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特別な人
特別な人 第195話
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「なんで? できないんじゃなくて、したくないだけじゃないの?」
「そ、だよっ……。慶史に嫌われたくないって分かってるんでしょ……」
心の悲鳴を口に出したい。でも出したくない。でも出したい。
ジレンマに苦しむ僕はテーブルに突っ伏し、駄々をこねる子供のように首を振った。
鼻を啜る音が静寂に響いて、僕はますますみじめになる。
でも、そんな僕に慶史は「何言ってるんだか」って笑い声を返してきた。
「俺が葵を嫌いになることがあるとすれば、それは超ハイテクノロジーな時代が来ないと無理だろうね」
「ど、ういうこと……?」
「俺が葵を嫌いになることは今の技術力じゃ無理って話。どっかの天才がタイムマシーンでも作ったなら話は別だけど」
顔を上げる僕は眉を顰め、説明が説明になっていないと表情だけで訴えてみる。
すると慶史は体を起こしてこう言った。
「四年前、葵は俺の秘密を誰にも言わないでいてくれた。それだけでも感謝してもし足りないのに、親や先輩からの反対を押し切ってクライストに進学までしてくれた」
と。
慶史が不意に口にした『過去』に、僕は何も返せない。
どうして今その話を口にするのかと困惑さえ覚えてしまう僕に、慶史は天井を仰いで笑った。
「あの時から葵は俺のヒーローなんだよ」
「え……?」
「だから今此処で葵が何を言っても、どんな汚い言葉で先輩達を詰っても、俺は葵の味方でいるよ」
視線を寄越す慶史の顔は窓から差し込む月明かりに照らされてとても綺麗……。
中性的な面立ちを際立たせている目を細めて微笑む慶史に、僕は顔を歪めた。
誰かに聞いてほしいと喉の奥で暴れる本音を、もう抑えきれない……。
「……ぼ、く……」
「うん?」
「ぼくは、……虎君が好き……大好き……」
「うん……」
「だから、だから姉さんと付き合ってほしくない。……僕以外の人を好きになって欲しくない……」
遂に口から零れた醜い本音。
僕はそれで満足すると思っていたのに、ドロドロした感情は次から次へと溢れてきてしまって……。
「姉さんの身代わりなんてヤダ。ちゃんと僕を、『三谷葵』を見て欲しいっ」
「そうだね」
「優しくて頼りになって誰よりも僕を大事にしてくれてたのに、それが全部姉さんの身代わりだったなんて酷すぎるよっ!」
ずっと心に滞留していたどす黒い感情を勢いに任せて吐き出してしまった後、僕は頬を伝う涙に気が付いた。
(虎君が姉さんを好きだって分かって悲しかったのは本当。でも、一番悲しかったのは、辛かったのは、今まで虎君が僕にしてくれたこと言ってくれたこと全部、全部姉さんのものだったってことだ)
優しくされて勘違いして好きになって、引き返せないほど虎君を好きになった後、待っていたのは残酷なネタばらし。
しかも、最悪なタイミングで。
(あの『大好き』って言葉も、抱きしめてくれた腕も、全部全部姉さんを想ってだったなんて……)
思い出すのは、最高に幸せだったクリスマス前の数時間の出来事。
僕の告白に同じ想いだと言って抱きしめてくれた虎君を、僕はあの夜から何度も何度も探している。
でも、探しても見つかるわけはない。だって僕が探している『虎君』は、そもそも存在しないのだから……。
「姉さんが好きなら、なんであの時僕のこと抱きしめたの……? なんであの時、『大好きだ』なんて言ったの……?」
嗚咽交じりに疑問を投げかけるのは、此処に居ない虎君に対して。
あの時全てを話してくれていれば、僕はこんなに辛い思いをすることはなかっただろう……。
(ああ……でも虎君、困った顔してたっけ……)
思い出した。あの時、僕が虎君に告白したあの時、虎君は明らかに困惑していた。僕はそれを知りながら、好きだと言って泣いて縋ったんだ。
自分の良いように書き換えていた過去を思い出して、僕の頭は急に冷静になった。
これは自分で蒔いた種かもしれない。そう感じて。
(虎君はすごく優しくて思いやりのある人。だから、あの時は僕に『大好きだ』って言うしかなかったんだ。抱きしめて僕を宥めるしかなかったんだ……)
ああ、そうか。そうだったんだ……。
悲しいかな、全部納得できてしまった……。
「葵? どうしたの?」
突然フリーズした僕を訝しく思ったのだろう。
慶史が僕の目の前で手を振っている。
「そ、だよっ……。慶史に嫌われたくないって分かってるんでしょ……」
心の悲鳴を口に出したい。でも出したくない。でも出したい。
ジレンマに苦しむ僕はテーブルに突っ伏し、駄々をこねる子供のように首を振った。
鼻を啜る音が静寂に響いて、僕はますますみじめになる。
でも、そんな僕に慶史は「何言ってるんだか」って笑い声を返してきた。
「俺が葵を嫌いになることがあるとすれば、それは超ハイテクノロジーな時代が来ないと無理だろうね」
「ど、ういうこと……?」
「俺が葵を嫌いになることは今の技術力じゃ無理って話。どっかの天才がタイムマシーンでも作ったなら話は別だけど」
顔を上げる僕は眉を顰め、説明が説明になっていないと表情だけで訴えてみる。
すると慶史は体を起こしてこう言った。
「四年前、葵は俺の秘密を誰にも言わないでいてくれた。それだけでも感謝してもし足りないのに、親や先輩からの反対を押し切ってクライストに進学までしてくれた」
と。
慶史が不意に口にした『過去』に、僕は何も返せない。
どうして今その話を口にするのかと困惑さえ覚えてしまう僕に、慶史は天井を仰いで笑った。
「あの時から葵は俺のヒーローなんだよ」
「え……?」
「だから今此処で葵が何を言っても、どんな汚い言葉で先輩達を詰っても、俺は葵の味方でいるよ」
視線を寄越す慶史の顔は窓から差し込む月明かりに照らされてとても綺麗……。
中性的な面立ちを際立たせている目を細めて微笑む慶史に、僕は顔を歪めた。
誰かに聞いてほしいと喉の奥で暴れる本音を、もう抑えきれない……。
「……ぼ、く……」
「うん?」
「ぼくは、……虎君が好き……大好き……」
「うん……」
「だから、だから姉さんと付き合ってほしくない。……僕以外の人を好きになって欲しくない……」
遂に口から零れた醜い本音。
僕はそれで満足すると思っていたのに、ドロドロした感情は次から次へと溢れてきてしまって……。
「姉さんの身代わりなんてヤダ。ちゃんと僕を、『三谷葵』を見て欲しいっ」
「そうだね」
「優しくて頼りになって誰よりも僕を大事にしてくれてたのに、それが全部姉さんの身代わりだったなんて酷すぎるよっ!」
ずっと心に滞留していたどす黒い感情を勢いに任せて吐き出してしまった後、僕は頬を伝う涙に気が付いた。
(虎君が姉さんを好きだって分かって悲しかったのは本当。でも、一番悲しかったのは、辛かったのは、今まで虎君が僕にしてくれたこと言ってくれたこと全部、全部姉さんのものだったってことだ)
優しくされて勘違いして好きになって、引き返せないほど虎君を好きになった後、待っていたのは残酷なネタばらし。
しかも、最悪なタイミングで。
(あの『大好き』って言葉も、抱きしめてくれた腕も、全部全部姉さんを想ってだったなんて……)
思い出すのは、最高に幸せだったクリスマス前の数時間の出来事。
僕の告白に同じ想いだと言って抱きしめてくれた虎君を、僕はあの夜から何度も何度も探している。
でも、探しても見つかるわけはない。だって僕が探している『虎君』は、そもそも存在しないのだから……。
「姉さんが好きなら、なんであの時僕のこと抱きしめたの……? なんであの時、『大好きだ』なんて言ったの……?」
嗚咽交じりに疑問を投げかけるのは、此処に居ない虎君に対して。
あの時全てを話してくれていれば、僕はこんなに辛い思いをすることはなかっただろう……。
(ああ……でも虎君、困った顔してたっけ……)
思い出した。あの時、僕が虎君に告白したあの時、虎君は明らかに困惑していた。僕はそれを知りながら、好きだと言って泣いて縋ったんだ。
自分の良いように書き換えていた過去を思い出して、僕の頭は急に冷静になった。
これは自分で蒔いた種かもしれない。そう感じて。
(虎君はすごく優しくて思いやりのある人。だから、あの時は僕に『大好きだ』って言うしかなかったんだ。抱きしめて僕を宥めるしかなかったんだ……)
ああ、そうか。そうだったんだ……。
悲しいかな、全部納得できてしまった……。
「葵? どうしたの?」
突然フリーズした僕を訝しく思ったのだろう。
慶史が僕の目の前で手を振っている。
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