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特別な人
特別な人 第194話
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「葵、こっち」
「ここって、何?」
「寮生同士の交流を目的とした談話室ってやつだよ。早く入って」
促されるまま談話室に入れば、慶史は音を立てないようにドアを閉める。
適当に座るように僕に指示した後、何かを思い出したように「やっぱりこっち」と僕の手をまた掴んだ。
「暖房に近い方が寒くないと思うし」
「勝手につけていいの?」
「いいのいいの。それぐらい。高い授業料払って寄付だってがっぽりなんだから」
真夜中に二人だけのために暖房をつけるのは良くないんじゃ……。
そう止めようとする僕を余所に、慶史はエアコンのスイッチを押して、更に床暖房とオイルヒーターまでオンにする。
バレて怒られても知らないよ? なんて笑えば、慶史は平気だと繰り返してダメ押しとばかりにファンヒーターのスイッチまで押してみせた。
「よし。これで凍えることはないね」
「凍えるどころか暑くなっちゃいそうだよ?」
「なら、アイスでも持って来ようかな。冬に暖房の効いた室内でアイスなんて最高の贅沢じゃない?」
「もう。慶史ったら」
悪びれることのない慶史はファンヒーターの近くのテーブルを選んで座って、僕もそれに続いて慶史の隣の椅子に腰を下ろした。
僕の笑い声が談話室に響いていて、小さな声でも静かな夜には音が良く響くねと苦笑い。
前を通りかかった人に会話を聞かれたくない僕は、落ち着かないやと気まずさを誤魔化した。
でも気の利く慶史がそんな部屋に僕を連れてくるわけがないというもので、ちゃんと防音されてるから大丈夫だよと笑われた。
「俺がそんな間抜けたことするわけないでしょ?」
「だよね。疑ってごめん」
「いいよ。……今は俺のことより、葵のこと話そう?」
テーブルに身体を預けるように突っ伏して顔だけを僕に向ける慶史は、なんでも聞くよ。と真っ直ぐに僕を見つめてくる。
その曇りのない瞳に射抜かれた僕は笑い顔から真顔に戻って、そして顔を歪めて溢れてくる感情を我慢する。必死に。
「我慢せずに吐き出しちゃいなよ。此処に来てからずっと我慢してるでしょ?」
泣いていいと言ってくる慶史。
そんな言葉を今の僕に掛けないで欲しい。言葉通り受け取って大泣きしちゃいそうだから。
僕は表情筋に力を込めて涙を堪えてぎこちないながらも笑い顔を見せる。でも声を出すと全部水の泡になりそうだから、言葉を押し殺して首を振った。大丈夫だよ。って伝える代わりに。
「泣きたくないのは分かってるけど、我慢するのは葵には向いてないから止めな。今此処には俺しかいないんだから、気兼ねせずに吐き出しちゃいなって」
「! そ、そんな言い方しなくても―――」
「先輩への恨みつらみも全部吐き出そう?」
「そんなの―――」
「分かってるよ。冗談。……ちゃんと聞いてあげるから、先輩への感情も全部口に出しな。ずっと我慢してたことぐらい、俺にはお見通しなんだからさ」
ほら早く。早くしないと朝になるよ。
テーブルに突っ伏したまま、慶史は表情を変えずに僕を急かす。
何度も言葉を遮られた僕はというと、慶史の言葉が心臓に突き刺さって抜けなくて困った。
「な、何言ってるの? 僕、我慢なんてしてないよ……?」
この二日間で沢山泣いたし、泣き言もいっぱい聞いてくれたよね?
そうぎこちないながらも笑いかけたら、慶史は「そういうのじゃなくて」と平静な声で僕の深層心理に手を伸ばしてくる。
「先輩のことが好きだって言いなよ。桔梗姉と付き合ってほしくないって、ちゃんと口に出しなよ」
「! そ、そんなことっ……」
「葵。葵も先輩のことが好きなんだって、先輩にぶつかりなよ」
我慢せずに感情を吐き出せ。
言葉に脈略がなくとも、願いを、想いを全部口に出せ。
慶史はそう言って今は自分しかいないんだからと僕を見つめる。
「先輩も桔梗姉も、此処にはいない。悠栖も朋喜もいないから、言葉を選んで自分を守らなくてもいいんだよ」
「っ―――。ダメっ……。できないっ……」
すべてを曝け出していいと言ってくれる慶史の優しさは嬉しい。
できることなら、言われるがまま全てを吐き出してしまいたい。
でも、僕は僕すら嫌いになる自分の内面を、とたえ慶史相手でも見せたくはなかった。
「ここって、何?」
「寮生同士の交流を目的とした談話室ってやつだよ。早く入って」
促されるまま談話室に入れば、慶史は音を立てないようにドアを閉める。
適当に座るように僕に指示した後、何かを思い出したように「やっぱりこっち」と僕の手をまた掴んだ。
「暖房に近い方が寒くないと思うし」
「勝手につけていいの?」
「いいのいいの。それぐらい。高い授業料払って寄付だってがっぽりなんだから」
真夜中に二人だけのために暖房をつけるのは良くないんじゃ……。
そう止めようとする僕を余所に、慶史はエアコンのスイッチを押して、更に床暖房とオイルヒーターまでオンにする。
バレて怒られても知らないよ? なんて笑えば、慶史は平気だと繰り返してダメ押しとばかりにファンヒーターのスイッチまで押してみせた。
「よし。これで凍えることはないね」
「凍えるどころか暑くなっちゃいそうだよ?」
「なら、アイスでも持って来ようかな。冬に暖房の効いた室内でアイスなんて最高の贅沢じゃない?」
「もう。慶史ったら」
悪びれることのない慶史はファンヒーターの近くのテーブルを選んで座って、僕もそれに続いて慶史の隣の椅子に腰を下ろした。
僕の笑い声が談話室に響いていて、小さな声でも静かな夜には音が良く響くねと苦笑い。
前を通りかかった人に会話を聞かれたくない僕は、落ち着かないやと気まずさを誤魔化した。
でも気の利く慶史がそんな部屋に僕を連れてくるわけがないというもので、ちゃんと防音されてるから大丈夫だよと笑われた。
「俺がそんな間抜けたことするわけないでしょ?」
「だよね。疑ってごめん」
「いいよ。……今は俺のことより、葵のこと話そう?」
テーブルに身体を預けるように突っ伏して顔だけを僕に向ける慶史は、なんでも聞くよ。と真っ直ぐに僕を見つめてくる。
その曇りのない瞳に射抜かれた僕は笑い顔から真顔に戻って、そして顔を歪めて溢れてくる感情を我慢する。必死に。
「我慢せずに吐き出しちゃいなよ。此処に来てからずっと我慢してるでしょ?」
泣いていいと言ってくる慶史。
そんな言葉を今の僕に掛けないで欲しい。言葉通り受け取って大泣きしちゃいそうだから。
僕は表情筋に力を込めて涙を堪えてぎこちないながらも笑い顔を見せる。でも声を出すと全部水の泡になりそうだから、言葉を押し殺して首を振った。大丈夫だよ。って伝える代わりに。
「泣きたくないのは分かってるけど、我慢するのは葵には向いてないから止めな。今此処には俺しかいないんだから、気兼ねせずに吐き出しちゃいなって」
「! そ、そんな言い方しなくても―――」
「先輩への恨みつらみも全部吐き出そう?」
「そんなの―――」
「分かってるよ。冗談。……ちゃんと聞いてあげるから、先輩への感情も全部口に出しな。ずっと我慢してたことぐらい、俺にはお見通しなんだからさ」
ほら早く。早くしないと朝になるよ。
テーブルに突っ伏したまま、慶史は表情を変えずに僕を急かす。
何度も言葉を遮られた僕はというと、慶史の言葉が心臓に突き刺さって抜けなくて困った。
「な、何言ってるの? 僕、我慢なんてしてないよ……?」
この二日間で沢山泣いたし、泣き言もいっぱい聞いてくれたよね?
そうぎこちないながらも笑いかけたら、慶史は「そういうのじゃなくて」と平静な声で僕の深層心理に手を伸ばしてくる。
「先輩のことが好きだって言いなよ。桔梗姉と付き合ってほしくないって、ちゃんと口に出しなよ」
「! そ、そんなことっ……」
「葵。葵も先輩のことが好きなんだって、先輩にぶつかりなよ」
我慢せずに感情を吐き出せ。
言葉に脈略がなくとも、願いを、想いを全部口に出せ。
慶史はそう言って今は自分しかいないんだからと僕を見つめる。
「先輩も桔梗姉も、此処にはいない。悠栖も朋喜もいないから、言葉を選んで自分を守らなくてもいいんだよ」
「っ―――。ダメっ……。できないっ……」
すべてを曝け出していいと言ってくれる慶史の優しさは嬉しい。
できることなら、言われるがまま全てを吐き出してしまいたい。
でも、僕は僕すら嫌いになる自分の内面を、とたえ慶史相手でも見せたくはなかった。
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