特別な人

鏡由良

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大切な人

大切な人 第21話

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「シゲちゃんっ、止めてっ……!」
 凪ちゃんらしくないちょっと大きな声。
 それは悠栖の胸倉を掴んでいた茂斗の腕を止めるには十分なものだった。
「凪、なんで……」
「シゲちゃん、傍、に、いて……?」
 皆の視線に怯えながらも、凪ちゃんは茂斗を呼ぶように手を伸ばしてみせる。
 此処には海音君が居なくて、凪ちゃんが頼れるのは僕と茂斗だけ。そして僕と茂斗だったら凪ちゃんがどっちを呼ぶかなんて、分かり切ったことだ。
 茂斗は悠栖から手を離し、呆然とする僕と慶史の腕を振り払って凪ちゃんの傍に戻って行った。
「ごめん、怖かったな」
「へ、いき……。シゲちゃん、いてくれるから……」
 躊躇いもせず凪ちゃんを抱きしめる茂斗。
 凪ちゃんも茂斗の腕の中、安心したように笑って見せて、付き合っているとかいないとかそんなの関係なしに二人の関係が凄く尊いものに思えた。
 そして、二人の姿に僕は自分を重ねてしまって、虎君に会いたくて堪らなくなってしまった。
「いいなぁ……」
「……先輩に会いたい?」
「! 慶史……。うん、会いたい……かな……」
 また不機嫌にさせたらどうしようと思いながら、嘘を吐くのも変だから正直に頷く僕。
 すると慶史は苦笑を漏らして僕の髪をぐしゃぐしゃかき混ぜると、
「夕方までは我慢して」
 なんて言ってきた。
「なんかすげぇな。マモの兄貴。先輩に勝るとも劣らない独占欲じゃね?」
「それだけ大切な人って事でしょ。僕は羨ましいって思うよ」
 殴られかけた悠栖は茂斗に怯えながら僕と慶史を盾にして二人の様子を窺って、朋喜は羨望の目で笑って見せる。
 あんなふうに言葉が無くてもお互いがお互いを大切だと思い合っている関係になれる人と出会いたい。と。
「……失恋の傷、まだ癒えないの?」
「慶史君、デリカシー」
 もう少し気を使ってくれてもいいんじゃない?
 そう苦笑を濃くする朋喜は、それでも律義に答えてくれる。
「数ヶ月で癒える傷ならよかったんだけどね」
「なら十分じゃない? 心底好きな人ができるってだけでも十分幸せだと俺は思うよ」
「なんだよ、慶史。結局お前も恋愛したいんじゃねーか」
 あ、悠栖ったらまた余計なことを言うんだから。
 これで慶史がまた不機嫌になったら堂々巡りだよ……。
「へぇ……。悠栖は俺にまともな恋愛ができるって思ってるわけ?」
 また慶史を宥めなくちゃって思ってた僕の耳に届くのは不機嫌というよりも挑発に近い声で、言葉に驚いて慶史を振り返ってしまう。
「なんだよ、その言い方。まるで俺が『思ってない』って言い方だな」
「だって思ってないだろ?」
 隠さなくていいんだぞ? なんて、そんな悲しことを言わないで欲しい。
 慶史の生き方がどうであれ、誰かを好きになること、誰かに好きになってもらうことは、誰しもが本能的に望むことなんだから。
(それに、今の慶史の生活だって、慶史が本心から望んでるわけじゃないって知ってるもん!)
 だから、悠栖に代わり僕が応えようと慶史を呼ぼうとしたその時、悠栖の呆れたような声が被さった。
「んなこと思ってねぇーよ。俺、いつも言ってるよな? いい加減生活立て直せ、って」
 なんで思ってないと思われるのか分からない。
 そう顔を顰める悠栖は、心外だと口を尖らせた。結構真剣にお前の心配してたつもりだったんだけど。と。
「そりゃ、お前はマモさえいればいいのかもしれねぇーけどさ」
「ああもう。悠栖が卑屈モードになっちゃったじゃない。……慶史君、謝ってあげなよ?」
 僕達は大事な親友、でしょ?
 そう笑って僕達の肩に手を掛ける朋喜に、僕も慶史の手を握って朋喜の後押しとばかりに慶史を促した。
「っ……。はぁ……、何その訳の分からない理論。葵はもう先輩のものだし、俺達は純粋な友達なんだけどっ!」
「そんなの分かってるし」
「全然分かってないだろっ! お前、俺が友達でもない奴とこんな風に喋ってるとか思ってるんだしな!!」
 言葉は乱暴。でも、慶史の顔は真っ赤。
 だから分かる。伝わる。慶史にとって友達は僕だけじゃないってことが。
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