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特別な人
特別な人 第177話
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「それで、葵はどうしたんだ?」
「ああ。パーティー疲れしたみたいなんでもう部屋で休ませますね」
抱きかかえられている僕を心配する父さんの声に何故か虎君が謝る。自分が一緒に居ながらすみません。って。
その『お兄ちゃん』として模範的な振る舞いに心がどんどん擦り切れていくのを感じた。
(やめてよ……。これ以上惨めな気持ちにさせないでよ……)
お願いだから降ろして欲しい。
そう思うものの、虎君と離れたくない浅はかな自分は心に反してぎゅっとしがみついてしまっていて、自分がどうしたいのかすら分からなくなる。
「大丈夫? 風邪とかじゃない?」
「たぶん大丈夫だと思いますけど、念のため体温計を持って行っていいですか?」
葵は疲れると体調を崩しやすくなるから……。と心配してくれる母さんは体温計を取りに行って、父さんも微熱でも病院に連れて行くから言うようにと言ってくる。
僕の心配をしてくれる優しい父さんと母さん。心から愛してくれる二人に、僕はさっき抱いた醜い感情に罪悪感を覚えた。
「はい、体温計。熱冷ましの冷却シートもあったと思うから持っていく?」
「いえ、それは熱があった時に取りに来ます」
「そう。……葵、無理しちゃだめよ? 辛いならすぐに言うのよ?」
虎君は僕を抱き上げたまま母さんから器用に体温計を受け取ると、僕に部屋に行こうと声を掛けてくれる。
でも僕は虎君の声にも母さんの声にも頷くだけで言葉を発することはできなかった。声を出したら、泣いてしまいそうだったから……。
(もうちょっとの我慢……)
部屋に着いたらすぐに眠ったフリをしよう。そうすれば虎君だって気兼ねなく僕を放っておくことができるだろうし、お互いのためにもその方が良い。
そして一人になったら思いきり泣くんだ。我慢したぶんも、思いきり。
我ながら情けないことを考えていると思うものの、今はそれ以外考えられなかった。
虎君は母さんとの会話もそこそこに、僕が寝落ちする前に部屋に連れて行くと言って再び歩き出した。
(よかった……。母さん達の前で泣かずに済んだ……)
正直、高ぶった感情のせいであと数分遅かったら我慢できずに泣いていたと思う。
もしそんなことになっていたら母さんは絶対に理由を話すまで解放してくれないだろうし、本当に危ないところだった。
でも僕が安堵した次の瞬間、どんなに我慢したところで現実は何も変わらない事を教えられた。
「ただいまー」
「おかえり、桔梗。今日は随分遅かったわね」
今一番聞きたくない声が、耳に届く。
何処か楽し気な母さんに「門限ギリギリに帰るのはダメだって言われちゃったんだもん」と姉さんは少し不機嫌そうだ。
それだけでは姉さんの『デート』が成功なのか失敗なのかは分からない。でも、『ギリギリまで一緒に居たい』と願った姉さんの気持ちに相手の人はとても理性的な対応をしたみたいだから姉さんの『恋』は実っていない気がする。
僕は思わず虎君を見上げた。どうか姉さんを振り返っていないで……。と願いながら。
(虎君……)
縋る思いで見上げた虎君の顔は、僕に向いていなかった。
後ろを気にしているその横顔に僕の心は限界を迎えた。
「虎君、ごめん。降ろして」
「! 葵? どうした?」
「トイレ、行きたいから降ろして」
抱き上げる腕に抗うように身を捩れば、虎君は漸く僕を見てくれる。
僕はただただ惨めだった。
「なら先に部屋に行ってるよ。飲み物いるか?」
「いいよ。僕もう寝るし、わざわざついててくれなくても大丈夫だよ」
僕を立たせてくれる虎君の笑顔はいつもと一緒。でも、いつもの僕はもう何処かへ行ってしまった。
いつも通り世話を焼いてくれる虎君を僕は拒絶するようにその身体を押しやって踵を返し、歩き出す。
心配そうに僕を呼ぶ虎君の声が後ろから聞こえたけど、僕は「ごめん、眠いからまた明日ね」と振り返ることなく階段を上がって部屋へと向かう。
きっと、ううん、絶対虎君は僕の様子が変だって思ったに違いない。でも、僕がそう仕向けたとはいえ追いかけてくることは無かった。
自業自得だと分かっているのに、どうしてこんなに胸が押し潰されるほど苦しいんだろう?
僕は部屋に辿り着くと内側から鍵をかけ、着替えることなくベッドへと倒れ込んだ。
シンと静まり返った部屋。
昔は虎君が使っていたこの空間は今は僕のものなのに、まだそこら中に虎君を感じることができる。
(虎君の匂いがする……)
倒れ込んだベッドから蘇る虎君との思い出の数々。それはとても幸せなものばかりで、こんな日が来るとは想像すらしていなかった頃の自分が虎君の傍で笑っていた……。
「ああ。パーティー疲れしたみたいなんでもう部屋で休ませますね」
抱きかかえられている僕を心配する父さんの声に何故か虎君が謝る。自分が一緒に居ながらすみません。って。
その『お兄ちゃん』として模範的な振る舞いに心がどんどん擦り切れていくのを感じた。
(やめてよ……。これ以上惨めな気持ちにさせないでよ……)
お願いだから降ろして欲しい。
そう思うものの、虎君と離れたくない浅はかな自分は心に反してぎゅっとしがみついてしまっていて、自分がどうしたいのかすら分からなくなる。
「大丈夫? 風邪とかじゃない?」
「たぶん大丈夫だと思いますけど、念のため体温計を持って行っていいですか?」
葵は疲れると体調を崩しやすくなるから……。と心配してくれる母さんは体温計を取りに行って、父さんも微熱でも病院に連れて行くから言うようにと言ってくる。
僕の心配をしてくれる優しい父さんと母さん。心から愛してくれる二人に、僕はさっき抱いた醜い感情に罪悪感を覚えた。
「はい、体温計。熱冷ましの冷却シートもあったと思うから持っていく?」
「いえ、それは熱があった時に取りに来ます」
「そう。……葵、無理しちゃだめよ? 辛いならすぐに言うのよ?」
虎君は僕を抱き上げたまま母さんから器用に体温計を受け取ると、僕に部屋に行こうと声を掛けてくれる。
でも僕は虎君の声にも母さんの声にも頷くだけで言葉を発することはできなかった。声を出したら、泣いてしまいそうだったから……。
(もうちょっとの我慢……)
部屋に着いたらすぐに眠ったフリをしよう。そうすれば虎君だって気兼ねなく僕を放っておくことができるだろうし、お互いのためにもその方が良い。
そして一人になったら思いきり泣くんだ。我慢したぶんも、思いきり。
我ながら情けないことを考えていると思うものの、今はそれ以外考えられなかった。
虎君は母さんとの会話もそこそこに、僕が寝落ちする前に部屋に連れて行くと言って再び歩き出した。
(よかった……。母さん達の前で泣かずに済んだ……)
正直、高ぶった感情のせいであと数分遅かったら我慢できずに泣いていたと思う。
もしそんなことになっていたら母さんは絶対に理由を話すまで解放してくれないだろうし、本当に危ないところだった。
でも僕が安堵した次の瞬間、どんなに我慢したところで現実は何も変わらない事を教えられた。
「ただいまー」
「おかえり、桔梗。今日は随分遅かったわね」
今一番聞きたくない声が、耳に届く。
何処か楽し気な母さんに「門限ギリギリに帰るのはダメだって言われちゃったんだもん」と姉さんは少し不機嫌そうだ。
それだけでは姉さんの『デート』が成功なのか失敗なのかは分からない。でも、『ギリギリまで一緒に居たい』と願った姉さんの気持ちに相手の人はとても理性的な対応をしたみたいだから姉さんの『恋』は実っていない気がする。
僕は思わず虎君を見上げた。どうか姉さんを振り返っていないで……。と願いながら。
(虎君……)
縋る思いで見上げた虎君の顔は、僕に向いていなかった。
後ろを気にしているその横顔に僕の心は限界を迎えた。
「虎君、ごめん。降ろして」
「! 葵? どうした?」
「トイレ、行きたいから降ろして」
抱き上げる腕に抗うように身を捩れば、虎君は漸く僕を見てくれる。
僕はただただ惨めだった。
「なら先に部屋に行ってるよ。飲み物いるか?」
「いいよ。僕もう寝るし、わざわざついててくれなくても大丈夫だよ」
僕を立たせてくれる虎君の笑顔はいつもと一緒。でも、いつもの僕はもう何処かへ行ってしまった。
いつも通り世話を焼いてくれる虎君を僕は拒絶するようにその身体を押しやって踵を返し、歩き出す。
心配そうに僕を呼ぶ虎君の声が後ろから聞こえたけど、僕は「ごめん、眠いからまた明日ね」と振り返ることなく階段を上がって部屋へと向かう。
きっと、ううん、絶対虎君は僕の様子が変だって思ったに違いない。でも、僕がそう仕向けたとはいえ追いかけてくることは無かった。
自業自得だと分かっているのに、どうしてこんなに胸が押し潰されるほど苦しいんだろう?
僕は部屋に辿り着くと内側から鍵をかけ、着替えることなくベッドへと倒れ込んだ。
シンと静まり返った部屋。
昔は虎君が使っていたこの空間は今は僕のものなのに、まだそこら中に虎君を感じることができる。
(虎君の匂いがする……)
倒れ込んだベッドから蘇る虎君との思い出の数々。それはとても幸せなものばかりで、こんな日が来るとは想像すらしていなかった頃の自分が虎君の傍で笑っていた……。
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