特別な人

鏡由良

文字の大きさ
170 / 552
特別な人

特別な人 第169話

しおりを挟む
 しがみついて泣く僕を抱き締めてくれる虎君の腕が愛しくて、この腕が僕のものになればいいのにと呆れるほど強く願ってしまう。
「うぅ……、とら、くんっ……、とらくん……」
「葵……。傷つけてごめん……。頼むから、泣かないで……」
 虎君は切ない声で何度も謝ってくる。葵が泣いてるとどうしていいか分からなくなる……。って喉奥から絞り出したような辛そうな声に、僕は虎君の胸に顔を埋めたままいやいやと首を振ってぎゅっと抱きついた。
(離れたくない。離れたくないよぉ……)
 今だけ『弟』としてじゃなくただの『葵』として抱きしめて欲しい。
 浅はかな望みだと分かっているけど、どうしても『想い』を止める事が出来なかった。
「とらくっ、うぅ……、とらくぅ……」
「葵、お願い。泣かないで……。もう二度と怖がらせるような事はしないから、お願いだから……」
「ちがっ、ちがうのぉ……。怖いんじゃ、ないのぉ……」
 辛そうな声と言葉は、泣きじゃくる僕を傷つけ怖がらせたと思っているから。
 でも僕が今泣いている理由は全然違う理由だから、抱きついたまましゃっくり混じりでそれを伝えた。
「とらくん、と、らくんっ、だいすき、……だいすきぃ……」
 嬉しいから、幸せだから泣いてるんだよ。
 そう伝えたかったのに、唇から零れたのは僕の『想い』そのもので、一度口から出た『想い』は止め処なく溢れてしまって、虎君の名前を呼んではただひたすらに『大好き』だと想いを伝えた。
 僕の告白に、僕を抱きしめる虎君の腕から力が抜ける。拒絶を恐れた僕は引き離されることを拒むようにより一層強く抱きついてしまった。
(ヤダっ……、やだ、虎君、行かないで……)
 一縷の望みにすがり付くようにしがみつく僕。すると次の瞬間、背骨が折れてしまいそうなほど強く抱き締められた……。
「―――っ、お、れも、……俺も、葵が大好きだよっ……」
「!!」
 必死に声を絞り出したような虎君の声は、僕の思考を止めてしまう。
 抱きしめてくれる腕からも伝わってくる虎君の『想い』は、僕と同じものだと、今言われた気がした。
 信じられなくて顔を上げれば、顔を歪め僕を見下ろす虎君と目が合った。
「葵……、大好きだよ……。本当に、本当に大好きだよ……」
 こつん、と額が触れあう。
 もう一度『想い』を伝えてくれる虎君は、とても苦しそうで辛そうだった。
(どうしてそんな顔してるの……?)
 言葉にする度に傷ついているような虎君。
 僕は苦しそうな虎君の頬に手を伸ばし、今度はちゃんと口に出して尋ねた。どうしてそんな顔をするの? と。
「葵が大切なんだ。……本当に、何よりも大事なんだ……」
 頬に触れる僕の指先。
 虎君は僕の手を握りしめると、そのまま指先へと口づけて見せた。
「! と、とらくん……」
 指先へのキスなんて初めてで、目が回りそうなほどドキドキしてしまう。
 虎君はそのまま僕の掌にキスをして、そして唇を滑らせ手首に触れる。僕に触れる虎君の唇は薄く開いてとてもセクシーだった……。
 ものすごい速さで鼓動する心臓の音は、僕から他の音を奪ってしまう。
 ドクドクと脈打つ命の音を聞きながら、僕は虎君から目が離せない……。
 息をすることを忘れそうなほどただただ僕にキスを落とす虎君を見つめていれば、虎君は僕を好きだと言いながら薄く開いた唇で僕の手首に歯をたてる。
 じゃれつく仔犬の甘噛みのようなくすぐったさと痛み。そして、恋人同士のような甘さ。
 僕はその妖艶な雰囲気に息がうまくできなくなる。
「と、とらくん、だめっ……」
 知らない世界を垣間見た気がして、目が回る。
 目は開いているはずなのに、虎君の顔すらぼやけてしまう。
(なにこれ。なにこれぇ……)
 限界を超えて、倒れそうになる。
 でも、僕が倒れる前に虎君はもう一度僕に手首に唇を寄せると、ちゅっと甘ったるい音を響かせキスを落とし、再び僕を抱き締めてきた……。
「こんなところでごめん……」
 周囲は他の事に夢中だろうけど、こんなにたくさん人がいる場所でしていいことじゃなかった。
 そう謝ってくる虎君の腕の中、僕はもう一度虎君の背中に手をまわして抱きつき返すと、『嬉しかった』と伝えるように首を振った。
 言葉として口に出すのは流石に恥ずかしすぎて無理だけど、でも虎君にはちゃんと想いは伝わったみたい。
 虎君は何も言わず、ただ力一杯抱き締めてくれたから……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

処理中です...