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特別な人
特別な人 第168話
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(よかった……。ちゃんと戻ってきてくれた……)
一人で帰ってしまうわけがないと思いながらも、僕と一緒に帰るのが嫌かもしれないって考えてしまっていたから、虎君が戻ってきてくれて本当にホッとした。
「先輩戻ってきたし、また後でね」
「! うん。……辛くなったらいつでも言ってね?」
「それは俺のセリフ。じゃーね」
みんなが浮かれてる空間で喧嘩を吹っ掛けたくないし。なんて言いながら虎君の横を通り過ぎる慶史。
僕はそんな慶史に手を振りながらも、笑顔を見せれたのは一瞬だけだった。
「ただいま」
「おかえり。……遅かったね……」
僕の目の前で立ち止まると、仏頂面したほっぺたに触れてくる虎君。
その手が堪らなく愛しいと思いながら、僕の気持ちを知っているくせに踏み込んでくれない虎君の本心が分からなくて、触れられて嬉しいのに辛いとも感じた。
「どこ行ってたの……?」
「挨拶、かな」
トイレじゃないよね? って意味を込めて尋ねたら、虎君はちょっぴり困ったように笑った。
その顔が隠し事をしようとしている時の顔だってすぐに分かって、不安が体温を奪っていく感覚に襲われる僕。
今までだってこんなやり取りは何度もあった。でも、今の僕には『いつか』を待てるほどの余裕なんてない。
必死に抑え込んでいた不安が、こんな些細なやり取りに堰を切って溢れ出してしまう。
「『挨拶』って、誰に? なんの『挨拶』なの?」
「葵? どうしたんだよ? そんな泣きそうな顔して……」
声が震えていると自分でも分かってる。でも、言葉を止めることができなくて問いただしたら、虎君が見せるのは驚きと心配だった。
でも、それでも僕が欲しい『答え』はもらえない……。
感じるのは明らかな『距離』。次の瞬間、決壊したダムのようのすごい勢いでマイナスの感情が噴き出し、身体と心が呑み込まれ、自制ができない。
気が付けば僕は虎君の手を払い除けていた。
「なんで隠し事するの? なんでっ、……どうしていつも僕のこと閉め出すの……?」
僕は虎君の一番傍にいるはずなのに、今は一番遠くにいる気がする。
大好きな人の心が分からなくて取り乱す僕の目からは涙が零れていて、それを見た虎君は抗う僕を力で抑えつけるように抱き締めてきた。
(虎君っ、虎君、僕のこと、大事だって思ってくれてるんだよね? 大切だって、思ってくれてるんだよね? でも、それって『僕』だから? それとも、『弟』だから……?)
大きな背中にしがみついて胸に顔を埋めて涙すれば、虎君は力一杯抱き締めてくれる。
「ごめん葵。泣かないで……」
「虎君が、悪いんでしょ……僕に、僕に隠し事するからっ……」
辛そうな声に、罪悪感を覚えた。
僕は嗚咽混じりに『淋しい』と訴えた。虎君が遠くに感じて辛い。と……。
「ごめん、葵。本当にごめん……。ちゃんと説明するから、泣かないで……」
息ができなくなるほど力強く抱き締めてくる虎君。僕はもっと虎君の傍にいたいと願う心のまま、ぎゅっと抱きつき返した。
「『挨拶』ってのは、嘘なんだ。……さっき斗弛弥さんから教えてもらってた奴等を見つけたから、お―――いや、話をしてきた」
「? それって誰のこと? 話って何?」
正直に話してくれる虎君だけど、分からないことはまだたくさんあった。
鼻を啜りながらも虎君を見上げたら、虎君は苦しげながらも笑いかけてくれて、僕の目尻に唇を落とすとそのままキスをするように涙を拭ってくれる。
「前に葵を殴った連中だよ。……『二度目はない』って忠告してきた」
唇を放した虎君は額を小突き合わせると「ごめん」って謝ってきた。
僕は虎君が話してくれる『本当』を何度か頭の中で反芻して、ようやく理解することができた。
「もしかして入り口の人集りって……」
「……ちょっとやり過ぎた。ごめん」
まさかと思いながらも虎君を見たら、返ってくるのは苦笑いと謝罪の言葉。
予想外の展開に呆然としていたら、身体から力が抜けてしまう。しがみついていた腕が緩んだことに気づいた虎君は僕を抱き締める腕に力を籠めて、逃げないでって懇願してきた。
「口出しするべきじゃないってことは分かってたけど、でも、葵に何かあったらって考えたらどうしても我慢できなかった」
斗弛弥さんから連中の悪い噂を聞けば聞くほど不安が募ってどうしようもなかったんだ……。
僕の望みと正反対の行動をしてると分かっていたから隠そうと思っていたと言う虎君。ただ葵に嫌われたくなかっただけなんだ。って。
「泣かせてごめん……。ごめん、葵……」
抱きしめる腕は力強くて苦しい。でも、その腕に抱かれた僕は、さっきまでの不安も焦りも恐怖も全部身体から消えてなくなったように感じた。そして消えたそれらの代わりに全身を巡るのは喜びと愛しさ。
僕は今一度虎君の背中にしがみつくと、虎君を呼んでまた泣いてしまった……。
一人で帰ってしまうわけがないと思いながらも、僕と一緒に帰るのが嫌かもしれないって考えてしまっていたから、虎君が戻ってきてくれて本当にホッとした。
「先輩戻ってきたし、また後でね」
「! うん。……辛くなったらいつでも言ってね?」
「それは俺のセリフ。じゃーね」
みんなが浮かれてる空間で喧嘩を吹っ掛けたくないし。なんて言いながら虎君の横を通り過ぎる慶史。
僕はそんな慶史に手を振りながらも、笑顔を見せれたのは一瞬だけだった。
「ただいま」
「おかえり。……遅かったね……」
僕の目の前で立ち止まると、仏頂面したほっぺたに触れてくる虎君。
その手が堪らなく愛しいと思いながら、僕の気持ちを知っているくせに踏み込んでくれない虎君の本心が分からなくて、触れられて嬉しいのに辛いとも感じた。
「どこ行ってたの……?」
「挨拶、かな」
トイレじゃないよね? って意味を込めて尋ねたら、虎君はちょっぴり困ったように笑った。
その顔が隠し事をしようとしている時の顔だってすぐに分かって、不安が体温を奪っていく感覚に襲われる僕。
今までだってこんなやり取りは何度もあった。でも、今の僕には『いつか』を待てるほどの余裕なんてない。
必死に抑え込んでいた不安が、こんな些細なやり取りに堰を切って溢れ出してしまう。
「『挨拶』って、誰に? なんの『挨拶』なの?」
「葵? どうしたんだよ? そんな泣きそうな顔して……」
声が震えていると自分でも分かってる。でも、言葉を止めることができなくて問いただしたら、虎君が見せるのは驚きと心配だった。
でも、それでも僕が欲しい『答え』はもらえない……。
感じるのは明らかな『距離』。次の瞬間、決壊したダムのようのすごい勢いでマイナスの感情が噴き出し、身体と心が呑み込まれ、自制ができない。
気が付けば僕は虎君の手を払い除けていた。
「なんで隠し事するの? なんでっ、……どうしていつも僕のこと閉め出すの……?」
僕は虎君の一番傍にいるはずなのに、今は一番遠くにいる気がする。
大好きな人の心が分からなくて取り乱す僕の目からは涙が零れていて、それを見た虎君は抗う僕を力で抑えつけるように抱き締めてきた。
(虎君っ、虎君、僕のこと、大事だって思ってくれてるんだよね? 大切だって、思ってくれてるんだよね? でも、それって『僕』だから? それとも、『弟』だから……?)
大きな背中にしがみついて胸に顔を埋めて涙すれば、虎君は力一杯抱き締めてくれる。
「ごめん葵。泣かないで……」
「虎君が、悪いんでしょ……僕に、僕に隠し事するからっ……」
辛そうな声に、罪悪感を覚えた。
僕は嗚咽混じりに『淋しい』と訴えた。虎君が遠くに感じて辛い。と……。
「ごめん、葵。本当にごめん……。ちゃんと説明するから、泣かないで……」
息ができなくなるほど力強く抱き締めてくる虎君。僕はもっと虎君の傍にいたいと願う心のまま、ぎゅっと抱きつき返した。
「『挨拶』ってのは、嘘なんだ。……さっき斗弛弥さんから教えてもらってた奴等を見つけたから、お―――いや、話をしてきた」
「? それって誰のこと? 話って何?」
正直に話してくれる虎君だけど、分からないことはまだたくさんあった。
鼻を啜りながらも虎君を見上げたら、虎君は苦しげながらも笑いかけてくれて、僕の目尻に唇を落とすとそのままキスをするように涙を拭ってくれる。
「前に葵を殴った連中だよ。……『二度目はない』って忠告してきた」
唇を放した虎君は額を小突き合わせると「ごめん」って謝ってきた。
僕は虎君が話してくれる『本当』を何度か頭の中で反芻して、ようやく理解することができた。
「もしかして入り口の人集りって……」
「……ちょっとやり過ぎた。ごめん」
まさかと思いながらも虎君を見たら、返ってくるのは苦笑いと謝罪の言葉。
予想外の展開に呆然としていたら、身体から力が抜けてしまう。しがみついていた腕が緩んだことに気づいた虎君は僕を抱き締める腕に力を籠めて、逃げないでって懇願してきた。
「口出しするべきじゃないってことは分かってたけど、でも、葵に何かあったらって考えたらどうしても我慢できなかった」
斗弛弥さんから連中の悪い噂を聞けば聞くほど不安が募ってどうしようもなかったんだ……。
僕の望みと正反対の行動をしてると分かっていたから隠そうと思っていたと言う虎君。ただ葵に嫌われたくなかっただけなんだ。って。
「泣かせてごめん……。ごめん、葵……」
抱きしめる腕は力強くて苦しい。でも、その腕に抱かれた僕は、さっきまでの不安も焦りも恐怖も全部身体から消えてなくなったように感じた。そして消えたそれらの代わりに全身を巡るのは喜びと愛しさ。
僕は今一度虎君の背中にしがみつくと、虎君を呼んでまた泣いてしまった……。
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