198 / 552
特別な人
特別な人 第197話
しおりを挟む
ジッと僕を見据える慶史の眼差しは真剣そのもので、冗談とかからかいとかそういう感情は一切なく、慶史の中の『真実』を僕に伝えていることはよく分かった。
でも、僕は慶史の口から出た言葉に怒りが抑えられなくなる。
「『何』を言ってるの!?」
反射的に慶史の手を振り払い、声を荒げる僕。
慶史は「だから!」ともどかしいと言いたげに頭を掻きむしると、さっきと同じ言葉を一言一句変えず繰り返し口にした。
「あの人が好きなのは葵なんだよ! 分かる? 家族じゃなくて、恋愛対象としての『好き』」
『ライク』じゃなくて『ラブ』ってこと。
重ねられる言葉を僕はありえないと思う。思うのに、細胞が喜びを覚えているように心が躍った。
それがとても苦しくて悲しくて……。
「なんでっ!? なんでそんなこと言うのっ!?」
僕は耳を塞いでこれ以上無駄な期待を抱かせないで欲しいと悲鳴にも似た叫び声をあげていた。
「! 葵?」
「無責任すぎるっ。僕にまた勘違いさせて、ぬか喜びさせて、それでまた虎君に振られたら、慶史はどうするの?」
言いながらも、これはただの八つ当たりだと思う僕。でも情緒が不安定すぎて、喚き散らした後に訂正する理性は残ってはいなかった。
それどころか僕はなおも慶史に八つ当たりしてしまう。そもそも慶史達が変なこと言わなければ真実を知って傷つくこともなかったんだ。と……。
「虎君が僕を、男の僕を好きになるわけないってちゃんと分かってたのにっ」
「葵……」
「みんなが無責任なこと言って僕に期待させたからっ、だから、だから―――」
「分かったよ。……ごめん、葵」
勢いに任せて出た言葉はもう取り消せない。
それを本当の意味で理解したのは、慶史の笑い顔を見た時だった。
(! や、やっちゃった……)
もう言わないから。そう目尻を下げた慶史の笑顔は悲し気な色で染まっていた。
きっと慶史には僕の今の暴言はただの八つ当たりだと分かっている。でも、分かっていても感情もそうだとは限らない。
言葉の刃の威力がどれほどのものか、それは僕だって知っている。
親しい間柄になればなるほど、刃は鋭くなって深く刺さってしまう。
僕はそれを知っているはずなのに、自分の辛さに浸って親友の心に何度も刃を突き立ててしまった……。
「け、慶史っ……」
「ん……。大丈夫。……でも流石にちょっとへこんだから、ごめん」
頭に上っていた血が一気に下がる音を聞いた気がした。
慶史は僕を残し、談話室から出て行ってしまった……。
「―――っ、僕の馬鹿っ!」
誰でもいいから思い切り殴って欲しい。『お前は悲しみに浸って悲劇のヒロインを演じている愚か者だ』と罵って欲しい。
でもそんな人、誰もいない。
今此処には、僕の為に怒ってくれる人はいない……。
(慶史がその役をしてくれていたのにっ……)
僕の為に怒ってくれる大切な親友なのに、何故僕は言葉を止められなかったのか。
慶史が不用意な言葉で僕を傷つけるわけがないと分かっていたのに、どうして……。
悲しみは心を曇らせ、正常な思考を妨げてしまうということだろうか?
いや、理由なんてどうでもいい。
僕は慶史を傷つけた。
それだけが唯一分かっている真実だ。
「でも、でもっ、どうしても聞きたくなかったんだ……」
テーブルに突っ伏した僕は、慶史にとっての真実はもう二度と聞きたくない言葉だったからだと保身に走る自分に気が付き、慌ててテーブルに額を数回打ち付けた。
鈍い音が静寂に響き、額から脳に伝わるのは痛みだ。
僕は最後にテーブルに頭を打ち付けた後、そのまま額をテーブルに擦り付けて声を押し殺して泣いた……。
虎君が姉さんを好きになるのは当然のことで、僕のことは弟として大切にしてくれている。
それだけで満足したいのに、どうして心はこんなにも思い通りにならないんだろう?
分かり切っている真実に勝手に傷ついて、そして僕を心配し励ましてくれた友人達を心の底で悪者にして、自分だけが可哀想だと憐れんでいた。
そんな自己中心的な嫌な奴を、いったい誰が好きになってくれるのだろう?
でも、僕は慶史の口から出た言葉に怒りが抑えられなくなる。
「『何』を言ってるの!?」
反射的に慶史の手を振り払い、声を荒げる僕。
慶史は「だから!」ともどかしいと言いたげに頭を掻きむしると、さっきと同じ言葉を一言一句変えず繰り返し口にした。
「あの人が好きなのは葵なんだよ! 分かる? 家族じゃなくて、恋愛対象としての『好き』」
『ライク』じゃなくて『ラブ』ってこと。
重ねられる言葉を僕はありえないと思う。思うのに、細胞が喜びを覚えているように心が躍った。
それがとても苦しくて悲しくて……。
「なんでっ!? なんでそんなこと言うのっ!?」
僕は耳を塞いでこれ以上無駄な期待を抱かせないで欲しいと悲鳴にも似た叫び声をあげていた。
「! 葵?」
「無責任すぎるっ。僕にまた勘違いさせて、ぬか喜びさせて、それでまた虎君に振られたら、慶史はどうするの?」
言いながらも、これはただの八つ当たりだと思う僕。でも情緒が不安定すぎて、喚き散らした後に訂正する理性は残ってはいなかった。
それどころか僕はなおも慶史に八つ当たりしてしまう。そもそも慶史達が変なこと言わなければ真実を知って傷つくこともなかったんだ。と……。
「虎君が僕を、男の僕を好きになるわけないってちゃんと分かってたのにっ」
「葵……」
「みんなが無責任なこと言って僕に期待させたからっ、だから、だから―――」
「分かったよ。……ごめん、葵」
勢いに任せて出た言葉はもう取り消せない。
それを本当の意味で理解したのは、慶史の笑い顔を見た時だった。
(! や、やっちゃった……)
もう言わないから。そう目尻を下げた慶史の笑顔は悲し気な色で染まっていた。
きっと慶史には僕の今の暴言はただの八つ当たりだと分かっている。でも、分かっていても感情もそうだとは限らない。
言葉の刃の威力がどれほどのものか、それは僕だって知っている。
親しい間柄になればなるほど、刃は鋭くなって深く刺さってしまう。
僕はそれを知っているはずなのに、自分の辛さに浸って親友の心に何度も刃を突き立ててしまった……。
「け、慶史っ……」
「ん……。大丈夫。……でも流石にちょっとへこんだから、ごめん」
頭に上っていた血が一気に下がる音を聞いた気がした。
慶史は僕を残し、談話室から出て行ってしまった……。
「―――っ、僕の馬鹿っ!」
誰でもいいから思い切り殴って欲しい。『お前は悲しみに浸って悲劇のヒロインを演じている愚か者だ』と罵って欲しい。
でもそんな人、誰もいない。
今此処には、僕の為に怒ってくれる人はいない……。
(慶史がその役をしてくれていたのにっ……)
僕の為に怒ってくれる大切な親友なのに、何故僕は言葉を止められなかったのか。
慶史が不用意な言葉で僕を傷つけるわけがないと分かっていたのに、どうして……。
悲しみは心を曇らせ、正常な思考を妨げてしまうということだろうか?
いや、理由なんてどうでもいい。
僕は慶史を傷つけた。
それだけが唯一分かっている真実だ。
「でも、でもっ、どうしても聞きたくなかったんだ……」
テーブルに突っ伏した僕は、慶史にとっての真実はもう二度と聞きたくない言葉だったからだと保身に走る自分に気が付き、慌ててテーブルに額を数回打ち付けた。
鈍い音が静寂に響き、額から脳に伝わるのは痛みだ。
僕は最後にテーブルに頭を打ち付けた後、そのまま額をテーブルに擦り付けて声を押し殺して泣いた……。
虎君が姉さんを好きになるのは当然のことで、僕のことは弟として大切にしてくれている。
それだけで満足したいのに、どうして心はこんなにも思い通りにならないんだろう?
分かり切っている真実に勝手に傷ついて、そして僕を心配し励ましてくれた友人達を心の底で悪者にして、自分だけが可哀想だと憐れんでいた。
そんな自己中心的な嫌な奴を、いったい誰が好きになってくれるのだろう?
0
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる