特別な人

鏡由良

文字の大きさ
222 / 552
特別な人

特別な人 第221話

しおりを挟む
「葵、起きてるんでしょ?」
 あっさりと僕の狸寝入りを見破る慶史は、呆れたような声色で叫んでくる。
 きっとすぐに認めて反応を返せばよかったんだろうけど、いろんなことが頭をグルグル回っていて、結局起きていると認めることができなかった。
 慶史は二回、同じように僕を呼ぶ。立ち聞きしてたこともバレてるよ。と言いながら。
 狸寝入りも立ち聞きも慶史相手に隠し通せるとは思ってなかったけど、こんなに早く核心を突かれると思わなかったからドキッとしてしまう。
 きっと僅かにだけど肩が震えたと思う。慶史がこちらを見ていたら、声が聞こえてることは明らかだと知られただろう。
 でも、慶史は追及してこなかった。
(よかった……。気づいてないよね……?)
 慶史なら僕のこの反応をスルーするわけがない。『聞こえてるくせに』って逃げ道を塞いで問い詰めて来るに決まってる。
 でも、それが無いってことは、こちらを見ていなかったから気づかなかったってこと。
 僕は安堵しながらも気づいて欲しかった自分でも面倒この上ない感情を抱いた。
「分かったよ。そうまでして俺と話したくないんだね……」
 悶々としていた僕の耳に慶史の溜め息交じりの声が聞こえた。それは酷く疲れた音で、一気に申し訳ない気持ちが僕を追い込んできた。
 反応を返さなくちゃ。『ごめん』って謝らなくちゃ。
 そう焦っていたら、慶史が僕が眠るベッドに腰を下ろしたのか左側が僅かに沈んだ。
 そして慶史は僕の髪に手を伸ばしてくると、触れるか触れないかのもどかしい撫で方をしてきた。
「今日から他の寮生が帰って来るし、俺的にはそれまでに片を付けて欲しかったから色々頑張ったんだからな? それを無視して話も聞いてくれなかったのは、葵なんだからな?」
 だから、これから話すことに文句を言う権利は葵にはないからな。
 まるで突き放すような言葉だった。僕を撫でる手が無ければ、時折見える辛さの滲んだ声が無ければ、僕はショックのあまり更に塞ぎ込んでしまっていただろう。
 僕は投げられた言葉そのものが持つ鋭利さに痛みを覚えながらも、慶史の次の言葉をジッと待った。
「なぁ葵。葵は変に思わなかった? 寮は二人一部屋が原則なのに、俺だけ常に一人部屋って知って、疑問に思わなかった?」
 投げかけられる問いかけ。僕は心の中で『思っていた』と返事をした。
 そして、それより先を聞いちゃいけない、聞きたくないと思ってシーツを握り締めた。
「俺の部屋、ヤリ部屋なんだ。相手が提示してくる見返りに俺が頷けば、時間も相手も人数も関係なしで相手の性欲処理をするための部屋。分かる? 俺がギブアンドテイクでセックスしてる部屋なんだよ」
 ああ、やっぱり。と、僕は慶史の告白に胸を痛めた。
 この胸の痛みは、慶史の心の悲鳴に共鳴したもの。
 僕は自分のことばかりで慶史のことをこれっぽっちも考えていなかったんだと改めて思い知って、唇を噛みしめた。
「今日から明日で、寮生はほとんど戻って来る。そうなったら、この部屋を俺は使うからね? ここは葵の部屋じゃなくて、俺の部屋なんだから」
 その言葉に、僕は思わず寝たふりを忘れて慶史を振り返った。
「ダメっ……!」
「やっと起きた。やっと、俺の声、聴いてくれた」
 縋るように慶史を振り返ったら、慶史は困ったように笑った。笑って、「ごめんね」って目を伏せた。
「なるべく事前に伝えるようにするけど、いきなりってことも絶対にないとは言えない。その時は悠栖と朋喜の部屋に泊まらせてもらえるように二人には頼んでおいたけど、間違っても俺のやることの邪魔はしないで」
「でも―――」
「葵。これは俺の人生で葵のじゃない。それを分かってなおどうしても『嫌だ』って言うなら、俺のお願いもちゃんと聞いて」
 自分ばかり聞くのはフェアじゃない。そう言った慶史は、僕が寮に居ても今までと同じ生活をすると言う。
 慶史が寮で何をしているか知ってはいたけど、どうやら僕はきちんと現実を理解していなかったようだ。
 突然鮮明になる慶史の心の闇に、僕はできることなら『分かった』と言いたかった。慶史のお願いもきちんと聞くと、言いたかった。
 でも、それでも僕は――――。
「……まぁ、葵が聞いてくれても俺が葵のお願いを聞くとは限らないけどね」
「! そんなの、僕の聞き損じゃない……」
「損じゃないよ。俺は葵のために言ってるんだから」
「僕だって慶史のために言ってるんだよっ」
 俺のお願いを聞いてくれたらみんな幸せになれるから。
 そう笑う慶史だけど、慶史が言う『みんなの幸せ』がどういうものなのか僕にはわからない。
 だって、何をどう頑張ってもみんながみんな幸せになれるとは思えなかったから。
「俺のため、ね……。人の部屋を占拠して追い出しておいてよく言うよ」
「そ、れは……。それは……」
 ここ数日、寝る時間以外部屋に戻れなくしているのは誰かな?
 そんな意地悪を言いながら僕を見下ろす慶史は、そろそろ限界だと僕に告げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

処理中です...