僕の『特別』は今目の前で頼りない眼差しを向けている虎君自身なんだから。
「そっか……。よかった。葵が最近ますます可愛くなったから、『好きな人ができたのかも』って心配してたから三人の誰かかと思った」
 安心したように笑う虎君に、心臓が滅茶苦茶に鼓動する。
 だって、だって今の言い方だと、僕に『好きな人』ができたら嫌だって意味に聞こえたから。僕が『他の誰か』を好きになったら嫌だって、聞こえたから……。
(ど、しょ……。『虎君が好き』って、今、すごく言いたいっ……)
 慶史達じゃないけど、僕には『好きな人』、いるんだよ?
 でも、虎君が悲しい顔をする必要なんて全然ないんだよ?
 だって、僕の『好きな人』は、『大好きな人』は、虎君なんだから……!
 溢れてくる想いの波は今までにないぐらい大きなもので、理性を壊す。
 告白は週末まで我慢! って思っていたのに、今この想いを告げたくてどうしようもなかった。
 僕は全身を駆け巡る『大好き』に突き動かされるように身を乗りだし、虎君の名前を呼んでしまう。
「虎君っ!」
「ん? どうした?」
 優しく笑いかけてくれる虎君の目尻は下がっていて、笑顔は慈しみに溢れてる。
 『僕だけ』に向けられている笑顔に心臓が締め付けられるのを感じながら、僕はもう虎君しか見えなくなる……。
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