特別な人

鏡由良

文字の大きさ
278 / 552
大切な人

大切な人 第29話

しおりを挟む
 僕のお願いに虎君は目を見開いて驚いた顔をする。
 でも、すぐにくしゃっと顔に皺を作ると少し辛そうに笑った虎君。
「葵、愛してる……。愛してるよ……」
 そう苦し気に囁いた虎君はぎゅっと抱きしめてくる。まるで放したくないと言われているような甘い感覚に僕の心臓はこの上ないほど早く鼓動する。
「どうしても想いが抑えられないんだ。葵を怖がらせたくないのに、どうしても……」
「僕、怖がってなんてないよ……? 凄く、……すごく、嬉しいよ……?」
 愛しすぎて嫌われてしまわないか怖い。
 そう言った虎君の頼りない声に心臓が口から飛び出そうだ。
 僕は負けじとギューッと抱き着いて、虎君の想いが嬉しいと必死に伝えた。むしろもっともっと僕の知らない『虎君』を見たいよ。と。
「もっと虎君のこと好きになりたい。もっと虎君の近くに居たいよ……」
「葵っ……!」
 好きが溢れてしまうのは僕も一緒。虎君が大好きという想いが抑えきれず、涙目になってしまう。
 虎君は僕の望みに応えるようにキスをくれる。
 唇に虎君のそれが触れ、僕のドキドキは治まるどころか激しさを増して、心臓が止まってしまわないか不安を覚える。
 ちゅっと下唇に吸い付いてくる虎君の唇は柔らかくてそれでいて甘い。
 甘さに酔いしれてうっとりする僕は、離れてしまいそうになる唇に思わず後を追いそうになる。
 でも、僕が後を追う前に再びキスされて……。
(虎君、虎君っ……)
 コップから溢れる水のように想いが心からあふれ出してしまう。
 僕は虎君の服を握り締めもっとキスしたいと願ってしまう……。
 するとその想いが通じたのか、虎君は僕の頬を包み込んで唇を一度放して切なげに尋ねてきた。
「もっと葵を感じたいんだけど、いいか……?」
「うんっ……! 僕も……!」
 吐息のかかる距離。それは虎君の瞳の中に自分が映っているとはっきり分かるほど近い。
 虎君が望んでくれるように、僕ももっと虎君を感じたい。
 そう願えば、虎君の親指が僕の下唇に触れてきて、唇を開くように促された。
「ごめんな、葵……」
 何に対する『ごめん』なのか分からないけど、虎君が僕を傷つけるわけないって信じてるから安心して身を任せられる。
 近づいてくる虎君の顔に僕はうっとりしながらも目を閉じる。虎君からのキスを待つように。
 チュッと再び触れる唇。それはいつも以上に甘くて身体が痺れそうだった。
 でも、いつも以上に甘い甘いキスがある事を、僕は次の瞬間知ることになる。
 それは僅かに離れた唇から齎されるしっとりとした温もりが僕の唇を舐めたから。
 びっくりして身体が強張ってしまう僕。でも虎君は僕を放さない。
 今の何? って聞こうとした僕だけど、声を出す前に開いた唇に何かが侵入してきて言葉は出なかった。
(何、これ、何……?)
 何が口の中に入ってきたのかすぐには理解できなくて、僕は混乱してしまう。
 でも、それでも口の中に入ってきた『何か』は僕の口内に居座り、それどころか僕の舌に触れて絡んできた。
(これ、虎君の、なの……?)
 温かくて弾力のある『何か』。
 それが虎君の舌だと気づくのに、唇を舐められてからどれぐらいかかっただろう。
 そう言えばドラマや映画で見たことのあるキスシーンを思い出し、カッと顔が熱くなった。
(これ、これ、恋人同士がする、エッチなキスだよね……?)
 僕の舌を絡めとる虎君の舌に翻弄され必死に考えを巡らせるも、息継ぎのタイミングが分からなくて頭は酸欠に。
 新しい酸素が欲しいと身体が欲しているとよくわかるのに、息を吸い込むことができない。
 必死に我慢する僕だけど、僕の舌を優しくあそぶ虎君の唇は離れる気配がなくて、今度は別の意味でパニックになりそうだった。
 けど、僕が酸欠になる寸前、解放される唇。
 僕は虎君の唇が離れるや否や必死に酸素を求めて何度も息を吸い込んだ。
「! ごめん、葵っ……、大丈夫か……?」
 息を吸い込み過ぎて咳き込む僕の心配をしてくれる虎君はやっぱり優しい。
 背中を擦って、ゆっくり息をするようにアドバイスしてくれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

処理中です...