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特別な人
特別な人 第167話
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「なんで疑問形?」
「『ちょっと待ってて』って言われただけで、僕が勝手に思ってるだけだから……」
『トイレに行ってくる』ってはっきり言われたわけじゃないからだと弁解するも、慶史は「それだけじゃないよね?」って目敏い。
僕は苦笑を漏らしながらも、虎君が会場を出ていってもう30分近く経っていると慶史に告げた。虎君が隣から居なくなってたった30分しか経っていないって思われるかもしれないけど、僕は不安で仕方なかった。虎君がもう僕の隣に戻ってきてくれないような気がして……。
「もしかして、先輩がそのまま帰ったって思ってる?」
不安は伝えていないのに図星をついてくる慶史の目敏さが偶に怖い。
僕は、僕を見る慶史の視線から逃げるように目を逸らして「そんなこと思ってない」って精一杯の強がりを溢した。
「あのねぇ……。何回も言ってるけど、アレはただタイミングが悪かっただけでしょ? 先輩も気づいてなかったっぽいし、気にしすぎ」
不安に眉を下げたままの僕、慶史はわざとらしく大きなため息をつくと、「そもそもホテルのラウンジで告白しようとした葵が悪いんだからね」と拗ねる僕を窘めてきた。
確かに数時間前を思い出せば全面的に僕が悪いってことは分かってるし、声をかけてきたウェイターの人も仕事をしただけで悪気がないことは理解してる。でも、それでも空気を読んで欲しかったと思うのは、感極まって僕が告白しようとしたタイミングで声をかけられたせいだ。
「でも、タイミングが最悪過ぎるよ……。神様が『言うな』って言ってるみたいだ……」
「! あのねぇ……。そんなわけないでしょー? だいたい神様なんているわけないんだし、お告げも偶然も必然もないの!」
分かってる。虎君に『大好き』と告げようとした直前に『他のお客様のご迷惑になりますのでお静かにお願いします』って注意のために声をかけてきたウェイターの人は、神様からの忠告でもなんでもない。大騒ぎしていた僕達の自業自得ってだけ。
それなのに、それも全部神様が仕組んだことだって思ってしまうのは、ただ単に自分に自信がないせいだ。
ちゃんと分かってる。ちゃんと理解してる。
でも、勢いを殺がれた僕は行き場のない感情をもて余してしまって、ずっとこんな感じで不機嫌だった。
だって、注意を受けた後、ウェイターの人に謝った虎君は僕に何を言いかけたのか聞かなかったから。僕が『何か』を伝えようとしていたってことは絶対に気づいていたはずなのに、虎君は敢えて何も聞いてこなかった……。
「……カトリックの学校に通ってるのに『神様はいない』なんて言わないでよ」
「学校の信仰と個人の信仰は違うだろ。だいたい『神様』が本当にいるなら、俺の声は届いたはずだろうが」
不機嫌がぶり返して噛みつく僕に、慶史はイラっとしたみたい。思わず口から零れた言葉は、「何回『助けてください』って祈ったと思ってんだよ」と続いた。
「ご、ごめん……」
「! あ、いや、俺もごめん。ついカッとなって……」
知っていたはずの『過去』が鮮明に想像できたせいで、心臓が痛くなる。
青ざめる僕に慶史は「今のは失言だった」って謝ろうとしてくるんだけど、これ以上『ごめん』なんて言わせたくなくて、僕は思わず手を伸ばして慶史の口を塞いでいた。
「……何すんの」
「や、八つ当たりしたの、僕の方だから。僕が謝るべきでしょ」
掌の奥でモゴモゴ喋る慶史は、僕の心を見透かしたようだ。
慶史は息を吐いて肩を落とすと、僕に手を退けるよう促してくる。
「謝らなくていいから、いつもの葵に戻ってよ。葵がそんなだと俺も調子狂う」
「……ど、りょくする……」
俯く僕に、ため息がまた聞こえる。
「そんな顔してたら『体調が悪い』って嘘、バレちゃうよ?」
「うっ……」
パーティーが始まってからもずっと不機嫌だった僕。せっかく声をかけてくれた初等部の友達に対しても取り繕うことができなくて態度が悪かったって自覚はしてる。
でもそんな僕をフォローしてくれたのは他でもなく虎君で、『体調が悪いのに中等部最後のクリスマスパーティーだから無理して出席した』って嘘で僕の評判を守ってくれた。
周囲はその言葉を信じて、体調が悪いなら無理しないでと心配してくれた。
嘘なのに心配してくれる友達の優しさに罪悪感を覚えたし、なによりも虎君に『嘘』をつかせてしまったことへの申し訳なさが半端なかった。
マイナスの感情ばかり増えてしまって、気持ちを切り替えようにもどうしても気分が浮上してくれなくて、結果、口数少なくこうやって隅っこでポツンとしていたわけだ。
慶史は僕の眉間に指を押し当てると、「楽しい空間に水を差すのはポリシーに反するんじゃないの?」って苦笑いを見せた。
「葵が何を不安に思ってるのかは分からないけど、先輩も滅茶苦茶心配してるだろうし、ね?」
「……慶史が虎君のフォローとか、らしくないよ」
「仕方ないでしょ。今の葵を笑顔にできるのはあの人だけなんだし。……てか、俺がここまでしてるんだから、いい加減機嫌直してよ」
不本意極まりない言葉をかけてるんだからね?
そう苦笑を濃くする慶史に、僕だってできるなら笑い返したかった。でも、やっぱり気持ちは憂鬱なままで……。
「……なんか、騒がしいね」
「そうだね……」
埒が明かないやり取りに、僕も慶史も口を閉ざしてしまう。
でも、沈黙が流れる前にさっきまでとは違う騒々しさに慶史が口を開いた。
顔を上げれば入り口の方に何やら人集りが。
(何かあったのかな……?)
羽目を外して騒ぎすぎないようにって最初に先生達に注意されているのに、あんな風に騒いでいたら後から怒られるんじゃないかな。
そんなことを考えながらぼんやりと人集りを眺めていれば、入り口に集まる人の流れに逆らってこちらに向かってくる虎君の姿が目に入った。
「『ちょっと待ってて』って言われただけで、僕が勝手に思ってるだけだから……」
『トイレに行ってくる』ってはっきり言われたわけじゃないからだと弁解するも、慶史は「それだけじゃないよね?」って目敏い。
僕は苦笑を漏らしながらも、虎君が会場を出ていってもう30分近く経っていると慶史に告げた。虎君が隣から居なくなってたった30分しか経っていないって思われるかもしれないけど、僕は不安で仕方なかった。虎君がもう僕の隣に戻ってきてくれないような気がして……。
「もしかして、先輩がそのまま帰ったって思ってる?」
不安は伝えていないのに図星をついてくる慶史の目敏さが偶に怖い。
僕は、僕を見る慶史の視線から逃げるように目を逸らして「そんなこと思ってない」って精一杯の強がりを溢した。
「あのねぇ……。何回も言ってるけど、アレはただタイミングが悪かっただけでしょ? 先輩も気づいてなかったっぽいし、気にしすぎ」
不安に眉を下げたままの僕、慶史はわざとらしく大きなため息をつくと、「そもそもホテルのラウンジで告白しようとした葵が悪いんだからね」と拗ねる僕を窘めてきた。
確かに数時間前を思い出せば全面的に僕が悪いってことは分かってるし、声をかけてきたウェイターの人も仕事をしただけで悪気がないことは理解してる。でも、それでも空気を読んで欲しかったと思うのは、感極まって僕が告白しようとしたタイミングで声をかけられたせいだ。
「でも、タイミングが最悪過ぎるよ……。神様が『言うな』って言ってるみたいだ……」
「! あのねぇ……。そんなわけないでしょー? だいたい神様なんているわけないんだし、お告げも偶然も必然もないの!」
分かってる。虎君に『大好き』と告げようとした直前に『他のお客様のご迷惑になりますのでお静かにお願いします』って注意のために声をかけてきたウェイターの人は、神様からの忠告でもなんでもない。大騒ぎしていた僕達の自業自得ってだけ。
それなのに、それも全部神様が仕組んだことだって思ってしまうのは、ただ単に自分に自信がないせいだ。
ちゃんと分かってる。ちゃんと理解してる。
でも、勢いを殺がれた僕は行き場のない感情をもて余してしまって、ずっとこんな感じで不機嫌だった。
だって、注意を受けた後、ウェイターの人に謝った虎君は僕に何を言いかけたのか聞かなかったから。僕が『何か』を伝えようとしていたってことは絶対に気づいていたはずなのに、虎君は敢えて何も聞いてこなかった……。
「……カトリックの学校に通ってるのに『神様はいない』なんて言わないでよ」
「学校の信仰と個人の信仰は違うだろ。だいたい『神様』が本当にいるなら、俺の声は届いたはずだろうが」
不機嫌がぶり返して噛みつく僕に、慶史はイラっとしたみたい。思わず口から零れた言葉は、「何回『助けてください』って祈ったと思ってんだよ」と続いた。
「ご、ごめん……」
「! あ、いや、俺もごめん。ついカッとなって……」
知っていたはずの『過去』が鮮明に想像できたせいで、心臓が痛くなる。
青ざめる僕に慶史は「今のは失言だった」って謝ろうとしてくるんだけど、これ以上『ごめん』なんて言わせたくなくて、僕は思わず手を伸ばして慶史の口を塞いでいた。
「……何すんの」
「や、八つ当たりしたの、僕の方だから。僕が謝るべきでしょ」
掌の奥でモゴモゴ喋る慶史は、僕の心を見透かしたようだ。
慶史は息を吐いて肩を落とすと、僕に手を退けるよう促してくる。
「謝らなくていいから、いつもの葵に戻ってよ。葵がそんなだと俺も調子狂う」
「……ど、りょくする……」
俯く僕に、ため息がまた聞こえる。
「そんな顔してたら『体調が悪い』って嘘、バレちゃうよ?」
「うっ……」
パーティーが始まってからもずっと不機嫌だった僕。せっかく声をかけてくれた初等部の友達に対しても取り繕うことができなくて態度が悪かったって自覚はしてる。
でもそんな僕をフォローしてくれたのは他でもなく虎君で、『体調が悪いのに中等部最後のクリスマスパーティーだから無理して出席した』って嘘で僕の評判を守ってくれた。
周囲はその言葉を信じて、体調が悪いなら無理しないでと心配してくれた。
嘘なのに心配してくれる友達の優しさに罪悪感を覚えたし、なによりも虎君に『嘘』をつかせてしまったことへの申し訳なさが半端なかった。
マイナスの感情ばかり増えてしまって、気持ちを切り替えようにもどうしても気分が浮上してくれなくて、結果、口数少なくこうやって隅っこでポツンとしていたわけだ。
慶史は僕の眉間に指を押し当てると、「楽しい空間に水を差すのはポリシーに反するんじゃないの?」って苦笑いを見せた。
「葵が何を不安に思ってるのかは分からないけど、先輩も滅茶苦茶心配してるだろうし、ね?」
「……慶史が虎君のフォローとか、らしくないよ」
「仕方ないでしょ。今の葵を笑顔にできるのはあの人だけなんだし。……てか、俺がここまでしてるんだから、いい加減機嫌直してよ」
不本意極まりない言葉をかけてるんだからね?
そう苦笑を濃くする慶史に、僕だってできるなら笑い返したかった。でも、やっぱり気持ちは憂鬱なままで……。
「……なんか、騒がしいね」
「そうだね……」
埒が明かないやり取りに、僕も慶史も口を閉ざしてしまう。
でも、沈黙が流れる前にさっきまでとは違う騒々しさに慶史が口を開いた。
顔を上げれば入り口の方に何やら人集りが。
(何かあったのかな……?)
羽目を外して騒ぎすぎないようにって最初に先生達に注意されているのに、あんな風に騒いでいたら後から怒られるんじゃないかな。
そんなことを考えながらぼんやりと人集りを眺めていれば、入り口に集まる人の流れに逆らってこちらに向かってくる虎君の姿が目に入った。
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