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特別な人
特別な人 第184話
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(虎君、まだ帰ってなかったんだ……)
ああ、そう言えば言ってたっけ。朝まで愚痴に付き合わされるとかなんとか……。
呆然と立ち尽くす僕。
恐らく酔っぱらっているんだろう姉さんは僕の存在に気づくわけもなくなおも虎君に絡むようによくわからない言葉を喋ってる。
きっといつもの虎君ならそんな姉さんに対して『鬱陶しいぞ』とか言って早々に話を切り上げるだろう。
でも今は――。
「おい、流石に飲み過ぎだぞ。日本語すらまともに喋れてないぞ、お前」
酔いつぶれる寸前の姉さんの面倒を甲斐甲斐しくみている虎君の声に、僕は思わず踵を返し階段を駆け上がって再び部屋に閉じこもる。
もう誰も僕の様子を見に来ることなんてないだろうに、鍵をかける自分が馬鹿だと思う。
でも、今の僕には僅かな希望にでも縋らないと自分を保てなかった。
「姉さん、振られちゃったんだ……」
ドアノブを握ったまま呟いた自分の言葉に、涙が溢れる。
泣くものかと堪えるものの大粒の雫が手の甲に落ちてきて、その後は堰を切ったように僕は泣き崩れてしまった。
姉さんが好きな人に振られたということは、虎君の想いが実るチャンスが訪れたということ。
そして虎君の想いが実ったら、僕はもう用済みということ……。
(やだ……。やだよぉ……)
やがて訪れるかもしれない未来に、僕は蹲り声を殺して泣いた。
もうこのまま消えて無くなってしまいたいと強く願ったその時、僕の悲壮な泣き声だけだった部屋に腹立たしいほど軽快なメロディーが流れる。僕の携帯の着信音だった。
憐れなほど虎君を想う僕は、『もしかして』と期待を抱いてしまう。
でも、鼻を啜りながらカバンから取り出した携帯のディスプレイに表示されている名前に落胆が隠せない。
僕は暫く鳴り続ける携帯を眺めながらそれが切れることを待ってみる。けど、いつもならすぐに途切れるはずの着信は今日に限って粘り強くて、僕が折れる形になった。
「もしもし……」
涙声だと悟られたくなくて、声は小さくなった。
相手が相手だからバレないか心配だったけど、そんな心配するだけ無駄だった。
『何があった?』
「べ、つに、何もないよ」
『そういう強がりは要らないから。俺に嘘は通用しないって何回言えば分かるの?』
挨拶もなく開口一番に僕の悲しみを見透かしたような問いかけを投げてくるのは、慶史だ。
僕は気丈に振る舞い取り繕うものの、慶史が相手では全く意味がない。
慶史は強い口調でもう一度何があったのかと尋ねてきた。
『帰り道明らかに様子が変だったのに、俺が心配しないと思ってた? 本当ならすぐにでも問い詰めたかったんだからね?』
でも帰り道も寮に戻ってからもずっと悠栖と朋喜がいたから連絡が今になった。それを今めちゃくちゃ後悔してる。
そう不機嫌な声色で告げてくる慶史。
僕に『何か』あって、それが原因で塞ぎ込んでいると心配してくれる優しい親友の言葉は今の僕には真っ暗闇の中に灯る光のようにすら感じた。
『ねぇ、葵。先輩と何があったの?』
「! 慶史にはなんでもお見通しなんだね……」
『葵、気づいてないの? 帰りの車で葵、一回も先輩の方見なかったんだよ?』
相槌を打って笑ってたけど、視線はずっと窓の外。
サイドミラー越しに見えてたと言う慶史は、声を強張らせてまた『何があったの』と問いただしてきた。
「……っ」
伝えようと口を開いたけど、言葉が出てこない。
僕は唇を噛みしめ、ただ沈黙を返す。
『言いたくない? それとも、言えない?』
「! ……言葉、出てこない……」
怒気の籠っていた慶史の声色がふと優しくなる。それは僕を思ってのことだろう。
僕は親友の優しさに甘え、「ごめん」と震える声で謝った。
『……葵。ねぇ、葵』
「き、こえてるよ」
『俺に一人で泣くのはダメだって言ったのは、葵でしょ?』
大丈夫だよ。泣いていいよ。言葉にできない分も思いっきり泣いていいんだよ。
慶史はそう言ってくれているような気がして、僕は必死に整理しようとしていたぐちゃぐちゃの心をそのままに親友に助けを求めるように泣いた。
ああ、そう言えば言ってたっけ。朝まで愚痴に付き合わされるとかなんとか……。
呆然と立ち尽くす僕。
恐らく酔っぱらっているんだろう姉さんは僕の存在に気づくわけもなくなおも虎君に絡むようによくわからない言葉を喋ってる。
きっといつもの虎君ならそんな姉さんに対して『鬱陶しいぞ』とか言って早々に話を切り上げるだろう。
でも今は――。
「おい、流石に飲み過ぎだぞ。日本語すらまともに喋れてないぞ、お前」
酔いつぶれる寸前の姉さんの面倒を甲斐甲斐しくみている虎君の声に、僕は思わず踵を返し階段を駆け上がって再び部屋に閉じこもる。
もう誰も僕の様子を見に来ることなんてないだろうに、鍵をかける自分が馬鹿だと思う。
でも、今の僕には僅かな希望にでも縋らないと自分を保てなかった。
「姉さん、振られちゃったんだ……」
ドアノブを握ったまま呟いた自分の言葉に、涙が溢れる。
泣くものかと堪えるものの大粒の雫が手の甲に落ちてきて、その後は堰を切ったように僕は泣き崩れてしまった。
姉さんが好きな人に振られたということは、虎君の想いが実るチャンスが訪れたということ。
そして虎君の想いが実ったら、僕はもう用済みということ……。
(やだ……。やだよぉ……)
やがて訪れるかもしれない未来に、僕は蹲り声を殺して泣いた。
もうこのまま消えて無くなってしまいたいと強く願ったその時、僕の悲壮な泣き声だけだった部屋に腹立たしいほど軽快なメロディーが流れる。僕の携帯の着信音だった。
憐れなほど虎君を想う僕は、『もしかして』と期待を抱いてしまう。
でも、鼻を啜りながらカバンから取り出した携帯のディスプレイに表示されている名前に落胆が隠せない。
僕は暫く鳴り続ける携帯を眺めながらそれが切れることを待ってみる。けど、いつもならすぐに途切れるはずの着信は今日に限って粘り強くて、僕が折れる形になった。
「もしもし……」
涙声だと悟られたくなくて、声は小さくなった。
相手が相手だからバレないか心配だったけど、そんな心配するだけ無駄だった。
『何があった?』
「べ、つに、何もないよ」
『そういう強がりは要らないから。俺に嘘は通用しないって何回言えば分かるの?』
挨拶もなく開口一番に僕の悲しみを見透かしたような問いかけを投げてくるのは、慶史だ。
僕は気丈に振る舞い取り繕うものの、慶史が相手では全く意味がない。
慶史は強い口調でもう一度何があったのかと尋ねてきた。
『帰り道明らかに様子が変だったのに、俺が心配しないと思ってた? 本当ならすぐにでも問い詰めたかったんだからね?』
でも帰り道も寮に戻ってからもずっと悠栖と朋喜がいたから連絡が今になった。それを今めちゃくちゃ後悔してる。
そう不機嫌な声色で告げてくる慶史。
僕に『何か』あって、それが原因で塞ぎ込んでいると心配してくれる優しい親友の言葉は今の僕には真っ暗闇の中に灯る光のようにすら感じた。
『ねぇ、葵。先輩と何があったの?』
「! 慶史にはなんでもお見通しなんだね……」
『葵、気づいてないの? 帰りの車で葵、一回も先輩の方見なかったんだよ?』
相槌を打って笑ってたけど、視線はずっと窓の外。
サイドミラー越しに見えてたと言う慶史は、声を強張らせてまた『何があったの』と問いただしてきた。
「……っ」
伝えようと口を開いたけど、言葉が出てこない。
僕は唇を噛みしめ、ただ沈黙を返す。
『言いたくない? それとも、言えない?』
「! ……言葉、出てこない……」
怒気の籠っていた慶史の声色がふと優しくなる。それは僕を思ってのことだろう。
僕は親友の優しさに甘え、「ごめん」と震える声で謝った。
『……葵。ねぇ、葵』
「き、こえてるよ」
『俺に一人で泣くのはダメだって言ったのは、葵でしょ?』
大丈夫だよ。泣いていいよ。言葉にできない分も思いっきり泣いていいんだよ。
慶史はそう言ってくれているような気がして、僕は必死に整理しようとしていたぐちゃぐちゃの心をそのままに親友に助けを求めるように泣いた。
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