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恋しい人
恋しい人 第53話
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「藤原君、三谷君、こんなところで何をしているのかな?」
先生である斗弛弥さんは真っ直ぐ僕と慶史に向かってきて、そのまま通り過ぎてくれることなく足を止めた。
穏やかな声を掛けてくる斗弛弥さんの表情はきっと親しみを覚える『先生』の顔になっているのだろう。
あの慶史が警戒心を露わにしなかったのだから、斗弛弥さんの『先生』としての一面は本当に完璧だ。
「すみません。トイレに行ってたら授業が始まってしまってて……」
「数分の遅刻なら先生達も大目に見てくれるだろう?」
「そ、そうなんですけど、えっと、だから……」
斗弛弥さんは僕達が授業を敢えてサボったって分かってる。それは慶史も分かっているはず。
でも、それでも慶史が嘘を吐いたのは僕のためだろう。斗弛弥さんが父さんの知り合いだと言うことは慶史も知っているから。
「嘘を吐くならもっとましな嘘を吐きなさい。言葉に詰まるのも早すぎる」
「うっ……。すみません……」
慶史にしては珍しいミス。やっぱりお母さんの話に動揺しているのだろう……。
僕は慶史をフォローするために俯いていた顔を上げ、斗弛弥さんを呼んだ。泣いていたことバレるのは嫌だけど、慶史に頼ってばかりではだめだから。
「あ、あの! とし―――、柊先生!」
「! 三谷君、どうした? 泣いていたのか?」
僕を見た斗弛弥さんは一瞬目を見開いた。僕が泣いているとは思っていなかったのだろう。
訝し気に眉を顰める斗弛弥さんの問いかけに僕は鼻を啜りながら「泣いてませんっ」と雑な嘘を吐く。
斗弛弥さんは僕と慶史の嘘に呆れたのか溜め息を吐くと、ついてくるよう言って再び歩き出した。
「これ、行った方がいいよね?」
「そうだね……」
自分のせいで怒られるかもしれないと謝ってくる慶史に、僕はどうして慶史のせいなんだと苦笑い。サボったのは僕の意思なんだから。
僕達は黙って斗弛弥さんの後ろを追いかけるように歩いた。
(口止めしても、無理だろうなぁ……)
慶史には大丈夫だと笑ったけど、実はちょっと落ち込んでしまう。
斗弛弥さんは絶対に父さんと虎君に連絡するはずだ。父さんには僕が授業をサボったことを、虎君には僕が泣いていたことを報告するために。
今夜は父さんと母さんから怒られることは確実。そして虎君に心配をかけてまた秘密を作ってしまう。
父さん達に怒られる事は自業自得だから仕方ないと割り切れるものの、虎君に心配をかける事は割り切ろうと思っても上手くいかない。
僕が虎君に対して持っている唯一の秘密は、この先何があろうとも絶対に喋らないと決めている。それを虎君がどう感じているか、本心は分からない。
それでも僕のために我慢すると言ってくれた虎君に対して僕ができる精一杯は、これ以上秘密を持たないこと。
それなのに、さっき僕が泣いてしまった理由という秘密を新たに持つことになる。それが辛い……。
「二人とも、入りなさい」
扉の開く音にハッと我に返れば、僕達は保健室の前にいた。
斗弛弥さんに言われるがまま保健室に入る慶史に僕も慌てて続いたら、斗弛弥さんはドアを閉め、「何があったのか話を聞こう」と穏やかな口調で暗に僕の涙の理由を尋ねてきた。
「別に何もありません」
「嘘は良くないな、藤原君。それとも三谷君は何もないのに泣いてしまうほど情緒不安定なのかな?」
「! ちがっ、葵は――三谷君はコンタクトがズレただけで――――」
「三谷君の視力だと矯正は必要ないはずだが?」
養護教諭にその手の嘘が通じると本気で思っているのかな?
苦笑を漏らす斗弛弥さんに、慶史はまた言葉に詰まってしまう。言葉を探すように視線を彷徨わせる慶史。
僕はまだわずかに残る泣いた痕に鼻を啜りながら「言いたくありません」と斗弛弥さんに訴えた。
「『言いたくない』、か。でもそれは教員としては聞き入れられない話だな。授業に出ず泣いていたなんて、イジメを疑われても仕方ないぞ?」
「僕はイジメなんて受けてません」
真実を分かっていて聞いてくるなんて意地悪だ。
僕は不満を訴えるように斗弛弥さんを睨むも、斗弛弥さんには当然意味のない行為だと分かってる。
その証拠に斗弛弥さんは穏やかな笑みを称えたまま。いや、穏やかというよりも楽しんでる感じだ。
「苛められている生徒の殆どは真実を言わないものだ、三谷君」
「だから苛められてなんて―――」
「生徒が苦しんでいるのなら、然るべき対処をしなければならない。それが教師というものだ」
「その『然るべき対応』ってなんなんですか?」
斗弛弥さんの笑顔が怖い。でも慶史は斗弛弥さんの裏の顔を知らないから物怖じせず何をする気なのかと尋ねていた。
先生である斗弛弥さんは真っ直ぐ僕と慶史に向かってきて、そのまま通り過ぎてくれることなく足を止めた。
穏やかな声を掛けてくる斗弛弥さんの表情はきっと親しみを覚える『先生』の顔になっているのだろう。
あの慶史が警戒心を露わにしなかったのだから、斗弛弥さんの『先生』としての一面は本当に完璧だ。
「すみません。トイレに行ってたら授業が始まってしまってて……」
「数分の遅刻なら先生達も大目に見てくれるだろう?」
「そ、そうなんですけど、えっと、だから……」
斗弛弥さんは僕達が授業を敢えてサボったって分かってる。それは慶史も分かっているはず。
でも、それでも慶史が嘘を吐いたのは僕のためだろう。斗弛弥さんが父さんの知り合いだと言うことは慶史も知っているから。
「嘘を吐くならもっとましな嘘を吐きなさい。言葉に詰まるのも早すぎる」
「うっ……。すみません……」
慶史にしては珍しいミス。やっぱりお母さんの話に動揺しているのだろう……。
僕は慶史をフォローするために俯いていた顔を上げ、斗弛弥さんを呼んだ。泣いていたことバレるのは嫌だけど、慶史に頼ってばかりではだめだから。
「あ、あの! とし―――、柊先生!」
「! 三谷君、どうした? 泣いていたのか?」
僕を見た斗弛弥さんは一瞬目を見開いた。僕が泣いているとは思っていなかったのだろう。
訝し気に眉を顰める斗弛弥さんの問いかけに僕は鼻を啜りながら「泣いてませんっ」と雑な嘘を吐く。
斗弛弥さんは僕と慶史の嘘に呆れたのか溜め息を吐くと、ついてくるよう言って再び歩き出した。
「これ、行った方がいいよね?」
「そうだね……」
自分のせいで怒られるかもしれないと謝ってくる慶史に、僕はどうして慶史のせいなんだと苦笑い。サボったのは僕の意思なんだから。
僕達は黙って斗弛弥さんの後ろを追いかけるように歩いた。
(口止めしても、無理だろうなぁ……)
慶史には大丈夫だと笑ったけど、実はちょっと落ち込んでしまう。
斗弛弥さんは絶対に父さんと虎君に連絡するはずだ。父さんには僕が授業をサボったことを、虎君には僕が泣いていたことを報告するために。
今夜は父さんと母さんから怒られることは確実。そして虎君に心配をかけてまた秘密を作ってしまう。
父さん達に怒られる事は自業自得だから仕方ないと割り切れるものの、虎君に心配をかける事は割り切ろうと思っても上手くいかない。
僕が虎君に対して持っている唯一の秘密は、この先何があろうとも絶対に喋らないと決めている。それを虎君がどう感じているか、本心は分からない。
それでも僕のために我慢すると言ってくれた虎君に対して僕ができる精一杯は、これ以上秘密を持たないこと。
それなのに、さっき僕が泣いてしまった理由という秘密を新たに持つことになる。それが辛い……。
「二人とも、入りなさい」
扉の開く音にハッと我に返れば、僕達は保健室の前にいた。
斗弛弥さんに言われるがまま保健室に入る慶史に僕も慌てて続いたら、斗弛弥さんはドアを閉め、「何があったのか話を聞こう」と穏やかな口調で暗に僕の涙の理由を尋ねてきた。
「別に何もありません」
「嘘は良くないな、藤原君。それとも三谷君は何もないのに泣いてしまうほど情緒不安定なのかな?」
「! ちがっ、葵は――三谷君はコンタクトがズレただけで――――」
「三谷君の視力だと矯正は必要ないはずだが?」
養護教諭にその手の嘘が通じると本気で思っているのかな?
苦笑を漏らす斗弛弥さんに、慶史はまた言葉に詰まってしまう。言葉を探すように視線を彷徨わせる慶史。
僕はまだわずかに残る泣いた痕に鼻を啜りながら「言いたくありません」と斗弛弥さんに訴えた。
「『言いたくない』、か。でもそれは教員としては聞き入れられない話だな。授業に出ず泣いていたなんて、イジメを疑われても仕方ないぞ?」
「僕はイジメなんて受けてません」
真実を分かっていて聞いてくるなんて意地悪だ。
僕は不満を訴えるように斗弛弥さんを睨むも、斗弛弥さんには当然意味のない行為だと分かってる。
その証拠に斗弛弥さんは穏やかな笑みを称えたまま。いや、穏やかというよりも楽しんでる感じだ。
「苛められている生徒の殆どは真実を言わないものだ、三谷君」
「だから苛められてなんて―――」
「生徒が苦しんでいるのなら、然るべき対処をしなければならない。それが教師というものだ」
「その『然るべき対応』ってなんなんですか?」
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