特別な人

鏡由良

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大切な人

大切な人 第36話

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「? そうだよ。さっき言っただろ……?」
 聞いたからこの年で未経験なんてと驚いたんじゃないのかと尋ねてくる虎君。
 僕は、聞いてない! と食いつき、本当に未経験なのかと必死に問いただした。
「『聞いてない』って……、! また何か変なこと考えてたのか?」
「『変なこと』じゃないもんっ。虎君が他の人とそういうことしたんだって考えてショックだっただけだもんっ!」
「! バカだな。言っただろ? 葵以外考えられないよ……」
 鼻先にちゅっとキスしてくる虎君は嬉しそうに笑って、「未経験を喜んでくれる?」なんて尋ねてくる。
 僕は虎君の首に腕を巻き付け、「大喜びするよぉ!」って大きな声を出して抱き着いた。
「はは。葵がそんな風に思ってくれるとは思わなかった……」
「僕も自分がこんなに独占欲が強いとは思わなかった……」
 虎君の全部が欲しいなんて、父さんや茂斗のことをもう茶化せないよ。
 そう呟いたら、虎君は笑って嬉しいって言ってくれる。俺も凄く独占欲が強いから。って。
「本当?」
「ああ。俺は葵の初めても最後も俺のものだって思ってるから」
「! 僕も! 僕も思ってるからね?」
 狡い! って慌てて、虎君の最初も途中も最後も全部僕のもの! と訴えた。他の人になんて絶対に渡さないから! と。
 子供じみた負けず嫌い。でも、虎君は喜んでくれるからそれでいい。
「なら、約束して? 葵の全部、俺のものだって」
「約束するっ……! 僕の全部、虎君のものだよ……!」
 だから虎君も約束して? 虎君の全部、僕のものだって。
「ああ。約束する。俺の全部、葵のものだ……」
 額をコツンと小突き合わせ、誓いを交わす僕達。
 僕の全て、虎君以外に誰にもあげない。そして虎君の全ては僕のもの。絶対に誰にも上げない……。
 嬉しくてまた涙目になってしまう僕。虎君は笑い、「部屋に戻ろう?」と僕を促す。
「眠るまで、一緒にいてくれる……?」
「ああ。もちろん……」
 愛しみに満ちた眼差しが愛しい。
 僕は虎君に身体を預けながら、バルコニーを後にする。
 静かな廊下を歩き、僕は部屋へと向かう自分達の影を見つめる。一つになっているそれが、また愛しかった。
 部屋に辿り着けば、ベッドに入るよう促してくる虎君。
 一緒に寝てくれないの? と尋ねる僕に、虎君はベッドに座って僕の手を握るだけ。
「ごめん。前は理性でどうにか我慢できたけど、今はちょっと無理っぽいから」
「そっか……。わかった……」
 今は一緒に眠ることはできない。どうしようもないほど愛しているから。
 虎君の声に、僕は大人しく聞き分ける。
 僕のために我慢してくれる虎君。僕が我慢せず虎君と触れ合いたいと思うまで待ってくれる虎君。
 大好きな人にこんなに大切にされてるなんて、僕は本当に幸せ者だ。
 握った掌から伝わる温もりに、僕は我慢できず「大好き」と呟いてしまう。
「泣かないで……」
「だって、大好きが溢れて苦しいんだもん……」
 涙を拭ってくれる虎君は僕に覆いかぶさりチュッと触れるだけのキスを落とすと、「愛してる」と深い笑みを浮かべた。
(どうしよう……、どうしようもないほど幸せだ……)
 眠れるように目を閉じるよう促され、瞼を閉ざす僕は自分の恵まれた環境に感謝する。
 大切な友達。大切な家族。そして、大切な恋人。
 かけがえのない人達が傍にいてくれるから、僕は今とても幸せで穏やかな気持ちでいられる。
 順風満帆な人生。そういうには僕はまだまだ子供だけど、この幸せを手放さなくていいように努力しようって思った。
 そして、僕の大切な人達が心から幸せだと笑ってくれるよう、何があっても傍にいようって思った。
「虎君、大好き……」
 大きくて男の人らしい虎君の手を握り締め、訪れる眠気に意識を微睡みに落とす僕。
 額に触れる温もりは、きっと虎君の唇だ。
「愛してるよ、葵。良い夢を……」
 夢現のなか聞こえる声は、僕をいっそう穏やかで幸せにしてくれる。
 僕の大切な恋人は、僕だけの愛すべき人。僕だけの、大切な人だ……。
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