特別な人

鏡由良

文字の大きさ
245 / 552
My Everlasting Dear...

My Everlasting Dear... 第10話

しおりを挟む
「瑛大はバスケの見学だろ? 虎、寝惚けてんの?」
 ああ、そうだ。今日は従弟は最近スカウトしてきたクラブチームの体験に行く日だった。
 立ち尽くす虎に、らしくないと笑う茂斗。早く幼稚舎にもう一人の幼馴染みの三澤凪を迎えに行こうと言ってくる茂斗に、虎は自分が何と返事をしたか分からなかった。
「―――ら、おい、虎! どうした? 大丈夫か?」
 突然目の前に現れたのは海音の顔。虎は状況が理解できず、「え……?」と顔を上げた。すると自分の目の前にいたはずの茂斗は既に幼稚舎へ向かって歩いていて、海音の妹の芹那と手を繋いだ桔梗も自分を振り返って訝しそうに此方を見ていた。
「あ……、悪い、ちょっとボーッとしてた」
「いや、ちょっとじゃねーから」
 空返事しか返ってこないし、今も俺が呼びに来るまで突っ立ったままだし、全然大丈夫じゃないからな?
 暗に誤魔化すなと言ってくる海音に、虎は笑ってしまう。自分自身に。
(全然ダメだ……)
「……桔梗! わりぃ! 先行っててくれ! こいつなんか調子悪そうだ!」
「えぇ? 大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。やばそうならタクシー捕まえて押し込んどくから! それより凪の迎え頼んだ!」
「分かった。凪ちゃんは任せて! 海音君は虎のことお願いね!」
「サンキュー! 凪に謝っといてくれよ!」
 心配する桔梗が戻ってこないように先手を打つと、海音は幼稚舎に向かう三人を見送り虎に向き直った。
「何やってんだよ、お前」
「悪い……」
 呆れたと言わんばかりの声に、虎が返すのは謝罪。その素直な返答に海音は頭を抱えると深いため息を吐いた。
 きっと虎の想いを知らなければ、虎がこうなった理由なんて検討もつかなかっただろう。だが海音は虎の想いを知ってしまったから、虎がこんな風に呆然と立ち尽くす原因が何かも分かってしまった。
 分かってしまったからには放っておくわけにはいかない。
 海音は酷だと知りながらも虎に現実を突きつけた。
「これからどんどんこういうこと増えるぞ」
 学校帰りに友達と遊ぶとか、休みの日に出掛けるとか、そんな当然のことがこれから毎日起こってくる。葵の世界は日々広がって、いずれは自分達の元から羽ばたいて行く。
 淡々とした口調で未来を話す海音に、虎は「わかってる!」と声を荒げ、その言葉を遮った。
 聞きたくないと顔を背ける虎。だが海音は「聞け!」と虎の頭を掴んで顔を自分の方へと無理矢理向き直らせた。
「これはお前が決めたことだ。お前が選んだことなんだよ!」
 海音は捲し立てながらも目の前の親友の表情に心臓が痛んだ。虎のこんな辛そうな顔は今まで一度も見たことがなかったから……。
「お前、言ったよな? 『葵が幸せならそれでいい』って。『兄貴として傍にいる』って」
「っ――、だまれっ……」
「一体それの何処が『兄貴』の面だよ? たかだか『弟』が友達と遊びに行ったぐらいで死にそうな面して、何が『幸せ』なんだよ!?」
「! 黙れって言ってるだろうがっ!」
 語気を強く捲し立てる海音の頬に虎の拳が綺麗に入った。
 海音は衝撃によろけながらも足を踏ん張って立つと、血の味が広がる口内に歯をくいしばって虎の胸ぐらを掴んだ。
「お前の愛は『無償の愛』なんて綺麗なもんじゃねーんだよ、虎。お前は聖人になんてなれねぇーんだよ!!」
「それ以上喋ったら殺すぞ」
 怒りに全身が総毛立ち、感情が抑えられない。
 海音は何も間違ったことは言っていないと分かっているのに、それを受け入れることができない。
 虎は心を乱したまま海音の胸ぐらを掴むと「口出しするな!」っと親友を拒絶した。
(そんなこと言われなくても分かってる。俺は『俺』を騙してるってことぐらいお前に改めて言われなくたって分かってんだよっ!)
 葵の幸せをただ願い、『兄』として葵の傍にいて守り続けられたら自分は満足だ。
 そうやって何度も何度も自分に言い聞かせ、心と身体を偽り続けてきた。そう。何年も何年も、ずっと。やがて繰り返された『偽り』は心に、身体に馴染み、『真実』となっていた。なっていたはずだった……。
 だが、葵が今自分の傍ではなく他者の傍で笑っていると知った瞬間、長い年月をかけて作り上げた虚構はいとも簡単に崩れてしまった。
 『見返りを求めない愛』という『理想』の下には醜い嫉妬と穢れた欲望が渦巻いていて、それらは崩れ去った『偽り』の檻の中から吹き出し、瞬く間に全身を駆け巡ると心を侵食した。
 相手はただの『友人』。それなのに、この醜い感情は歯止めを失い暴走しかけている。もしこれが『恋人』だったら、自分は正気を保つことなどできはしないだろう。
(いやだ……。俺は、葵を傷つけたくない……)
 何故自分は葵の幸せだけを望めないのだろう?
 何故自分は葵が欲しいと望んでしまうのだろう……?
 虎は己に絶望した。もう自分を偽ることができない。と。
「なぁ、虎。俺は男を好きになったことはないし、男同士がどれだけ大変かとかも正直あんまりわかってねぇーんだけどさ、今のお前見てたらお前の『選択』が正しいとは思えねぇーよ」
 胸ぐらを掴んでいた虎の手から力が抜けたと感じた海音は虎の手に自らの手を重ねて握りしめると、親友に尋ねた。諦める以外の選択肢はねぇーの? と。
「! 何言って――――」
「確かに葵はまだガキだし今はまだなんも知らないだろうけど、でも葵だってずっとガキのままじゃねぇーんだよ? 葵だってこれから成長していろんな奴と出会って、いろんな世界に触れて、そんで誰かを好きになる」
「そんなこと分かってる」
「うん。分かってるよな。……でもさ、なんでその相手になってやろうって思わねぇの?」
「えっ……?」
 考えたくない未来の話をするなと耳を塞ぎたかったが、片手を掴まれていたせいで声は遮れない。
 苦痛に満ちた表情で海音の言葉を聞いていた虎だったが、穏やかな声で尋ねてくる海音の言葉に驚かされた。
 海音は鳩が豆鉄砲を食らったような虎の顔に笑いながらも、「別にいいじゃん」と破顔した。
「お前、葵しか好きになれねぇーんだろ? だったらさ、我慢しなくていいじゃん。『よそ見なんて絶対しない。葵だけを愛してる』って押しまくって葵を惚れさせたらいいじゃん。それしかお前は幸せになれねぇーんだからさ」
「なに、言って……。だから、俺がそんなこと言ったら葵が――――」
「確かに『好きだ』って言ったら、葵の選択肢を潰すだろうな」
「! お前、何が言いたいんだよっ」
「別に好きになってもらう方法は言葉だけじゃないだろ?」
 意味が分からないと言いたげな虎だが、海音が勝ち誇った顔で提示したアプローチの方法に目から鱗が零れた気がした。
 想いを告げてしまえば葵はその想いに応えようと他の選択肢を消してしまう。
 それを虎が望んでいないことは海音も分かっている。でも、だから自らの想いを殺すという虎の結論はあまりにも短絡的だと思ったから、新たな道を親友に見せた。葵が自ら選んでお前を愛したなら文句がないだろう? と。
「でも、それは卑怯だろ……。好きになってもらうよう誘導するようなもんだぞ……」
「それの何が悪いんだよ? 好きな人に好きになってもらいたいって努力するのって悪いことか?」
 一歩を踏み出さない虎に、海音は「難しく考えすぎなんだよ」と苦笑い。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...