特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第35話

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 深くなるキスに酔いしれ虎君から離れられない僕は、虎君にもっと求められたいと顔を出した欲を知る。
 その欲がどんなものか、少し前の僕はボンヤリとしか知らなかった。
 でも、今は知ってる。『虎君に求められる』その意味を。
(まだ少し怖いけど、でも、でも……)
 恐怖に対して我慢がどうしても必要になってしまうのは仕方ない。
 でも、僕は我慢してでも虎君の傍に居たいと願っている。
 怖いのも、痛いのも、全部全部我慢する。我慢できる。虎君の一番近くにいる為なら、我慢も苦じゃないから。
(虎君も、僕のこと欲しいって思ってくれてる、よね……?)
 密着しているから、分かる。虎君の昂ぶりはその太腿に座っている僕にその存在を主張し続けているから……。
 虎君の昂ぶりを感じているからか、それとも深いキスのせいなのか、僕の体躯も熱くなっている。下半身に血が集まって、存在の主張を見せている気がする。
 きっと今視線を下げれば黒い学生服のズボンが不自然な隆起を見せていることだろう。
 いや、そもそもこんな風に密着していたら虎君にはもうバレてる?
 虎君にバレてるかもしれない。そう思ったら無性に恥ずかしくなってきた。
「とら、くん……ま、まって……。はずかしぃ……」
「何が……?」
「『何が』って……」
 キスの中断を求めるも、唇を追いかけてくる虎君からのキスで中断されることなく続くキスの雨。
 その甘いキスに僕はすぐにうっとりしてしまって、でも背筋を伝う気持ちよさに羞恥を思い出して、キスから逃げるように身を捩って……。
 逃げたい、でも、逃げたくない。
 そんな深層心理の攻防を繰り返している僕がもぞもぞしていれば、虎君だって気が散ってしまうというもの。
 唇へのキスではなく、頬や耳朶へのキスに変えると僕の名を呼びどうしたのかと切ない声色で問いかけられた。
 耳元に落とされる低く甘い声。その吐息交じりの声は耳朶を擽り、何故かゾクゾクして僕の身体から力を奪ってしまう。
「んっ……、だ、めぇ……」
 崩れてしまわぬよう必死に虎君にしがみつく。
 力の入らない手で上着を握り締め、身体を小さく跳ねさせる僕。
 虎君はそんな僕の様子を訝しく思ったのか、身を放してしまって……。
「ご、ごめんなさい……。耳、くすぐったくて……」
 まじまじと見られている気がして顔を上げることができない。
 僕は熱い頬に真っ赤になっているだろう顔を隠しながら必死に嫌というわけじゃないからと言い訳を重ねる。
 でも、今言い訳するのは良くなかった。正直に全て話すべきだった。何故なら虎君は今の言葉が僕の本心じゃないってこと、気付いてしまう人だから。
「いや、いきなりごめんな……?」
 声に宿るのは優しさだけ。僕を求めてくれる熱が、消えてしまった。
 その瞬間、羞恥も何もかも忘れて僕は顔を上げ、嫌だと訴えてしまう。
「葵?」
「キスが気持ちよくて、身体、熱くなって、恥ずかしかっただけだからっ」
 だからキスを止めないで。もっと僕のことを求めて……。
 訴えかければ、虎君から返ってくるのは驚いた顔。僕の言葉に本気でびっくりしているようだった。
 そう理解した瞬間、僕は虎君を求めるこの感情がいけない物のように感じた。
 虎君は、僕が虎君を求めているなんて想像していなかったのかもしれない。だから僕の言葉に驚きを隠せないのだ。
(ど、どうしよう……。僕、やらしい奴だって思われた……)
 虎君の望む『葵』から外れてしまった。それがとても悲しくて、辛かった。
「ご、めんなさい……」
 虎君に幻滅されたかもしれない。
 この上ない絶望に打ちひしがれる僕は虎君から離れようとする。
 でも、虎君から離れる寸前、僕の視界がぐるりと回った。
「え……?」
 何が起ったのか理解できない。虎君の背後に見えるのは、部屋の天井だ。そして背中にはふかふかの毛布。
 どうやら僕はベッドの上に横になっているみたいだ。そして虎君はそんな僕を見下ろすように覆いかぶさっていて……。
「とらく―――」
 名を呼ぼうとしたら、唇を塞ぐようにキスされた。
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