特別な人

鏡由良

文字の大きさ
190 / 552
特別な人

特別な人 第189話

しおりを挟む
 祝日の朝だからか駅までの道に人の姿は全然なくて、まだ瞼が腫れている僕はちょっとだけ安心する。
 急いで家を出たせいか手袋を忘れてしまって袖に隠せない指先が悴んで早くも感覚がなくなってきたから、吐息で何とか暖をとる僕。すると目の前にカイロが飛び込んできて、ビックリした。
「手袋、僕達が急かしたから忘れたんだよね? 急かしてごめんね?」
「ううん。僕がボーっとしてただけだから……。でも、いいの? 朋喜って寒がりだよね?」
「大丈夫! 後2つあるし!」
 寒がりの朋喜からカイロを貰うなんて……って遠慮を見せたら、朋喜は可愛い笑顔でコートの左右のポケットからカイロをそれぞれ一つずつ取り出して見せてきた。
 3つもカイロを持っていたことに正直驚いたけど、「だから遠慮しないで!」って笑いかけられたらそんな些細な事はどうでも良くなる。
(みんな本当に友達想いだよね。僕のためにこんな早朝に寮からわざわざ家に来てくれただけでも嬉しいのに、そのうえこんなに僕のことを気にしてくれてるなんて……)
 3人はかけがえのない友達だと改めて思う。だから、昨日の夜から初めて自然と笑うことができた気がする。
「さ、早く行こう? 葵君と一緒にクリスマスをお祝いできるなんて、僕、すごく楽しみなんだから!」
「ありがとう、朋喜。僕も楽しみだよ」
 無邪気に喜んでくれる朋喜に笑い返したものの、ツキリと胸が痛んだ。『今年のクリスマスはもう虎君と一緒に過ごせないんだ』なんて考えてしまったからだ。
 あんなにハッキリと失恋したくせに、僕って本当、往生際が悪すぎる。
(来年の今頃は心から笑って家に居られるかな……)
 虎君への想いを昇華することができれば、きっと大丈夫。でも問題は、想いを昇華できるかどうか、だ。
 だって僕にとっての『虎君』は代わりなんて絶対にいないから。
 代わりがいないってことは、それだけ『特別』だということ。
 つまり、唯一無二の人だということ……。
 たとえこの先僕が誰を好きになっても、きっと虎君は僕の心に居続けるだろう……。
(我ながら嫌な未来だな……)
 失恋したばかりだから気持ちが落ちてるだけかもしれない。
 一年後の今頃には案外ケロッとしてるかもしれない。
 でも、以前のように笑うために僕はまだまだ泣かなければならないと思う。平気になるために、想いを胸に抱いたまま笑うために、沢山泣かなければならない。と……。
(こんなに、こんなに好きなのに……大好きなのに……)
 思い出すのは虎君の笑顔。そして、さっき家を出る前に見た、辛そうな表情……。
 明確な原因も分からず、癇癪を起した幼馴染を前に随分戸惑っただろう。
 でも、それでも優しい虎君はきっと僕を傷つけたと自分を責めているだろう。
 僕はそんな虎君を想うと胸が張り裂けそうになる。虎君の心は、姉さんのものだと知っているのに……。
「マモ、前見て歩かないと電柱にぶつかるぞ」
「! そ、そうだね」
 突然耳に届いたクリアな音に顔を上げたら、あと数歩で僕は電信柱に激突するところだった。
 下を向いていたつもりはなかったと空笑いを浮かべて電信柱を避けていつの間にか前を歩く3人を追いかけるように駆けよれば、悠栖は当てつけのように大きなため息を吐いて見せた。
「なぁ、やっぱり一発殴りに戻っていいか?」
「気持ちは分かるけど、我慢しなよ。俺だって思い切り罵倒して金輪際『兄貴面』できないようにしてやりたいのを抑えたんだから」
「でも―――」
「悠栖! あの人を殴っても葵君は喜ばないよ? それとも、葵君をこれ以上苦しめたいの?」
「! そんなわけねぇーだろ! 俺はマモを苦しめる気なんてねぇーよ!! でも、でもマモがこんな弱るぐらい傷つけた奴を許す気になれねぇーよ!!」
 思い切り殴って、蹴って、ボコボコにしてやりたい。
 暴力的な言葉を使って虎君への怒りを露わにする悠栖。
 慶史はそんな悠栖を一度止めただけで、後は口を噤んで能面のように表情のない顔を見せていて怖い。
 悠栖を止めるのは朋喜に任せたってことなのかもしれないけど、悠栖は朋喜の言葉に怒りを爆発させてしまって収拾がつかない状態だ。
「ゆ、悠栖、落ち着いて……。まだ朝早いし、近所迷惑になるし……」
「そうだよ。葵君もこう言ってるし、今は大人しく寮に戻るよ」
「っ、分かったよっ」
 全然納得できてない顔で言葉を吐き捨てる悠栖は踵を返して歩き出す。
 僕はその背中を追いかけながら、いつも楽天的で滅多に怒ったりしない悠栖がこんなに怒りを露わにするなんて珍しいどころの騒ぎじゃないと思った。
 思って、僕の隣を歩く朋喜が「悠栖ってば本当に葵君が大好きなんだから」と苦笑いを見せてきた。
「まぁでも葵君への愛情なら僕も負けてないと思うけどね?」
「朋喜……」
「大丈夫だよ、葵君。僕達がついてるからね?」
 頼りないかもしれないけど、こういう時は友達なんだから頼ってね?
 そう微笑んで僕の手を握る朋喜に、僕は思わず泣きそうになった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

処理中です...