特別な人

鏡由良

文字の大きさ
341 / 552
恋しい人

恋しい人 第56話

しおりを挟む
「本当にごめんね、慶史。僕がもっと早く虎君への気持ちに気づいていれば慶史だって嫌な思いしなかったよね……」
「! なんで葵が謝るんだよ! 悪いのはあの変態で、俺は葵には一生気づいて欲しくなかったんだからな!?」
 肩を落とす僕に向けられる慶史の慌てた声。
 慶史は僕の手を握り締めると、むしろ嫌がらせに耐えるから今すぐ別れろなんて言ってくる。
 そのあまりにも必死な様子に僕は気圧されながらも「それは無理かな……」と苦笑い。だって虎君のこと大好きなんだもん。
「なんで? なんであんなのが良いんだよ? ただのストーカーだぞ!?」
「本当に酷い言われようだな。ちょっと過保護が行き過ぎてるだけだろ?」
「完全に『過保護』通り過ぎてますから!! どうせ先生もアイツに葵の学校生活の情報流してたんでしょ!?」
「心外だな。三谷君に危険が及ぶ可能性がある場合だけに決まってるだろ?」
 斗弛弥さんに対してもう信用できないと警戒心を露わにする慶史。
 斗弛弥さんはそんな慶史を見るのが楽しいのかずっと笑っていて、わざと慶史の神経を逆撫でするような言い方をする。本当、意地悪だ。
「まぁ、信じる信じないは藤原君の勝手だけどな」
 愉快だと笑う斗弛弥さんに慶史は「なんか先生、性格悪すぎない!?」と僕を見てきて、僕は苦笑交じりにそれに同意する。
「普段は『先生』用の顔してるけど、本当は凄く意地悪だよ」
「こら、三谷君。たとえ事実だとしても告げ口は良くないぞ? 藤原君もカンニングは感心しないな」
「何ですかそのドエス顔……」
 完全に騙されたことが悔しいのか、慶史は顰め面を見せる。
 僕は慶史の言いたいことは尤もだと頷きながら、そう言えばさっきから『先生』の仮面が剥がれている斗弛弥さんに気が付いた。
「斗弛弥さん、素が出てますけど良いんですか?」
「ああ、しまった。藤原君があまりにも素直だったからつい仕事中だということを忘れていた」
「えぇ……嘘っぽい……」
 そんなの全然斗弛弥さんらしくない。
 言葉を疑えば、斗弛弥さんはますます楽し気に笑う。随分疑い深くなったな。と。
「ジュニアの影響か?」
「それって虎君のこと悪く言ってます? 怒りますよ?」
「もう怒ってるだろ? リスみたいに頬っぺた膨らませて」
 だからどうしてみんなしてハムスターとかリスとか頬袋のある小動物に喩えてくるかな?
 普通に『怒ってる』だけでいいのに可愛い系の小動物みたいだって言われたら迫力がないって言われてるようなものだ。
 僕は自分の迫力の無さに少ししょんぼりしてしまう。
「ねぇ、『ジュニア』って先輩のこと?」
「そうだ。チビだった頃は父親に瓜二つだったからな」
「先輩の父親って、イスズですよね? え? 全然似てなくない? あんな優しい感じ微塵もないでしょ? あの人」
「だからチビだった頃って言っただろうが。話はちゃんと聞こうな」
 慶史の質問は僕に対してのものなのに、何故か斗弛弥さんと話は進んでいく。
 虎君のお父さんとお母さんはもう一〇年以上海外で音楽活動をしているから日本のメディアへの露出は殆ど無いに等しい。
 もともとビジュアルよりも音楽で勝負したいっていうこだわりがあるらしいから、日本で活動していたころも極力メディアに顔出しはしなかったらしいし、その素顔を僕達の年代で知っていることの方が珍しいぐらいだ。
 更に慶史はあまり音楽に興味がない。それなのに、虎君のお父さんの容姿を知っているような口ぶり。僕はそれに驚いてしまった。
「知ってるよ。親の顔が見たかったから調べた」
「それ、良い意味じゃないよね?」
「そりゃね。あの時は真剣に葵の貞操の危機だと思ってたし」
 子供を他人の家に預けっぱなしとか非常識だとも思ってたし。
 そう口籠りながら話す慶史は、ちょっぴり後ろめたそう。きっと僕にとっていい気分の話じゃないからだろうな。
 でも、僕は慶史の言葉に「そっか」と笑うだけで怒りはしなかった。慶史は無意識かもしれないけど、言葉が全部過去形だったから。
「……怒らないの?」
「うん。今はそう思ってないんだよね?」
「まぁ、ストーカーではあるけど、葵を傷つけることは絶対しなかったしね、あの人……。先輩のご両親の曲も、まぁ嫌いじゃないし……」
 ぶっきらぼうな言い方に僕は笑ってしまう。照れてる慶史は本当に可愛かったから。
「二人とも、仲が良いのはとても良い事だが、周囲に誤解を与えないように気をつけなさい」
「え? どういうことですか?」
「ジュニアとのことを知らなければ二人がそういう仲だと誤解しそうだよ、先生は」
 距離感が友人と呼ぶには近すぎる。
 そう指摘する斗弛弥さんはいつの間にかこちらに携帯を向けていて、ポカンとしていた僕をよそに保健室に響くのはシャッター音だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...